第二十六話:君と居る時間に幸せを添えて
数日すぎた日の朝、リビングのローテーブル近くに座布団を引き、隣同士で灯と座っていた。
前日の夜、改めて勉強会をしたい、と灯に言われ今に至っているのだ。
「清くん、今日はペア試験の動き方最終確認と、私たちの魔法について改めて話しましょうね」
「子供じゃないんだ……それくらい覚えている」
「素直じゃないですね」
微笑みをこぼしつつからかってくる灯に、清は呆れつつもテーブルの方へと目をやった。
テーブルの上には灯が部屋から持ってきた様々な本と、清が手書きで要点だけをまとめた紙が、綺麗に並べ置かれている。
灯の指導の下、取りやすく、分かりやすく、清が並べさせられたのだ。勉強の形を身体で覚えてほしい、という考えらしい。
(……前よりも本の量が増えてないか)
以前から断捨離の意味も込めて、灯の部屋から清の部屋へと本が頻繁に流れてきていたが、それでも多いことには心の中で驚くだけにした。
それと、お互いが本を好きであり、灯が過ごしやすければ嬉しいという清のエゴがあるからこそ、この関係でも嫌にならないのだろう。
ふと気づけば、目の前に紅茶の入ったカップが優しく置かれた。
「清くん、紅茶をどうぞ……今日は少し甘めにしてありますよ」
「灯、いつもありがとうな」
気づかぬ間に席を離れ、紅茶を入れてくれた灯には感謝しかない。また、甘めにしたのは脳が疲れないようにする為だろう。
ほんのわずかな気遣いを加えるだけでも、人の印象を左右する、とはこれをいうのだろうか。
ふわりと軽く横に座る灯は、なぜだかどこか疑問そうな顔をしていた。
「……灯、どうかしたか?」
「え、あ、実は気になっていることがありまして」
聞かれる、とは思っていなかったのだろう。灯は軽く呼吸をしてから、口を開いた。
「ペア戦の勝負する相手が、なぜ要注意危険人物ではない、心寧さん達が相手なのかなと」
清からしてみれば、疑問気に聞いてくる灯の方が不思議だ。
常和たちと出会った頃の話を灯にしたことが無いので、疑問になるのは当然と言えば当然だろう。
「そっか、灯は知らないんだよな……常和が実質、要注意危険人物に認定されているって」
「清くん? 初耳にも程がありますよ?」
噂でくらい、と思っていた考えが甘かったようだ。
普通に考えてみれば、相手は深い事情ほど厳重かつ広がらないように注意する学校側と魔法世界。清が知っている方がおかしい話だ。
黙っていて悪かったという意味合いも込め、灯の頭を軽く撫でつつ話した。
「人の過去を勝手には話せないから、常和から許可をもらえたら話してやるよ」
「それを言われたら私も弱いので、今回は引き下がります……」
あっさりと引き下がってくれたものの、灯はどこか不満そうだ。
数分ちょっと頭を撫で続け、やっと灯がご機嫌を取り戻してくれたので、清は心の中でホッとする。
灯の頭から手を離し、魔法射撃をまとめた紙に手を伸ばした。
結局、評価方法がわからない以上、どうするかで終わったままなのだ。また、お互いの魔法には有効なのが無いため、考えは変わっていない。
横から顔をのぞかせていた灯が、清の顔の前で呼ぶように手を振ってきた。
「魔法射撃は、後にしませんか?」
「え、どうしてだ?」
「……私に考えがありますので」
灯の透き通る水色の瞳からは、透き通っているのに強い意志を感じる。これは今まで通り信じていいだろう。
「わかった、俺は灯を信じるよ」
灯は何も言わずに小さくうなずいた。その時、うなずいた振動でかすかに灯の髪が揺れている。
意識していないのに、灯の些細なところに目が行ってしまうのは何故なのだろう。
心を落ち着けるように、清は紅茶に口を付けた。
一口付けただけなのに、甘い。また、今の気持ちからは更に甘いように感じ取れる。
「一息つけましたか?」
「ああ」
「それならよかったです。次はお互いの魔法について話しましょうか」
お互いの魔法、と言われ前回の事を思い出した。
図書室では順番になった時に気絶し、主属性の魔法について話さず終わってしまったのだ。
灯は多分だが、このことも含め再度話したいと思ったのだろう。
また、清が持つ星の魔石は、魔力を瞬時に膨大にして圧縮した魔法を使える、というのは灯も知っている。
「俺の主属性魔法を言えばいいか?」
「そうですね」
灯の返答に小さくうなずき、軽く呼吸を整えた。
「主属性魔法は炎だ。単体だけなら最高火力だ」
「……え?」
不思議そうな顔をしている灯に、何故、という疑問が上がった。
主属性魔法が炎であるのは間違いない。だが、それは違う、といった様な反応をされたのだ。
これはあくまで憶測に過ぎないが、思い出したうちの一つである『星の魔法』が関係しているのだろう。これにより、清のまだ思い出せていない過去を知っている灯が不思議そうにするのも無理はない。
「どうした?」
「い、いえ……なんでもありません」
「そうか」
灯が話す気ないのなら、無理に聞く必要は無いだろう。
いずれ話してくれると思い、信用していられるのだから。
小さく呼吸をし、灯は落ち着いたのか、微笑むような顔で見てきたのだ。慣れてはきたが、未だに恥ずかしさがある。
どんな仕草をしても可愛らしいのは、反則だ。
「そういえば、清くんは魔力の消費をどのように補っているのですか?」
ふと思い出したかのように、ペンダントを撫でながら灯は尋ねてきた。
普通の魔石による魔力消費は、魔法を連続で使わない限りは回復が間に合うらしい。
星の魔石を通して魔法を使う、というのは普通の魔石と意味が違う。なぜなら、星の魔石は魔力の回復を年月単位で行うのだ。
また、魔力の回復だけではなく、魔法への付与効果も違うのだ。灯は無制限に合成魔法を作り出せる代わりに、主属性以外の魔法が弱くなる付与効果を持っているのだ。
もっと言えば、こちら、つまり清の魔法への付与効果は、膨大と圧縮ができる代わりに、魔力が底を尽きれば回復しないデメリットが存在している。
「あー、俺は自身の中に、魔法の器を作り出し魔力をストックして、少しの魔力を膨大にして使っている感じだ」
「そうだったのですね」
「そういう灯はどうなんだ?」
「無制限合成魔法から、魔力の自己保管魔法を生み出し、魔力の消費を限りなくゼロにしていますね」
「おそろしいな」
「清くんほどではないですよ?」
小悪魔のように言いつつ微笑まれる、そんな灯には困ったものだ。
星の魔石の魔力消費は回復以外にも、魔法を使用した際の消費量も高い。ましてや、その中に違う魔法を使いつつは相当な負荷があるだろう。
それを平然とやってのけ、笑って過ごしている灯の負荷は計り知れないだろう。
少し以上に労わりたいものだ、と考えつつ清は紅茶に口を付けた。
ゆっくり飲み干したカップを置けば、静かに紅茶を注いでくれる灯、何も言っていないのに優しすぎる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
灯のふんわりとした優しい笑顔、この笑顔には出会ってからずっと助けられている。
そう思っていれば、灯は真剣な表情を作り出していた。
「そろそろ、魔法勝負の話をしましょうか」
灯の言葉に、清は静かにうなずいた。
魔法勝負、つまりはペア戦の話だ。
思っていることがあるので、灯が言うよりも先に清から切り出した。
「灯、最初の数分だけ……心寧を抑えてくれないか」
「はあ、それはまた急ですね。なぜですか?」
灯から疑問そうに聞かれるのは当然だろう。
常和との相談以降、魔力の源に何度も触れ、やっと見つけた気持ちがあるのだ。希望を無駄にしたくない、親友を救いたい――かすかな願いの先にある気持ちを。
「頼む……魔法勝負でしか伝わらない、一つの気持ちを最高の親友にぶつけたいから!」
「……なら、約束があります」
少し寂しげながらも、灯は呟くように続けた。
「魔力を必要以上に使わないと約束してください」
「……つまり、どういうことだ?」
「ばか。魔力の限界負荷……瞳や髪の色が魔法の影響を大きく受けて染まる現象があるのですよ」
――先ほどから、なぜ灯が冷たく悲しい声なのか、わかった気がした。
過去の灯は本来、透き通った色をした金髪で、綺麗なブラウン色の瞳をしていたのだ。だが、限界負荷により、髪と瞳が透き通る水色になってしまったのだろう。
色を染めて正体を隠していたわけではなく……なってしまった。
(……あの時の『瞳の色が戻った』はそういう意味だったのか)
それが清に起きてほしくないから、灯が前回の魔法勝負を止めたのだ、と今更気づくのは遅すぎだ。
今からでも、灯の悲しむ顔をこれ以上見たくない、エゴでも何でもいい。
「灯、約束、しただろ。俺は俺のまま変わらないって……だから、心配するな」
星のような雫が溢れそうな瞳で見てくる灯の頬を、優しく撫でるように触った。
とても柔らかく、何でも受け止めてしまいそうな灯の頬は、次第と赤く色づき始めた。
清が軽く表情を崩し微笑めば、灯の頬は隠せないほど赤くなっていく。灯の頭から湯気が出るのではないか、と逆に心配になる。
そう思っていれば、灯は照れ隠しをするように、額で軽く清の右肩へと頭突きをしてきたのだ。
頭突き、というよりも額で撫でているが正しいのだろう。
とても優しすぎる為、少しだけ笑ってしまいそうだ。
灯は落ち着いてきたのか、額を当てつづけながらも小さく呼吸をし「絶対ですよ」なんて言ってくる。
それを聞き、清は軽く息を吐くとともに静かに呟いた。
「幸せを手放す気はないから」
「え、ど、どういう意味ですか?」
灯は焦ったかのように言葉に反応し、左手で額を隠しながら頭を上げた。
「……灯には何も言ってない」
「しょうがない人ですね。聞かなかったことにしてあげますよ」
なぜ灯が偉そうにしている、と言いたかったが心の中だけに留めておく。
それは、言い訳だ。灯が笑顔で言ってくるから、笑顔に弱い清の気持ちが先に負けたのだから。
その後はお互いに頭を冷やしつつ、魔法勝負についての話し合いを再度始めた。
……その日の夜、窓から外を覗けば、満点の星空が広がっている。
隣で同じように外を見ていた灯が、どこからどう見てもワクワクしているのが分かる。
「清くん、外で星を見てきますね」
小さく「ああ」と返せば、灯は無邪気な子供のように玄関を出て行った。
その後すぐ、近くにあったブランケットを手に取る。
灯は冷え症であるのに、この寒い十二月の夜に私服で外に出ていくものだ。それを見て、心配にならない方がおかしいだろう。
玄関を静かに開ければ、空を眺めている灯の後ろ姿が見えた。
後ろから近づき、手に持ったブランケットをそっと灯の肩にかけた。
「少しは温かい物を持っていけよ」
「いえ、清くんが持ってきてくれると信じていましたから。それに、初めてしたペアの話の夜も思い出しますからね」
「……そうかよ」
灯にそう言われてみれば、やっていることが逆になっただけで同じだ。
わかっていてやるのは、ズルい、としか言いようがない。
そっと耳を澄ませば、灯が小さく呼吸する音が聞こえてくる。
(……いや、それは本当にズルい)
ふと気づけば、灯からジッと見られていたようだ。
「あの、清くん」
「どうした?」
「明日お暇をしていればなのですが、一緒にお出かけしませんか?」
唐突に言われたが、そのお誘いに断る理由や選択肢なんてないだろう。
「灯と出かけられるなら、願ってもないことだ」
そう返せば、灯は笑顔を見せてくれたのだ。
その時、雲の隙間から差し込んだ月の明かりに照らされ、灯の笑顔はさらに輝いて見えた。
そんな灯を見ながら、清は星に手を伸ばした。
「近くて、遠いな」
「空に浮かぶ星ですから。冷えますし、家に戻りましょうか」
「そうだな」
そう言いつつ、清はその場を後にした。
「……空に浮かばない星の明かりなら、すぐ近くに居るよ」
一瞬だけ、灯からとても小さく呟かれた言葉には、ついぞ気づかなかった。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。
今回は、今までの出来事まとめ会をもうけさせていただきました。
また今話であった通り、次回は二人でのお出かけとなります。一体、どんなお出かけになるのでしょうかね?




