第三十七話:君に告げる空白の関係
雨は止む様子もなく、絶え間なく音を立て降り続けていた。
雨音が鳴り響く中、清の言葉を聞いた灯が口を開いた。
「操り人形。本当に家族との過去を思い出したのですね」
清は灯の問いに小さくうなずいた。
操り人形。本来なら、他人に聞かせていい内容ではない。だが、灯になら大丈夫、と思って口にしたのだ。
「俺はさ、俺含めて家族五人で住んでいたんだ」
「ええ、知っていますよ」
「……どんな感じの家族だったか、灯は知っているか?」
灯は黙って首を横に振っていた。
灯が清の家族の事を知らないのも無理はないだろう。ましてや、絶対に知ることができないのだから。
傍から見れば良識的で、内側から見れば複雑な家族なのだ。
「俺の家族全体の感じはさ、父様の権力による独裁国家状態だったんだよ」
「え、独裁国家って……」
流石にこの言葉は予想外だったらしく、灯は驚いたように目をパチクリさせている。
灯が驚いているのを横目に、深堀する気もないため、話題を変えつつ話すことにした。
「俺が操り人形だと思い始めたのは、物事の選択権が自分にはないと気づいてからだった」
人は生まれた時から、何をやりたいか選ぶ権利が与えられているのだろう。しかし、思い出した記憶は許してくれていなかった。
家族から家族として見てもらえていたのか、と思えるほどだ。
「気づいたのは俺が中学生の時だったよ。兄の後を追わされるように、同じ道を辿らされていたからなんだ。それに、弟に逆らう事さえ許されていなかったんだ」
傍から見ればありえないかもしれないが、家族とは他人の皮をかぶった関係、という感じだったのだ。
そんな複雑な環境の中で、気づけば清という自分の存在を見失っていた。
「……灯、無理に聞かなくても――」
「清、私の事は気にしないで続けて。一緒に背負って、受け止めてあげるから」
棘もなく優しい灯の言葉、これは最後まで話してもいいのだろう。
耳を傾けて聞いてくれる灯に感謝しつつ、清は続きを話し始めた。
「独裁国家の中心である父様はさ、完全なる権力主義で古いやり方の持ち主だったんだ」
権力主義なんて、聞こえが悪いだろう。それでも、今は事実を述べていくしかないのだ。
「弟に逆らうことが出来なかったのはさ、支配という名の権力があったからなんだ。この後話すけど、弟とは仲が悪いわけではなかったんだ」
「……知っていますよ。それくらい」
灯から小さく呟かれた言葉に、気持ちが安心する。
父から愛されていたのかは、未だに不明な程だ。しかし、人としては限りなく見てもらえていなかっただろう。
思い出すだけでも嫌になり、怖くなってしまう。
清は軽く呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
「……母様はさ、過剰とも言える過保護気質だったんだ。過保護ゆえに、未来を狭めていると、本人はわかっていなかったと思う。気づけなかった俺も悪いけどさ」
外へ出る事すらも規制して、他人と関わることも制限してきていたのだ。
わかりやすくいえば、学校以外での外の世界をまともに知らない。制限されることが、その時の清は普通だと思っていた程だ。
「弟、あいつは良いやつだったよ」
「仲が良かったのは見ていましたよ」
「ああ。狭い世界の中で唯一、ゲームをして遊んで、ずっと話している程に仲が良かった。あの事件を起こしてしまうまでは……」
魔法世界に来ることとなった事件、灯と会えなくなった話には続きがある。これを知っているのは、清と家族だけだ。
その前までは隠れて灯と遊んでいた。また、親にばれてしまった時もあったが、見逃されていた。
「少し事情を省くけどさ。あの事件以来、灯と関わりを断つようにかくまわれていたんだ。灯と会えなくなったのは本当に悲しくて、一人静かに泣くほどだったよ」
魔法が原因で関わりを断つだけならまだわかる。だが、外出の禁止、周りとの接触すら許さないように、部屋から出る事さえ制限されてしまった。
数日後、魔法世界に追放される事態が起きる頃には、周りとの関係はきっと無くなっていただろう。
「魔法世界に行く頃にはさ、家族たちが居なかったものとして扱う、記憶障害に移り変わっていたんだ」
「え、記憶障害って……」
「ああ。後はあの本で思い出した通りだ」
前に思い出した、黒いフードを被った人物から言われた『記憶障害を起こしている』の意味が分かった瞬間だ。
魔法で消されていた記憶を思い出した事により、記憶障害が治るなんて魔法のような話だ。それも、家族が居たという事実を。
思い出すだけでも吐きそうになる。――その時、清の頭に優しい温かい感覚が触れてきた。
「え、灯……どうして……」
気づけば、灯がそっと頭を撫でてきていたのだ。その優しい手は温かくホッとさせてくる。
過去に何度もされてきた。そして、辛いときはいつも寄り添ってくれた灯だからこそ、安心できるのだろうか。
撫で続けられていれば、清の視界は熱くなり、水で歪み始めてくる。
「清くん、今回だけは、泣いてもいいですからね」
「馬鹿。ありがとう。本当に、ズルいやつめ」
言葉を口にして、気づけば清の目からは雫が零れ落ちている。
頬に跡をつくりながら地へと落ちていく雫は、そっと弾けて輝いている。
今まで一人でも辛くない、と思っていたのは清自身に嘘をついて、記憶を嘘で守るためだったのかもしれない。
だけど、嘘をつき続けられなかったせいで、今こうして灯に甘やかされている。
「あなたは操り人形じゃない……清、という私の中で唯一無二の大切な存在ですよ。あなたの辛さや苦しさはわかりませんが、ダメになりそうな時、私がずっとそばに居て支えてあげますから」
告白とも言える言葉を灯が口にした後、急に清の頭全体が柔らかく包まれたのだ。
「え、あ、灯?」
「つべこべ言わず、おとなしく甘えてくださいな」
灯に引き寄せられ、腹部へと顔を埋める形になっていた。
清は内心では驚きつつも、温かく優しい感じに居心地の良さを覚えてしまいそうだった。
少しでも上を見ようものなら、ふくらみが目に入ってしまうだろう。
起伏ではなく、腹部に埋められたのが清の精神的には救いだった。だが、この甘え方はされたことも、しようと思ったこともない。
「清くんは優しくて、誰よりも人のことを一番に思っていますよね。だからこそ、他人に甘えることを知ってほしいのです」
「今も灯に十分甘えているよ」
「じゃあ、もっと甘えていいのですよ」
「俺が弱いみたいだろ」
「清くんは私が守ってあげますから、弱いままでもいいのですよ」
言葉を漏らさないように、清は今でも雫を流している。それでも、灯からしてみればまだまだみたいだ。
灯は温かく、優しく柔らかく、甘え続けていたいと思えてしまう。
「……清くん、少しだけですよ」
灯はそう言うと、起伏の近いところに清の顔を引き寄せてきたのだ。
聞こえてくる灯の心臓の音。そして、近くなったことにより、柔らかさを更に感じさせてくる。
(これだから、灯はズルい)
清はそう思いつつ、灯の腰に手を回し、抱きしめる様に目をつぶった。
「ふふ、可愛いですね」
そんな言葉を聞いて、気持ちは落ち着くように地へと落ちていた。
数十分、いや、数時間は経っただろう。
気づけば、降り続けていた雨は止み、空はオレンジ色の光になりかけていた。
「……清くん、起きましたか?」
「こんな状態で……寝て、すまない」
「もっと寝ていても良かったのですよ?」
「ふん。あまり甘やかすな」
清はそう言いながら、寝ながらも抱きしめていた手を放し、灯の柔らかさから顔を離した。
灯の顔を見ればどこか嬉しそうな顔をしており、小さく微笑んでいる。
「清くん、家族との関係はわかりました。これを思い出して、あなたは……何を望みますか」
灯から言われた言葉に、清は息が詰まった。
何を望むか、と言われれば、何も考えていなかったのだ。また、家族とは今後も会うことは無いと思っている。
「特にない」
「……そうですか」
その時、透き通る水色の髪を、灯はふわりとさせた。
とてもきれいな髪は、嘘偽りを見せない、とすら思わせる。
「今から出かけたいところがあるのですが、一緒に行きませんか?」
「どこに行くんだ?」
「ふふ、内緒です」
灯は言う気が無いらしく、小悪魔のように微笑んでいる。
「わかった。準備するか」
「そうですね。準備できたら行きましょうか」
準備をするために、その場は一時解散となった。
清は自室に戻って、タンスを漁り、カバンに物を少しだけ入れていた。
(十二月の終盤だし、灯の体温を考えれば外は冷えるよな)
そう思いつつも、少量の荷物を入れたカバンを持ち、清はリビングへと下りて行った。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
本来であれば、今話で家族との記憶は一時終了予定だったのですが、文字数と場面の関係で次話に続きます。※第二部は一応、上手くいけば四十話で終わる予定となっております。
※兄については触れる予定がございません
次回もよろしくお願いします!




