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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第一章:第二部

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第三十六話:君の心配と、閉ざされているべき過去の記憶

 カーテンを開けて窓から外を覗けば、光を遮る黒い雲が空を覆いつくしていた。

 今見た景色に影響されたかのように、心臓の鼓動は早まり、妙に胸騒ぎを感じさせてくる。

 胸を撫で下ろしつつ、ゆっくりとドアを開け、清は部屋を後にした。


 廊下に出たその時、隣の部屋のドアがちょうど開いたのだ。そして、透き通る水色の髪と共に灯の姿が見えた。

 これまで、廊下で灯に出くわしたことが無く、お互いに驚いた顔をしたままだ。


 軽く呼吸をし、どうにか気持ちを落ち着かせつつ、灯に話しかけた。


「灯、おはよう」

「清くん、おはようございます。あの、今日は……」

「ああ、わかっている。今は無理に話さなくていいよ。辛いだろ」


 灯は何も言わず、ただ静かにうなずいた。また、昨日の明るい顔が嘘のように曇り、いつもある笑顔の面影がない。

 この表情を見たのは、あの時以来だろうか。


 不安な考えを意識しないようにしつつ、清はそっと灯の手を取り、一階のリビングへと一緒に向かった。


 灯と隣同士でソファに座った。だが、心のどこかにある不安は消えていない。


「清くん……記憶のカケラを渡す前に、少しだけ話を聞いてくれますか」

「ああ。灯の話なら、いつでも聞いてやる」


 灯は小さく呼吸をした後、ゆっくりと口を開いた。


「そもそも、なんで私が清くんの家族について話せなかったのか。考えたこと、ありますか?」


 何を話されるかと思っていたが、灯はいきなり質問してきたのだ。

 清としては無理に模索する気もなかった為、話せない理由を考えようなんてしたこともない。


「考えたことが無い、と言ったら?」

「相手を疑おうとしない、純粋な清くんらしいですね」


 灯はそう言い切ると、まぶたをゆっくり閉じて、一呼吸おいて話を続けた。


「簡単に言えば――清くんとの接触を禁じられていた。ただそれだけですよ」


 その言葉に、清は息が詰まるほどの違和感を覚えた。それは違和感、というよりも理解できないが正しいのだろうか。


 思い出してきた記憶は、何度も灯と会っては遊んでいる。もしもそれが、偽りの記憶であるのなら筋が通っているだろう。


 本当に偽りであるのなら信じ切れた。灯への接触を禁じられていたことも。

 ふと考え込んでいたことに気づき、慌てて灯の方へと目をやった。


(え、どうして……)


 灯の透き通る水色の瞳は、暗く見えるほど濃くなっていたのだ。それは、今まで見てきた水色の瞳を否定する程だ。


 驚いていれば、小さな灯の手が、清の服の袖をそっと掴んできていた。

 掴まれたところからは、わずかに震えた手の振動が伝わってくる。


 清はその手の上に優しく自分の手を置き、灯の目をしっかりと見た。


「灯、どんな過去であろうと俺は大丈夫だ。だから、記憶のカケラを渡してくれないか」

「……じゃあ、最後に一回だけ聞きますよ。本当に、記憶を思い出したいのですね」


 真剣に見つめられた灯の瞳からは、ピリピリとした感じが伝わってくる。

 思い出させたくない、と言っていた灯の意見も考えれば、思い出すのには怖さがある。それは、清が清自身で居られなくなるのではないか、と思えるほどに。


 心を落ち着かせつつ、清は呼吸をし、覚悟を決めた。


「ああ、思い出したい」

「……わかりました」


 灯は掴んでいた手を放し、手の平をそっと目の前に出してきた。

 次の瞬間、灯の手の平には小さな魔法陣が現れ、光の粒と共に回転している。

 ふと気づけば、透き通る黄色で、手の平よりも小さい扇状のカケラ――記憶のカケラが姿を現したのだ。


(これは?)


 清はカケラを見た瞬間、不思議な違和感を感じたのだ。

 前に見たカケラよりも、色が濁っている。それは、今の不安を更に煽っている、とすら思えてしまう。


「やっぱり、私としては思い出させたくないですよ……こんな辛い記憶」


 灯は小さく呟くように、冷えた声を漏らした。

 思い出させたくない、と灯に言わせるほどに辛い清自身の過去。それも、絶対と言っていい程触れようとしなかった。


「灯、心配するな。俺は今の俺のまま変わらない、約束しただろ?」

「約束……はい」


 清は決意を固め、記憶のカケラへと手を伸ばした。触れられたカケラは光の粒となり、手に溶け込んでいく。


(うっ!? あ、頭が、痛い)


 その瞬間――苦痛と恐怖、苦しみや悲しみ、と言った絶望が脳を襲ってきたのだ。

 家族との記憶、それは、永遠に閉ざされているべき記憶だったのかもしれない。

 止まらない頭痛に、吐き気すらもするほどに辛い。


 どうにか耐えながら、清は頭痛の止まらない頭を押さえつつも、灯の方に目をやった。

 灯はとても心配そうな顔をしている。その表情は、心配するな、と言ったのが嘘と言えるほどだ。



 頭痛が落ち着くのを待っていれば、本来なら降るはずのない雨が降り始めたようで、家の中に雨音が強く反響し聞こえてくる。


 その時、ずっと静かに隣で見守っていた灯が、急に清の右手を握ってきたのだ。


「灯、俺は大丈夫だし、何でも――」

「私は清くんの辛く、苦しんでいる姿は見たくなかったです。それでも、あなたの言葉を信じたい、だけど……今は信じ切ることができない」


 灯は目を逸らさないで、ただ純粋に、透き通る水色の瞳で見つめてきている。

 過去に辛いことがあっても、灯だけは、ずっと傍に居て守ってくれていた。だからこそ今一度、優しさに甘えて頼ってもいいのだろうか。


「灯、思い出した過去の事……聞いて、くれるか」

「はい。今の辛いことを全て私に吐き出してもいいですから。また、清くんの笑顔が見られるのなら」


 灯はそう言うと、握っていた手を更に優しく、強く握ってきた。

 温かい優しさを感じながらも、清は深く呼吸をした。


「灯。俺は、家族の操り人形だったんだ」


 そう、これはずっと一緒に居た灯ですら知らない、家族と過ごした寂しくて苦しい過去。

 怖い思いを吐き出すように、失われた記憶の一部が扉を開けて蘇り始める。


 その時、降っていた雨は強さをまして、更に音を立て落ちてきていた。


この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。

清くんの本来なら思い出すべき記憶ではなかった、辛い過去。次回、それが明らかになります。

今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです。

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