第二十四話:私の存在であなたを操りたくない
魔法勝負をしてから数日が経ち、清は一人の時間を家で過ごしていた。
普段から隣で一緒にいる灯はというと、朝のうちから心寧とお買い物に行っているのだ。
灯が一緒に住む前までは、一人で過ごすのが当たり前だったのに、今は一人で居る事に違和感があり、寂しいように感じていた。
近いのに遠くても、一緒に居られる時間が一番心地よかったのだな、と改めて思えてしまう。
雑念を捨てよう、と思いつつ掃除を念入りにしようとしたのだが、普段からこまめに掃除をしている為、数分もかからないで終わったのだ。
普段から清が掃除を担当しているが、こんなにもあっさり終わってしまうものなのだと驚きを隠せなかった。
やることが無くなりどうするかと思っていれば、ふと思い出した。
「……たまには一人でしっかり勉強してみるか」
最近は、灯に教えてもらいながら勉強をしていた為、何かと一人で勉強の時間を取っていなかったのだ。また、灯の教え方がとても上手いため、それに甘えていた節もある。
二階にある自室へと戻り、山積みになっていた本へと目をやった。そこには、灯の部屋から流れてきた魔法本や参考書、星に関する本などが山を中心に一か所で散乱している。
リビング等の見えるところを綺麗にできても、自室の片づけまでは手が回っていないのだ。
勉強はどこから手を付けるべきなのか分かっていなかったが、灯の教えもあり、ようやく理解できるようになってきていた。
灯曰く『自分の学びたい勉強を優先してみてください』とのことだ。
本を選び、灯の隣に立っていても恥ずかしくない人でありたい、という雑念を捨てながら黙々と勉強を進めた。
余計な雑念を捨てつつ朝から集中していたのもあり、それが努力として現れたのか、時計を見れば午後一時前くらいになっていたようだ。
お昼ご飯を食べるのにはちょうどいい時間と思い、清は一階へと下りていった。
下りている最中に、リビングから微かに聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
リビングを覗くと、灯と心寧がソファに座りながら、楽しそうに話しているのが目に映った。どうやら、集中していて気づかなかったが、心寧と一緒に帰宅していたらしい。
その時、心寧が気配に気づいたのか、目と目が合った。
「あ、まことー! お邪魔してまーす!」
「清くん、ただいまです」
「おかえり。出迎え出来なくてすまない」
「いえ、清くんが何かしていたみたいのなので、お邪魔しちゃうとまずいなと思い、私も声をかけないようにしていましたから」
「別に気にしなくてもよかったのに」
灯の意見を尊重したいため、気にするな、と言ったのだが灯はどこか不満そうに見えた。
そんなやり取りをしていれば、近くに居た心寧にニヤニヤされている。
普段通りの会話をしているため、ニヤニヤされる要素はどこにもないはずなのだが、と思うのは心の中だけに留めておいた。
二人に気を取られ忘れていたが、当初の目的である、お昼ご飯を食べようとしていたのを思い出した。
「二人は外でご飯食べてきたのか?」
「うーん? 食べてないよー、あかりーがまことーと一緒に食べたいって言うから」
「そ……そう言う事です」
心寧に暴露されると思っていなかったらしく、灯は恥ずかしいようで、頬がうっすらと赤くなっている。
お昼くらい清が自分で用意しようと思っていたのだが、灯の可愛い一面を明かされ、気づいた時にはそのことだけが脳を走り回っていた。
「清くんも食べていないのでしょうから、今準備しますね」
「いつもすまないな」
「何を今更。では、心寧さんの分も合わせて準備してきますね」
灯は律儀にお辞儀をして、キッチンの方へと向かっていった。心寧にも料理を振舞うからこそ、灯は自然にお辞儀をしたのだろう。
細かいところにまで気を配っているのは、流石、としか言いようがない。
ふと、心寧の方を見れば何か言いたげな顔をしている。また、ジッと清の方を見ているのだ。
苦手意識は減ったものの、たまに見せる妙な圧には、苦手意識以外の違和感を覚えてしまう。
「まことーは結局……あかりーのこと好きなの?」
心寧から疑問気に聞かれ、本当にどうなのだろうと悩んだ。
可愛い、優しいから安心する、隣に居たいと思う気持ちはある。だが、それらは全て感覚に過ぎないのだ。
清が灯を好きだ、と思っていても灯がどうなのかはわからない。
ましてや、灯は幼馴染の腐れ縁として隣に居てくれるだけで、魔法世界でなければ結果は違っていた可能性だってある。
本当に好きだと思っている人に、好き、と言えれば苦労なんてしないものだ。
「心寧に言う必要ないだろ」
「……ほんと、変なとこで不器用の馬鹿」
「なんか言ったか?」
「べつにー。あかりー! うちもてつだうー!」
心寧は逃げるようにソファから立ち、灯の居るキッチンへと早足で向かっていく。
なんなんだ、と清は思いつつも「本当の気持ちか……」と小さく呟いた。
お昼ご飯を食べ終わり、心寧が帰り、二人きりになった頃。
「清くん、何でそんなに頑張っているのですか?」
灯は不思議そうに首を軽く傾げ、水色の瞳をパチクリさせながら聞いてきた。
普段は頑張らない清が頑張りだせば、不思議に思うのも当然だろう。
どう説明しようか悩みつつも、頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。
「少しでも努力をして、灯の隣で居られる価値のある人になりたいんだ」
言い終わると、灯は何故か怒り、いや、真剣な目で清を見ている。
気落ちを抑えているのか、灯は自身の太ももの上に手を置き、握りこぶしを作っていた。
いつもの灯とは明らかに違う。何か引き金を引いてしまった、と思わせるほどだ。
「清君……努力は努力をするからこそ価値があり、隣に居る為だけの努力には価値がありません。お互いに隣に居たいと思えることが、どんなに価値がある事よりも大切なのですよ」
――灯の言うとおりだ。どれだけその人に価値があったとしても、隣に居られる保証はどこにもない。また、どれだけ努力をしたって、振り向いてもらえるとも限らないのだから。
今、灯の隣に居られる意味にどれほどの価値があるのかを……言われるまで、清は見失っていたのだ。ましてや、一緒に過ごせているという大切な気持ちすらも。
ごめん、と謝れば「謝らなくて結構です」と言われた。
「努力をすることは良いことです。でも、操られたような気持ちでの努力は……私の前では絶対に、二度と、しないでください」
灯の隣に居たいが為の気持ちは、灯から見れば、操られているように映ってしまったようだ。最後の怒ったような口調からも、それを察せる。
「わかった。以後、気をつける」
「ふふ、今回はとても素直ですね」
気づけば、灯は柔らかく優しい表情に戻っており安心する。
何がキッカケになるのかは憶測に過ぎないが、清の思い出していない過去に、灯の引き金を引く可能性が高い記憶があると考えられた。
逆に言えば、それ以外で灯が今まで抑える言動や行動をしたことが無いのだから。
家で常和を魔法で無理やり追い出そうとしたり、気遣いが出来ていないと清自身を責めたりした時には、必ず灯が止めてくれた。また、それは全て思い出した記憶に一例としてあるのだ。
「……それに、私にできないことを清くんはできているのですよ」
少し悩んだのだが、全く思い当たる節がなかった。
「何をできているんだ?」
「なんでしょうね? 私は紅茶入れてきますから……考えてみたらどうですか?」
そう言いつつ、灯は紅茶を入れるためにキッチンにゆっくりと向かっていった。
わからないから聞いたのに答えてくれなかったのは、清自身で知ってほしい、という暗示でもあるのだろうか。
考えていれば、手には紅茶の入ったカップを二つ持った灯が戻ってきていた。
灯は目の前のテーブルにカップを置きつつ、水色の髪を避けてから清の隣に座った。
「いつもありがとうな」
「どういたしまして」
ゆっくりとカップを手に持ち、静かに口へと運んだ。
「……甘くて、苦い……」
気づけば、目から頬にかけて、小さな水が流れ落ちていた。
「ばか」
灯は小さく呟きながらも、清の頬を、ピンク色のハンカチで優しく撫でてきた。
この度は数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルは灯目線にさせていただきました。
一応、努力と言うのは、自分のためにやることにこそ価値があり、他人のために行う努力は意味が無いと言いたいわけではないので、そこら辺のご理解とご協力をお願いします。
どんな思いがあろうと、努力をするのは立派なことですから。




