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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百四十五:歩く後ろは道となりて

 時は流れて、十二月三十日。黒井紡との魔法勝負まで、残り一日を切っていた。


 オレンジ色の夕日が差し込む下、清は灯と手を繋ぎ、袋を携えて魔法の庭の校舎へと向かっている。


 転送魔法陣が校舎直通になっていないのもあり、こうして灯と手を繋げる小さな安らぎの時間がある事は、心に穏やかな水を注いでいるようだ。


「そう言えば、灯が一緒に買い出しでよかったのか?」

「準備はほとんど終わっていますし、今はお蕎麦を寝かせている最中ですからね」


 笑みで言い切る灯に、清はワクワクが止まらなかった。

 現在、清と灯は、常和と心寧に誘われて、三十日に年越し蕎麦を四人で食べようとしているのだ。


 魔法の極め方を話したあの日、清は常和から、年越しは慌ただしくなるという予想で、年越しを迎える蕎麦を魔法の庭で集まってやらないかとお誘いを受けていたのだ。


 お誘いを断る理由もないため、灯にも話を通したうえで、準備で足りない買い出しを終えて戻っている。


 夕日も相まってか、校舎に向かう背を優しく押してきているようだ。


 数分ほど歩いていけば、校庭で準備をしていた二人の姿が目に映る。


「あー! 二人共おかえり!」

「心寧さん、ただいまです」

「お二人さん、買い出しお疲れ」

「どこに置いておけばいい?」


 灯と心寧に指示された位置に袋を置き、料理の続きを始めるため、清はエプロンを装着する。


 エプロンに着られている感はあるが、灯が褒めてくれたので、様になるような姿は目指したいものだろう。

 準備を終えた後、四人で天ぷらを作ることになったため、清と常和は天ぷら粉に野菜やエビをくぐらせている。


「なあなあ、清……これさ、混ぜてみようぜ」

「おっ、いいなそれ」

「清くん、料理中にふざけていると怪我しますよ」

「とっきー、まことーを誘惑しないのー」


 灯は見ていたようで、近づいてくるなり、清の手をボウルから離させてお説教モードに入っている。

 ふざけようとしたのは事実なので、清は灯からのお叱りを真に受けることにした。


 また常和はというと、心寧が面白半分で説教しているのか、宙に浮く水袋で水責めの刑を受けているようだ。

 その光景を横目で見て灯でよかったと安心したのがばれたのか、灯は頬をぷくりと膨らませている。


(……常和と心寧、灯と会えてよかったな)


 金色の光が差し込む校庭で、四人の笑いは絶えることなく響き渡っていた。



 日が沈めば、月は空に浮かび上がり、夜の訪れを教えてきている。


 月の光が校庭に差し込む中、一本の松明に火を灯し、クロスを引いたテーブルを四人で囲って椅子に座っていた。

 テーブルの上には、四人分の蕎麦と、こんがりと焼き色のついた天ぷらがお皿に並べられている。


 世界の命ある自然に感謝の言葉を口にし、四人は箸を進める。


 蕎麦を箸ですくえば、月の明かりを反射する光沢のある艶やかさに、だし香る汁の匂いが食欲をそそってきていた。

 一口食べると、四人で作ったのもあってか、普段食べている蕎麦とはまた、一味も二味も違うような風味を感じさせてきている。


「灯、心寧、この蕎麦美味しいよ。作ってくれてありがとう」

「まさか、星名さんが加わるだけでここまで美味しいとは、感動深いぜ」

「清くんと古村さんが悪ふざけでくっつけた天ぷらも悪くないですね。美味しいです」

「ちょっと!? とっきー、さっきの発言はどういう意味!」


 常和はむっと心寧に睨みつけられているため、綺麗に爆弾を踏み抜いたのだろう。

 口は災いのもと、というが、常和は懲りないのだろうか。


 二人のやり取りに笑っていれば、常和がそっと、何処からともなく手紙を一枚テーブルの上に置き、清と灯の間に差し出した。


「常和、これは?」

「清の弟からの手紙だ。内容はツクヨ先生が目を通したけど、明日の時間指定らしいぜ」

「ありがとう」


 今の空間で手紙を読むつもりはないため、清はポケットの中に手紙を忍ばせておく。


 年を越そうにも、清自身はやり残したことがあるため、未だに越せるとは思っていない。それでも、この四人で居るからこそ、安心して今を楽しめるのだ。

 人との繋がりを生みだすのが言葉であれば、笑顔を咲かすのは紛れもなく人との繋がりだろう。


 灯からは、読まないのですか、と言いたげな視線が飛んできているので、後で個別に渡すか一緒に読むつもりでいる。


 柔らかな風が吹き、松明の火を揺らし、地面に照らしゆく影をちらつかせた。


「なあ、お二人さん、明日は弟と勝負に行くわけだが……志を聞いてもいいか?」

「ひょれ、うちも気になってた!」


 蕎麦を食べながら便乗する心寧に、清は灯と顔を見合せ、静かにうなずいた。


「俺は、紡と本気で話をつけるつもりだ。俺が起こしたことだから、自分で責任を取りたいからな」

「私は……清くんを近くで支えて、一緒に帰ってきます」


 言い切れば、常和と心寧から拍手が送られてきていた。


 鳴り響く手の音は、自然の音も相まってか、気持ちを優しく包み込んでくるようだ。

 遠くから聞こえる祭囃子のように、近くで騒ぐ無邪気な子どものように、過ぎ去る季節の時間を伝えてくるように。


 清は天ぷらを箸で取り、パリッと音を立てて頬張る。


「そういや、常和と心寧はどうなんだ?」


 こちらが話したからというよりも、常和と心寧は自分たちの事を話そうとしないため、志くらいは気になったのだ。


 二人には二人のやるべきことがある、というのも理解しているし、口外しづらい様な行動にもなっているだろう。


「俺と心寧は、管理者の立て直しをしつつ、やる事を終わらせてお二人さんを待つ気でいるな」

「……うちは、二人の行く先を見守る気でいるよ」

「心寧、ありがとう」

「心寧さん、もしかして、何か無理をしています?」


 心寧の言い淀みが気になったのか、不思議そうに尋ねている灯は、清からすればどこか距離感があるように見えた。

 心寧は誤魔化すように首を振って、蕎麦を美味しそうな笑みを宿して食べている。

 常和と心寧が何を考えているのか分からない以上、これより先は首を突っ込まない方が得策だろう。


 二人の今まで様子からしても、全てが終わればいずれは話してくれると信頼できるのだから。


「四人で正月を迎えたかったけど、ドタバタして無理そうだよな」

「全てが落ちついたら、四人で楽しめばいいだろ」

「それもそうだな。魔法世界と現実世界の行きつく先が俺は楽しみだぜ」


 常和が笑顔で言うのもあり、清も釣られるように笑みを咲かせた。


 その時、心寧は何かを感じたのか、椅子から立ち上がり、森の方に鋭い視線を向けていた。


 松明以外の周りが暗い中、月明かりが闇夜を照らすように差し込めば、こちらへ近づいてきているフードを深く被った人物を照らしている。


 黒いローブに身を包み、目が赤く光る仮面に素性を隠した人物――ツクヨだ。

 ツクヨも四人の姿を認識したのか、そっと片手を上にあげる。


『こんばんは。驚かせてすまないね』

「ツクヨさん、こんばんは」

「ツクヨ先生、よく俺たちが居るって分かったな? 心寧、警戒しな――」


 常和が心寧に呼びかけようとした時、心寧は既に席を離れていた。

 そして松明の明かりが照らす中、隣に用意してあった別のテーブルの方に向かい、心寧はお蕎麦と天ぷらをお盆に美しく盛っているようだ。


 用意し終われば、心寧はお盆を持って、ツクヨの前へと向かった。

 心寧から無言で、お蕎麦と天ぷらが載ったお盆を差し出されたのもあってか、流石にツクヨも驚いた様子を見せている。


「……これでもツキは、お父様に代わってうちらを陰ながら見守ってくれていたから……たまには、家族のように食べようよ。この、ウソツキ」

『……今日だけは、美咲君のご厚意に甘えるとしようかね』


 ツクヨが感謝して受け取ったのを見て、清は気づけば拍手をしていた。

 今までの様子を見ていたのもあり、遠かったツクヨと心寧の距離が近くなったのを思えば、今後が楽しみだろう。


 ツクヨは心寧から受け取った後、後ろを向いて音を立て、体の振動から見ても美味しそうに食べていた。


 椅子を一つ増やしてから、ツクヨを含めて五人は食事の続きを始めた。


「ツクヨさん、食べるの早いですね?」

『君たちの前で仮面を外すわけにもいかないからね』

「別に、今は管理者の監視もないわけだし、楽にしてもいいと思うんだけどなー」

『古村君、私は徹底しているだけだよ。君たちの安全を保障するためにもね』


 ツクヨは灯に素性を隠しているのと、他の考えを含めても、四人と一緒に居るのは気まずさがあるのだろうか。


 ふと気づけば、清の隣に座った灯は、ちゃっかりと清の蕎麦の上に天ぷらを置きつつ、ツクヨの方を見ている。


「ツクヨ、何をしに来たの?」


 灯はツクヨに警戒する姿勢を見せているが、以前よりは落ちついているのだろう。

 ツクヨは悩んだ様子を見せ、そっと影を揺らした。月明かりの差し込みもあってか、緩やかな雰囲気に真剣さを灯しているようだ。


『私情になるがね、黒井君と星名君の見送りを出来ない事を伝えに来ただけだよ』


 ツクヨの言葉に、清は灯と顔を見合せた。


「ツクヨ、私と清くんの事は心配しなくても大丈夫だから」

「ツクヨさん、俺たちの事は気にしないで、ツクヨさんのやるべきことをやってください」

『……黒井君に、星名君。その言葉をもらう日が来るとはね……』


 ツクヨは成長を感じているのか、震える手で仮面を抑えていた。


 見ていた常和と心寧からは「ツキ、泣いているの」や「ツクヨ先生も泣くんだな」と茶化しが飛んできている。


 ツクヨがどうして見送りを出来ないのか分からないが、悪い事に手を染めるというのは無いだろう。


 吹いた風は、木々や草花を揺らし、弾ける音を立てて燃え続ける松明の火を揺らしている。


「ツクヨ先生、言葉をもらってもいいですか?」

「俺は常和に賛成だ」

「うちもー!」

「私もです」


 ツクヨは四人の期待に応えてか、その場で立ち上がり、しっかりと四人を見ている。

 清と灯、常和と心寧も雰囲気に合わせ、持っていた箸をテーブルに置き、ツクヨに視線を向けた。


 姿勢を正せば、ツクヨが仮面の位置を直し、胸の近くで腕を交差させている。


『未来へ向かう少年少女たちよ、共に競い合い、共に泣いて笑い合った仲間であり、家族だと忘れることなかれ……歩きゆく後ろを道にし、今を進め若者よ』


 言葉を合図に、清と灯、常和と心寧は握り拳をつくり、テーブルの中央に突き出した。

 交差するその拳は、絶対に切れない鎖のように、繋がる星の線のように輝くのだった。

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