第二十九話:君だけに見せる悔し涙
試験の一つ目である魔法射撃は、空間魔法の中で行われるらしく、外からも見える魔法となっているようだ。
空間の広さは校庭を半分埋め尽くし、ドーム状の結界が存在を更に強調していた。
「灯、落ち着いたか?」
「ええ、落ち着きましたので大丈夫ですよ」
先ほどの騒ぎの後、常和達と一緒に行動していた。
先生方の観戦席はあるのに、生徒用の観戦席は無いという現実だ。そのため、観戦するのに適した場所を探している最中だ。
「ねえ三人とも! あそことかいいんじゃない!」
そう言いつつ心寧が指さしたのは、魔法射撃を選手の後ろから見られる位置だ。
「清、決まりでいいよな?」
「俺は文句ない。……灯もあそこでいいか?」
ゆっくり飲み物を飲んでいた灯は小さくうなずいた。
観戦する位置が決まれば、後は始まるのを待つだけだ。
しばらくして、他のペアの魔法射撃が開始された。清と灯の出番は最後のため、考察してから挑める利点がある。
的は事前に渡された紙と同じく、大が一枚、中が五枚、小が四枚という構成になっているようだ。
魔法の制限が厄介なのか、今のところ、全ての的を破壊できたペアは居ない。
「あの的……普通の空間魔法の的とは違いますね」
「え、あかりー、そうなの?」
「ええ、真ん中から少しでもズレがあると、回復する仕組みになっているようなので」
隣に居る灯と心寧が話している内容は確かなようだ。しかし、的が回復する、というのは聞いたことが無い。
各ペアの番が終わっていき、気づけば常和達の番になっていた。
「よし! 清に星名さん、行ってくるわ」
「ああ、常和……頑張れよ」
「清が応援するなんて珍しいな」
常和はそう言うと、心寧と一緒に空間へと入っていった。
視線に気づいて横を見れば、灯が不思議そうな顔で見てきていた。
「清くん、今はライバルの相手を応援とは優しいですね」
「別に優しくない……」
「ふふ、素直じゃないですね」
灯の言う通りだ。常和を最高の親友だと思えるからこそ、優しくないと意地を張っているだけだ。また、応援するのは誰にも負けてほしくない思いからだ。
そんな思いがあるなんて、恥ずかしくて言えたもので無い。
考えているうちに試験は始まっていたようで、常和は既に暴風剣を手にしている。
中の声は聞こえないが、様子を見るに心寧と何かを話しているようだ。
動きの無いまま数分が経った時、灯が制服の袖を優しく引っ張ってきた。
「ねえ清くん、何で心寧さん達は動かないのでしょうか?」
「さあな。多分だが――」
言おうとした瞬間、校庭はざわつきと盛り上がりに包まれた。
その瞬間を目撃した光景を信じきれず……清は声を失いそうになる。数秒前、常和が暴風剣を一振りした瞬間、全ての的が破壊されたのだから。
ペアなのに常和一人で破壊して大丈夫か、という不安もあるが、今はそれどころではない。
興奮に包まれた校庭の状態。それが、次の出番である清達に引き継がれることになるのだ。
「清くん、次は……私達ですね」
「……とりあえず、行くしかないよな」
うなずく灯を見て、一緒に空間の方へと足を進める覚悟をした。
道中、戻ってくる常和と心寧に出会った。
「お二人さん、もしかしてプレッシャーを感じているかい?」
すれ違いざまに後ろで足を止め、常和は声をかけてきたのだ。まるで、心を読んでいるのかと思えるほどの言葉を添えて。
「……これは応援じゃない、警告だ。清と星名さんはいつも通りでいいんだからな」
「常和、言われなくてもわかっている」
常和に返答した後、灯の手を取り空間の中へと入った。
ふと気づき灯の方を見れば、急に手を握られたのが恥ずかしかったのか、頬が薄く赤みをつけている。
灯と目を合わせ、お互いに軽く深呼吸をした後、魔法射撃の開始地点に立ったのだ。その瞬間、空間の中心に的が姿を現した。
大の的は固定されており、中は同じルートを通っている。だが小の的だけは不規則に動いている、と瞬時に理解できた。
何も言わずとも、灯もそれくらいは理解できているのだろう。
そう思いつつ灯の方を見ると、右腕を前にし、人差し指と中指をピンと伸ばして、手を銃のように見立てていたのだ。
「清くん……私が前に考えがあると言ったのを覚えていますか?」
灯は構えつつも静かに話しかけてきた。
「覚えているさ」
「よかったです。私の新しい魔法、ここでお見せしますね」
(新しい……魔法!?)
灯から言われた言葉に清は耳を疑いそうになった。
そんな動揺を横に、灯は指先へと魔力を集中させ狙いを定めているようだ。
「無制限合成魔法――速射【ばーん】――」
灯の柔らかい言い方とは裏腹に、指先に現れた小さな魔法陣から、即座に高威力であろう魔法の弾丸が放たれたのだ。
放たれた弾丸は、小さな的が全て重なった瞬間の中心を射抜き、的を破壊したのだ。
灯が小さな的だけを破壊したことにより、周囲で盛り上がっている姿が見えた。
それに比べ、清はまだ何もできていない。その考えが、焦りを生んでしまう、と理解すべきだったのだろう。
(負けてられないな、俺だって……え、なんでだ)
魔法を圧縮して打とうとしたのだが、何故か、魔力を上手く制御できないのだ。
「……清くんそれ以上は!」
灯が清の異変に気づき声をかけてきた。だが、すでに遅かったのだ。
制御できずに圧縮され続けた魔法は、静かに小さな光を放つと共に、爆発を引き起こした。また、爆発の中心となった清は、逃げることを許されなかった。
(……体が、動かない)
魔力シールドを反射で張ったため、魔法による爆発の影響を食らわずに済んだようだ。ただ、痺れという痛みを除いて。
周りを見れば、空間内は黒い煙に包まれている。まるで光を通さんと言わんばかりだ。
その時、一か所を中心に風が吹き荒れ、闇に包まれた空間は光を取り戻した。
風の中心には灯の魔法陣が見えている。灯が風を起こして、煙を晴らしたのは間違いないだろう。
「……今すぐ回復させますから」
灯はそばに近寄ってくるとすぐさま回復魔法を展開させたのだ。
回復魔法を受けた痛みは、消えるように無くなっていった。
「灯、すまない」
「清くんが無事なら、私はそれだけで十分です」
灯は震えるような声で、そう呟いた。
失敗を責めようとしない灯は、本当に優しすぎる。これは試験であり、評価にも影響する。それなのに、責めようとも、怒ろうともしないのだ。
魔法射撃は魔法の回数制限により、終了となった。小さな的の全破壊だけ、という結果は言うまでもないだろう。
一日目の試験の終わりが告げられた後、学校の裏側に一人で来ていた。
右手に拳を作り、そのまま壁に向かって側面を強く打ちつけた。自身の弱さを悔やむように。
(痛い)
だけど、それが違う痛みのようにも感じるのは何故だろう。
「俺が……ミスをしなければ」
気づけば、口からは言葉が漏れ出し、頬には雫が流れ落ちている。
「はあ、清くん」
その時、小さなため息をこぼしつつも、灯が静かに近寄ってきていた。多分、陰からそっと見守っていたのだろう。
「実は……今回の原因は私にあります、伝えるのが遅れてごめんなさい」
灯が何を言っているのか理解できなかった。そもそも今回の原因は、魔力を制御できなかった清にあるのだから。
「私にやった魔力の逆流……それが清くんの魔力を狂わせ、魔法を圧縮させ続けたのです」
「そうだったのか」
「ですから、あなたが自分を責める必要は無いのですよ。責めたところで、過去を変えることはできません」
灯から言われた言葉は、重いのに何故か優しい感じがある。
清は気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐きだし、ゆっくりと言葉を紡ぎながら声を生み出した。
「なあ、灯、これからどうすればいい」
「そうですね、希望の未来を一緒に考えませんか? 二人だけの秘密を……」
灯の言葉に小さくうなずき、雫が辿った頬を手の甲で拭きとった。
柔らかく微笑みながら見ていた灯に手を引かれつつ、夕日が差し込む帰路を一緒に辿った。
こうして、波乱を起こして始まったペア試験の一日目は終了したのだ。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
一日目にも関わらずハプニングの連続とは、この先が不安ですね。
二日目の内容は、二人は試験がないため、ちょっとした努力の裏側会を予定しております。また、二人だけの秘密とは……次回も読んでいただけると幸いです。