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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百五十一:今までの君と、夜明けを迎えた世界

 願いの力は、住む町にも影響を及ぼしていたらしく、見る世界が様々な変化を遂げていた。

 当たり前ではなかった、生命を持った動物や生物が町中に存在していたのだ。

 そして魔法に怯えるように活気あふれていなかった商店街は、日が昇りきっていないというのにシャッターを開き、賑わいの声をあげている。


 自分たちの願いは、たった一つだけの犠牲を除き、人によっては鐘を鳴らす変化をもたらしたのだろう。


 現在、清は灯と共に、自宅の家を繋ぐ転送魔法陣の前に立っていた。

 後ろから昇り始めている日差しは、まばゆい光と共に静かに背を押してきているようだ。


 自分たちの帰るべき場所に戻るだけだというのに、鳴り響く鼓動はどこか落ち着かない様子を見せている。


 清が立ちすくんでいれば、小さな手が優しく包み込むように手を取ってくる。

 隣を見れば、灯は笑みを宿し、柔らかな表情でこちらを見てきていた。

 悩んでいた自分に首を振り、清は灯の手を握り返し、お互いにうなずき、魔法陣へと一歩を踏み出す。


 魔法陣から出れば、見慣れた景色……自宅の庭と、灯と過ごしている家が視界に優しく映りこんでくる。


「清くん、あれ」

「灯、どうし……あれは」


 灯の見る方向に目をやり、清は口角を緩やかに上げた。

 そしてお互いに顔を見合せてから、未だに薄暗い庭を駆けていく。


 目の先に映ったのは、特徴的なビーズの髪飾りを付けた少女に、その付き人であり最高の親友が、清の家の前に立っていたのだ。


 自分たちの帰りを待ってくれていた人物――古村常和と、美咲心寧だ。


「常和、心寧、ただいま」

「心寧さん、古村さん、ただいまです」

「まことー、あかりー、おかえり! それと、星の魔石の願い、お疲れ様だよ」

「よっ、お二人さんおかえり! 俺と心寧……別空間に居た存在は何が起きたか知っているから、気にするなよ」

「世界が変わっても、二人は変わってないんだな?」


 灯もそれを危惧していたのか、清が息をこぼすのと同じく、胸を撫で下ろしていた。

 願いを叶えたマヤは『関係者たる少数を除き』と言っていたが、どこまでを含んでいるのか分からなかったのもあり、正直なところ清は怖かったのだ。


 別空間は影響を受けない的な事を常和が言っているので、この気持ちは取り越し苦労だったのだろう。


 二人からニヤつく視線が飛んできているのもあり、清はむず痒くなって指で頬を掻いた。


 ふと気づけば、常和は真剣な表情をし、こちらを見てきている。


「……お二人さん、かつてはあった魔法世界や現実世界に、悔いはないのか?」

「常和、俺は悔いのない選択をしたからないな」


 笑みで言えば、常和は安心したように柔らかな表情を浮かべていた。


「……私、お母さんに別れの挨拶を言ってない」


 そっと冷えた灯の声に、清は思わず息を呑み込んだ。

 自分が現実世界に残したものが無いとしても、灯にはあったのだ。灯には、灯を育ててくれた家族が居たのだから。


 願いを叶える前、灯が震えた声で言っていたのは、きっとこの現実を示していたのだろう。

 しっかりと未来で起きる形を見据えていた灯に、清はかける言葉が見当たらなかった。


 灯が地に視線を落とせば、常和と心寧は顔を見合せている。


 ふと気づけば、常和が小さく清に向かって手招きしていた。

 清がそれを不思議に思って近づいた、その時だった。


「灯!」


 彼女の名を呼ぶ声がした方向、転送魔法陣の方を振り向けば、透き通るような金髪のショートヘアーの女性――星名満星(みらい)の姿が目に映った。また隣には、黒いローブに身を隠した人物、ツクヨも立っている。


 灯も呼ぶ声に気づいてか、後ろを振り向いて驚いた様子を見せている。

 清は灯の隣にそっと立ち、優しくその背を後押しした。

 後押しを合図にしてか、灯は透き通る水色の髪を揺らして二人の元へと全力で走っていく。


 そして灯は、満星の元に辿り着けば、母親をぎゅっと抱きしめて、小さな嗚咽を漏らしていた。小さく泣いているであろうに、清の耳にはしっかりとその声は届いている。


 二人の様子を見ていると、ツクヨが灯の横に立ち、視線を合わせるように腰を下げた。

 灯は警戒したのか、泣く声を止め、睨むようにツクヨを見ているようだ。


「どうしてツクヨが?」


 満星が灯の頭を優しく撫でて落ちつかせている中、ツクヨは星のように輝く小さなカケラを何処からともなく取り出した。


(あれは、記憶のカケラ)


 ツクヨは記憶のカケラを出すと同時に、黒いローブを脱ぎ捨て、顔に付けていた目が赤く光った仮面も取り外した。

 そして露わになった、ツクヨ――星名月夜(げつや)の透き通るようなブラウン色の瞳を見てか、灯は分かりやすく驚いた表情をしている。


「……星名君、いや、灯……今まで騙していてすまなかった。これを、記憶のカケラを娘である灯に返す時が来た」

「娘? ツクヨ、何を言って……」


 記憶のカケラが輝き、光の粒となって灯の体に溶けこんだ時、透き通る水色の瞳から頬を伝った星が粒となって流れ落ちる。


 灯は本来の記憶が戻ったことにより、ツクヨが探していた父親である月夜だと思い出したのだろう。

 もう一度涙に濡れた灯は、満星と月夜の間に立ち、二人を抱きしめた。そして「お父さん、お母さん、会いたかった」と声をあげて泣いている。


 灯は小学生の頃に父親と別れてしまったのもあり、もう一度家族として集まれることを望んでいたのだろう。だからこそ、魔法の存在しない世界で過ごすことを、灯は夢として願っていたのかもしれない。


(……家族、か)


 家族の絆をこの目で見ていた清は、気づけば肩を落としていた。

 落ち込んでいるつもりではないが、どこか気持ちは寂しさを感じてしまっているのだろう。

 清が落ち込んでいれば、肩に手を置かれる感覚があった。


 家の方を見ると、後ろから常和と心寧が二人でこちらの肩に手を置いてきている。また、その後ろには真奈と、心寧のお父さんの姿が見えた。


 心寧のお父さんは体格がよく、現当主なのもあり気張ったような風格を持ち、心寧とは正反対の威風堂々とした雰囲気を持つ人だ。

 頑なで怖そうな表情をしているが、一回話したことがある清にとっては優しい人に見えている。


 ふと気づけば、常和は笑ってみせていた。


「清、星名さんのお母さんは本来、魔法世界出身の混血の血筋だからこそ、こっちの世界で生活しないといけなかったんだよ」

「そうそう。内緒にしてたけど、あかりーは混血、うちと同じ血筋だったんだよねー」

「満星ちゃんを見かけないと思っていたけど、まさか現実世界に行ってるなんて驚きね」

「ははは、真奈さん、皆が楽しそうなら良いじゃないですか」


 家族のように話し始める空気に、清は思わずついていけなくなっていた。

 清としては、ある疑問が頭によぎっている。


「……魔法世界に居る純人間は俺だけなのか?」

「それは違うぜ? 魔法世界に残った純人間は、ここに居る心寧のお父さんに月夜さん、清の三人だ」

「願いの影響を受けなかったのか?」

「美咲家の保有する魔法の庭は、魔法の影響を唯一食らわないから、歴史を残すのにはうってつけの場所だよー」

「だからまあ、月夜さんが見送りできなかったのは、この願いを見越して魔法世界に満星さんを誘うためだったってわけだ」

「そうだったんだな」


 疑問が全て繋がるように、納得がいくようだった。

 願いによって影響を受けたのは、現実世界と魔法世界だけだったらしく、ここに居る人達はその二つの世界に居なかったのだ。


 願いの影響を魔法世界本体が受けたのもあって、来る際中の道のりでところどころ破損していたり、建物が消えていたりしたのだろう。


 世界の形、現実と魔法を繋ぐ道が途絶えたことによる、道の途中からのやり直しの代償とでも言うのだろうか。


 常和曰く、世界の復旧にはしばらくかかると見ているらしい。また、帰ってきた混血の人や、存在しなかった生物を含め、壊滅寸前になっている管理者の復興を急ぐ見立てが出来ているそうだ。


 清が状況を把握し終わって息を吐けば、心寧のお父さんがこちらに近づいて、大きな手の平で頭を撫でてくる。


「黒井清君、今までよく頑張った」


 たった一言にも関わらず、清は心が軽くなっていた。

 家族からいつも貰いたいと思っていた言葉を、簡単にもらえたのだから。

 今までの道のりを考えれば、多くの困難や荒波の連発だっただろう。


 ふと気づけば、灯は感動の再会が落ちついたのか、無邪気で幼い子のように月夜と満星と一緒に手を繋いでこちらに近づいてきていた。

 近づいてきた灯は、月夜と満星から手を離し、こちらの手を優しく包み込むように両手で握ってくる。

 そして透き通る水色の瞳を輝かせ、美しい花を愛おしい表情に咲かせた。


「清くん、ありがとう」

「こらこら、灯、ちゃんと言葉にしなきゃ駄目よ?」

「満星さん、清君と灯は付き合っているんだから、多めに見てあげてもいいだろう?」

「月夜さんたら、灯に直接会えたからって甘くなっちゃって」

「もう、二人でイチャつかないでよ……」

「灯、すまないね。清君、灯の親として、私からも礼を言わせてもらうよ。灯の面倒をみてくれて、私たち家族を再会させてくれて、本当にありがとう」


 上手く言葉が出なかった。

 星名一家が再会できたのは自分の力ではなく、月夜や満星、そして灯が、家族としての再会を望んでいたからこそ叶ったものだと清は思っているのだから。


 たとえ、自分が違う願いを叶えたとしても、この家族は道をたがえることなく再会していただろう。


 見てくる月夜に、清は静かにうなずくしかなかった。


 清が悩んだ様子を見せる間もなく、後ろから心寧のお父さんの声がする。


「黒井清君、私が居ない間、娘と常和と仲良くしてくれてありがとう。今後ともよろしくお願いしたいものですな」

「いえ、こちらこそよろしくお願いしたいものです」

「心寧のお父さん、相変わらず形と声が一致しないんだよなー」

「とっきー? お父様の侮辱は許さないよー?」

「今のは侮辱じゃないだろ!?」


 常和はいつもより気を抜いていたのか、迷わぬ踏み抜いた地雷に反応した心寧に、慌てて弁明している。

 心寧のお父さんが心寧を宥め、常和が心寧に謝るのは、家族だからこその幸せの空間というものだろうか。


 他愛もないことで揉めてみたり、それぞれが個性ある行動でもまとまっていられたりするのは、見えない絆が存在しているのだろう。


 清は、二つの家族がそれぞれの会話を家の前でしている中、一人静かに庭の中央へと歩を進めた。


(……俺は、家族の何を知っているんだ)


 思ってはいけないと、心の中では理解しているが、どうしても脳裏によぎってしまう。

 家族とは縁を切り、自分だけが知る家族が居た世界に取り残されているようで、寂しさを覚えそうだ。


 薄暗い雲が光輝こうとした時、頭に手を置かれる感覚があった。

 ふと後ろを振り向けば、真奈が立っており、花よりも柔らかな表情を咲かせている。


「まこちゃんが居てくれるから、こうしてみんなは笑顔なんだよ」

「……自分には、家族が居ないから分からないです」

「はあ、まこちゃん、何暗い顔してくよくよしてんだい!」


 そう言って背を思いっきり叩いてくる真奈に、清は前のめりで倒れそうになった。

 下からふわりと吹いた風によって倒れずに済んだが、いきなり叩かれるとは思わないだろう。


 真奈を見れば、いつにもなく真剣な表情をしていた。


「血の繋がっていることだけが、まこちゃんにとっては家族なのかい?」

「……え?」

「気持ちは知っているはずだよ、傍に居て支えてくれる『仲間という名の家族』が居る事を」


 真奈は清に教えを説き、家の方へと下がっていった。

 真奈が下がれば、灯と常和、心寧がこちらへと近寄ってくる。

 そして灯は清の手を取り、小さな微笑みを宿して見せた。

 常和と心寧は、ニヤつきつつも、清の肩にそれぞれで手を置いてくる。


「そっか、俺には家族が居たんだよな」

「そうですよ、清くん。私たちは仲間であり、競い合う中であり、家族なのですから」

「うんうん! うちら四人の絆は家族よりも深いんだよ!」

「清、俺からすれば、家族っていうのは言葉の固定概念、呪縛にすぎないぜ? 形はどうあれ、俺らは世界の垣根を超えた家族だろ?」

「灯、常和、心寧、ありがとう。俺は、皆の家族で居られてよかった」


 清は笑みを宿し、気づけば朝露(あさつゆ)のような星を地に落としていた。


 本当に叶えたかったのは、魔法を望まないことでは無く、家族と手を取り合って生きる事だったのかもしれない。


 灯が指で優しく清の目じりをなぞってきたのもあり、清は恥ずかしくなって背に浮かぶ日へと体を向けた。


 取り戻した平和、生きる日々の日常に流れゆく空を見上げれば、霧がかかった空は夜明けを迎え、まばゆい程に輝く金色の太陽を昇らせていた。


(……後は、俺の覚悟だけだ)


 清が日に腕を伸ばせば、灯、常和と心寧も同じく、日に向かって腕を伸ばすのだった。

 記憶を忘れていた頃に、灯との出会いから始まった物語は、一つの終わりを迎え始めているのだろう。――終わりの始まりではなく、始まりの終わりを。

本日の夜、二十一時過ぎ。『君と過ごせる魔法のような日常』は最終話、完結を向かえます。

清くんと灯、二人の最後の歩み寄りを、ぜひ温かく見届けていただけると幸いです。

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