第三十五話:ありがとうの言葉で繋がる気持ち
※追記
サブタイトルを「ありがとう」から「ありがとうの言葉で繋がる気持ち」に変更させていただきました。
カーテンの隙間から、透き通る光が微かに差し込み、瞳の中に輝く世界を伝えてくる。
(朝か……)
清は目を擦りながら重い体をベッドから起こして、着替えるための準備をした。
支度をした後は、静かに階段を下りている。
そっとリビングに足を踏み入れれば、ソファに座っている灯の姿が目に入った。
「清くん、おはようございます」
「あ、灯……おはよう」
灯が立ちあがった瞬間、清は息を詰まらせた。
透き通った水色の髪がふわりと揺れ、三日月のアクセサリーがついたヘアゴムは輝き、朝からポニーテール姿の灯を美しく見せたのだ。
それゆえに清の心臓は鼓動を高鳴らし、落ち着きを見せない。
灯は確かにヘアゴムを明日から使う、と言っていた。それでも、想像以上に可愛すぎたのだ。
清の黙っている時間が少し長すぎたせいだろう。灯が心配そうな顔で見てきている。
「す、すまない。灯、似合っているし……可愛いよ」
「きゅ、急には、ズルいですよ。ばか」
灯はそう言いつつ頬を赤くしながら、キッチンの方へと逃げるように向かっていった。
熱を逃がすために頭を冷やしつつも、清はいつもご飯を作ってくれる灯に、心から感謝した。
「……そういえば、清くん」
美味しいご飯を食べている際に、灯が思い出したかのように話しかけてきた。
普段と変わらない口調、先ほどの事ではなさそうだ。
「今日は何をする予定なのですか?」
今日する予定、と言われれば一つだけだろう。
予定以外で言うのなら、昨日の疑問をどうしているかだ。しかし、灯に無理に聞く気はない。
この和む雰囲気を保ちたい。ただのエゴだ。
「外の転送魔法陣の確認だな」
「それはまた急ですね」
灯は何故だか不思議そうな顔をしている。
ふと思い出したが、転送魔法陣の確認を時折している、と今まで灯に言ったことが無いのだ。
「たまに確認はしているけどな」
「そうだったのですね。魔法関与の事は危険ですし、無理はしないでくださいね……」
食べる手を止め、灯は心配そうに見つめてくる。これは清のやらかしだ。
魔法に関係することは、お互いに今でも嫌いのままだ。それは、共通認識であり、家では魔法の話をほとんどしない。
魔法陣の確認を口にする前に、考えればよかった、と清は後悔した。灯の悲しむ顔や、心配する顔は誰よりも見たくないのだから。
「灯、絶対に無理はしない。その手を離さないためにも……約束する」
「ええ、約束。ですよ」
微笑む笑顔を見せてくれる灯に、清は胸を撫でおろした。
ご飯を食べ終わった後、灯の頭を優しく、ゆっくりと数分ほど撫でていた。これは、先ほどのお詫び含めてだ。
その後、灯は別の作業をするようで、その場は一時解散となった。
清は魔法陣の確認をするため、外に出た。また、確認、というのはあくまでも建前だ。
長く息を吐き、ゆっくりと精神を静め、両手に魔法陣を展開させた。
(この違和感……常和や心寧でもない、やっぱり他の誰かが侵入したような……)
違和感を覚えつつも、新しく転送魔法陣を作り直そうとした――その時だった。
魔法陣の空間が歪み、ある人物が姿を見せた。それは、特徴的なビーズの髪飾りを付けた親友の彼女――心寧だ。
「あ、まことー! お出迎えありがとうね!」
「……いや、いきなり何の話だよ?」
「あかり―から聞いてないの?」
いきなり現れたかと思えば、いきなりからかってくる。これが、常和という抑え役がいない時の心寧そのものだ。
今回、常和とは一緒ではないらしく姿が見当たらない。
「なあ心寧。常和はどうした?」
「あー……とっきー、最近ずっと真面目にしていたから、体調崩してすやすやだよ」
真面目にしすぎた後、常和が体調を崩すのはいつものことだ。それでも、唯一の親友だからこそ、心配ではある。
(常和の好きな果物、心寧を通して渡してもらうか)
そんな考えをしていれば、心寧は距離を詰めてきていた。
視線を見るに、両手に展開している魔法陣を気にしているのだろうか。
新しい転送魔法陣は完成しているので、心寧を横目で見つつ、空間に両手を向けて魔法を放った。
「まことー、いつ見ても器用だよね。転送魔法陣、魔法世界で使えるのはごく一部の人だけだよ」
「心寧もこれくらいはできるだろ」
「ありゃー? バレてた?」
「あの合成魔法を……見ればな」
「清。他言無用だよ」
どうやら、心寧の地雷を踏んでしまったようだ。
棘のある声に、向けられる冷静な視線。それは、普段の心寧から想像がつかないとすら言える。
「別に言いふらす気はない」
「そっかー、ならよかったよ!」
今は常和が居ない。それだけでも大変なのに、心寧を怒らせるのは以ての外だ。
ましてや、人の嫌がることを言いふらすほどの悪趣味な性格ではない。
そんな事を考えていれば、後ろからドアの開く音が小さく聞こえた。
ふと振り向けば、灯が隙間から顔をチラリ、と覗かせている。
「あ、あかりー! ほら、まことー、奥さん来たよ!」
「灯は奥さんじゃない! てか、付き合ってすらいないからな?」
「ほんとかなー」
心寧は嘘だ、というような視線をこちらに向けつつ、近づいてくる灯に飛びつくよう走っていった。
二人で同じ家に住んでいるとはいえ、灯とは付き合ってすらいない。だが、傍から見れば付き合っていないのがおかしい程、仲良く見えるのだろうか。
「心寧さん、来るなら連絡はもっと早めにしてくださいね」
「あかりー、怒んないで。次からは気を付けるから……多分」
「ふふ、今回だけですよ」
灯から聞いてないのか、と最初に心寧に言われたが、正確には伝えられなかったが正しいのだろう。
もしくは清の家の建っている位置が、魔法世界でも現実世界でもない、その間の空間に建っているのが原因だろうか。そのため、心寧とのやり取りが遅れた可能性も高い。
原因を考え込んでいれば、灯がゆっくり近づいてきていた。
「清くん、どうしました?」
「あ、いや、なんでもない」
「そう、ですか……」
灯は少し疑問気な顔をした後、すぐに明るい微笑みを見せてきた。
何かを察した。もしくは、触れる気が無いのどちらかだろう。
「そういや心寧さ」
「あかりーに話すんじゃなくて、うち?」
「ああ。ペア試験後に呼ばれていただろ? それが気になって」
「あー。数か月もすればわかるよ」
心寧が言いたくない、というのはわかる。だが、言い方から察するに、こちらにも関係することではあるようだ。
ふと灯を見れば、目が合った。
「立ち話もなんですから、家の中で話しませんか? 紅茶と焼き菓子を用意してありますから」
「やったー! あかりーありがとう」
「灯、いつもすまない」
感謝を言えば、灯の頬は少し赤みを帯びていた。心寧が居たせいだろうか。
普段から感謝は言っているが、人前だと恥ずかしさはあるようだ。
「あかりー、まことー。もう付き合えば?」
「早く家に入るか」
「そ、そうですね」
「はは、二人とも仲いいね」
心寧にからかわれ続ければ、お互いに気まずくなる、というのは理解できているつもりだ。
家に上がれば、心寧と灯がソファに座るのを見てから、清は小さな椅子に腰を掛けた。
その時、灯から申し訳なさそうな視線が飛んでくる。だが、女の子二人を優先したいのは、男として、決意的にも揺るがないのは理解してほしいものだ。
テーブルに置かれた紅茶と焼き菓子。それに心寧が手を伸ばしながら口を開いた。
「二人は大晦日と正月、お暇?」
「俺は特に予定はないな。灯は?」
「私も特に予定は無いですね」
灯も予定がないと答えれば、心寧は何故か目を輝かせていた。
心寧は普段から目を輝かせているが、今は更に輝かせている。それは、恐ろしいようで、安心するようなものだ。
ふと気づけば、心寧はスマホを取り出していた。
「メッセージのグループ作ったからー、二人は強制参加ね! あ、もちろん四人だけだよ」
四人だけ、つまりは常和も含めてだろう。考えてみれば、個人個人でのやり取りしかしてなかったため、グループ系のやり取りは今までなかったのだ。
何をする気なのか未だに不明だが、先ほどあった正月の話も含めれば、悪い話ではないだろう。
「別に俺は構わない。灯もそうだろ?」
「ええ、皆さんと更に仲良くなれるいい機会ですから」
「ほんとになんで二人が付き合ってないのか……不思議なくらいだよ」
「うるさい。余計なお世話だ」
灯と付き合いたくないわけではない。ただ、この優しい距離感を崩したくない、そんな自分勝手のエゴだ。
それでも、灯と離れないうちに、この思いだけでも伝えたいのは事実だ。
それから三人で話していれば、気づけば外は夕焼け色に染まっていた。
「今日はとっきー居ないし、うちはそろそろ帰るね」
「そうだ心寧」
「まことーどうしたの?」
心寧が立ち上がると同時に、清は声をかけた。
用意しておいた果物の入った袋を清は手に持った。そして、それを心寧に前に差し出した。
「これ……心寧と常和の好きな果物入れてあるから。無理でなければ受け取ってくれないか」
「なるほどねー。わかった、受け取るね! 帰り道はとっきーの家の前通るから、ついでに渡しとくよ」
感が良いのか、察しが良いのか。それでも、ありがたいことに変わりはない。
心寧は袋を受け取って中を見れば、すごく嬉しそうな顔をしている。二人が好きな果物を入れているから、当然と言えば当然なのだろうか。
「清、ありがとうね! 今日は楽しかったよ! お二人さんまたね」
「心寧さん、帰り道気を付けてくださいね。私も楽しかったです」
心寧が帰るのを見送った後、灯とソファに座っていた。
「清くん。昨日の事、覚えていますか?」
「記憶のカケラの事だよな……」
灯は静かにうなずいた。それでも、暗い顔はしていない。むしろ吹っ切れたような明るさがあるようにすら思える。
心寧が何か安心感を与えてくれた、と思って良さそうだ。
「渡すのは明日でも、良いですか?」
「灯が近くに居てくれるのなら、いつでもいいさ」
「ふふ、清くん。ありがとう」
不意に感謝を言われ驚きかけたが、心を落ちつかせつつ、灯の頬にゆっくりと手を伸ばした。
何も言わずに、温かい灯の頬を優しく触るように撫でた。それは、灯を手放したくない、という意思を遠回しで伝えるためでもある。
「灯、こちらこそ、ありがとうな」
「……こうして隣に居られて、心から嬉しいです」
(灯……君とのこの時間がズルい程愛おしく、大好きだよ)
魔法世界に来てからは灯に何度も救われて、今を生きている。だからこそ、灯だけでも幸せになってほしいものだ。この先もずっと。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
今回は日常を描かせていただきました。
次回の三十六話に関しましては、三十七話に話数を跨ぐ可能性がございます。記憶の話は大事に扱うと決めている為、ご理解していただけると幸いです。
謝罪:しばらく投稿が空いてしまいましたこと大変申し訳ございませんでした。謎のスランプに陥っていたのですが、今は大丈夫です。