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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百四十三:君だけの温かいが好きだから

「美味しい」

「ふふ、今日はいつもより腕によりをかけましたからね」


 サイコロ遊びを終えた後、灯の作ってくれた夜ご飯を心の底から堪能していた。

 綺麗な光沢が見えるような黄色オムライスの上に、ビーフシチューを緩やかに流れる滝のようにかけた料理……人呼んで、ビーフシチューオムライス。


 オムライスを食べようとスプーンで切り込みを入れれば、開けたところにビーフシチューが流れ込み、チキンライスと混ざりあい、また美味な香りを漂わせてくるのだ。

 三種の神器とも言えるオムライスを掬いあげれば、スプーンの上で手を取るように三種の色を輝かせ、更なる食欲を誘ってきていた。


 口に含むと、ふんわりと香る卵の匂いと甘さは、味の濃さを活かしたビーフシチューを調和させている。そして、薄味で作られたチキンライスの食感と味わいをしっかりと残し、一つも欠けてはならないと主張しているようだ。


 口の中で広げられし幸せの世界の輪に、清は思わず満面の笑みを咲かせていた。


 他にも、味のしみ込んだチキンや、雪だるまやサンタクロース風に盛り付けされたポテトサラダなどがテーブルには並んでいる。


 清が笑みで食べている姿を、灯は嬉しそうにほんのりと表情を和らげて見ていた。


 灯の作ってくれた料理を残さず食べ切れば、灯は驚いた様子を見せている。


「よく全部食べられましたね」

「灯が作ってくれたからだな。灯、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう」

「べ、別に、清くんのためを思って作っているだけですから、これくらい当然ですよ」

「嬉しい事をさらっと言ってくれるんだな」

「清くんにだけ、ですからね」


 灯に「分かっている」と言って頭を撫でれば、嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 洗い物を終えてから、お互いソファに座っていた。


(どうやって切り出すか)


 先ほど遊んでいる最中に渡す予定だったのだが、灯の思わぬ告白もあり、渡す瞬間を見失って清は心底困っていた。


 切り出したい話を切り出そうにも、いざ言おうとすれば恥ずかしさが込み上げてくるのだから。


 キッカケをどうしようかと悩んでいれば、目の前のテーブルに小さな音が鳴り響いた。


 ふと顔を上げれば、灯はいつの間にか席を離れていたらしく、用意したマグカップを差し出してきている。


 マグカップからは、慣れたココアの甘い香りが優しく包み込むように漂っていた。


「……ココアです、どうぞ……」

「あ、ありがとう」


 灯は何故かもじもじしており、恥ずかしそうに清の隣に腰をふわりとかけた。


 お互いにどこか漂わせる雰囲気が違うのもあってか、違和感を覚えそうだ。


 差し出されたマグカップを手に取り、清はゆっくりと口へと運ぶ。

 清の様子を見ていたのか、灯も同じタイミングでマグカップを手に取り、ココアをそっと口に含んでいた。


 テーブルにマグカップを置いた後、妙にむず痒く、居たたまれないような空間で清は落ちつこうにも落ちつけないでいる。


 ふと灯の方を見れば、灯は隣に置いてあったクッションをぎゅっと抱き寄せ、横目からの上目遣いでじっとこちらを見てきていた。また、小さな手はちゃっかりと清の服の袖を握っており、何気ない可愛らしさを隠せないでいる。


 清は灯の仕草に、息を呑み込んだ。


「……灯」


 愛する者の名を呼べば、灯は嬉しそうな反応をしてみせる。

 ただし、反応の仕方が悪かったのか、灯はクッションから手を滑らせていた。


「きゃっ」

「大丈夫、か……」


 灯がバランスを崩してこちらに倒れ掛かってきたため、慌てて受け止めたが、清は思わず頬を赤くした。


 灯が前向きで倒れ込んできたことにより、小さな手は清の肩付近に触れている。そして、灯との顔の近さが迫った事で香る優しい匂いに、桃のような柔らかな感触がぴったりとくっついているのだから。


 見つめ合う透き通る水色の瞳は清の姿を反射しており、心の奥底まで吸い込まれそうだ。


 清が動揺している中、灯は安心したのか、小さく息を漏らしている。

 清的には、安心してもらうのは構わないが、柔らかな感触が当たっているのは居たたまれなくなりそうだった。


 灯は清が顔を赤くしていると気づいてか、はっとした表情をして、すぐさま姿勢を戻して律儀に座ってみせた。


「清くん、その、ご、ごめんなさい」

「き、気にしてないから……それより、怪我とかしてないか?」

「清くんが受け止めてくれたから平気ですよ。……触りますか?」


 灯がそう言って手を差し出してくるため、お互いに顔を合わせて笑みをこぼした。


 気が緩んだのを良いことに、清はソファの隣に魔法で隠しておいた箱を手に取る。


 灯は清の変化に気づいたのか、チラチラとこちらを見てきている。


「灯、これ、やるよ」

「清くん、これは?」


 灯に差し出したのは、赤色のリボンでラッピングされた、ピンク色がメインの箱だ。

 灯が驚いた様子で、こちらの顔色を窺ったり、箱を見たりと視線を動かしているので、清はそっと息を吐き出す。


「……ほら、あれだよ。クリスマスの夜、寝ないで捕まえようと待ち構えている悪い子には現れないって噂の、ひげを蓄えたおじいさんからの贈り物だ」

「……清くん、短い例え方って知っていますか?」

「う、うるさい。……灯が嫌じゃなきゃ、やるよ」

「あ、ありがとうございます」


 灯に箱を手渡せば、灯は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 清からすれば、クリスマスはプレゼントどころか、親からクリスマスの話すら聞いたことがなかったくらいだ。

 過去に親からどんな仕打ちを受けていようと、灯の笑みを見られるのなら安いものだろう。


 気づけば灯から、開けていいですか、と言いたげな視線が飛んできていた。

 清が静かにうなずけば、灯はそっとリボンをほどいていく。

 箱の中にはハンドクリームが入っている。保温性の高さと鬱陶しくない香りに、灯の肌質に合う物を選んだため、日常遣いはしやすいだろう。


 小さなプレゼントではあるが、灯は頬を上げ、そっと自身の方へとハンドクリームを寄せていた。

 清としては、灯の手を綺麗に守るための意味合いであげたのも大きいが、灯が嫌がらなかったのは救いだろう。


「清くん、ハンドクリームありがとうございます。遠慮なく使わせてもらいますね」

「使ってもらうためにあげたから、助かる」


 ふと気づけば、灯はハンドクリームをテーブルに置き、清と同じようにソファの隣をごそごそしていた。


 清が不思議と首を傾げていれば、灯はふわりと振り向く。


「清くん……私もあります」

「えっ」

「目をつむっていてください」


 灯から言われ、清はそっと目を閉じる。

 清が目を閉じたのを合図にしてか、灯はこちらの首元にせかせかと何かを巻いているようだ。


「……清くん、目を開けてもいいですよ」

「……灯、これ」

「ええ、私からのクリスマスプレゼントはマフラーです」


 目を開ければ、紺色のマフラーが首に巻かれていた。

 またこのマフラーは、肌心地や触り心地が良いのは言うまでもなく、肌に優しい触感がふわりと首元を温めてきている。


 清自身、マフラーは自分の肌に合わないため敬遠していた。だが、灯のくれたマフラーは最高に使い心地がいいのだ。

 灯はずれていると気づいてか、小さな手でそっと手直しをしてくる。


「清くん、普段着にも気を使ってくれれば、もっと似合うのに」

「……灯の隣でも似合うように努力するから」

「ふふ、期待していますよ」


 と灯は言って、ゆっくりとソファから立ち上がった。


 灯が何を思ったのか知らないが、リビングを抜けたかと思えば、玄関のドアを開く音がする。

 その時にひんやりした空気が入り込んできたのもあり、外は結構冷えているのだろう。


 灯の部屋着は何かと薄目の生地が多く、今日も例に漏れず温かい服装とは言い難いため、心配に思えてしまう。


 清も灯の後を追うように立ち上がり、マグカップを手に取って残っていたココアを飲み干す。


 玄関に向かう前に、いつでも灯が使えるように用意しておいたブランケットを棚から取り出し、腕にかけて清も玄関を出る。


 庭に出れば、灯は庭の中央に立ち、月明かりの差し込む下で星を眺めている。

 天の川を地に映すかのように輝く透き通る水色の髪は、いつ見ても神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 月の光も相まってか、灯はただ立って星を見ているだけなのに、水晶のような美しさがある。


 清は見惚れるのもほどほどにして、一歩を踏み出して、灯の方へと向かう。


「風邪引くぞ」

「清くんが来てくれたので、寒くないですよ」

「馬鹿。それとこれとは話は別だろ」

「そうかもしれないですね」


 灯が茶化してくるため、清は灯の隣に立ち、持っていたブランケットをふわりと灯の肩にかける。


 灯は寒かったのか、隙間が無いようにぎゅっとブランケットを手繰り寄せていた。


「俺が言うのもあれだけど……星、好きだな」

「見ているだけなら光ですが、どこか気持ちの奥で燃える炎のようで、胸が温かくなるのですよね」


 と言って小さく微笑む灯に、清は思わず目を逸らした。


 こちらを見てくる透き通る水色の瞳は、優しい星の明かりが反射していたのだから。


 灯の隣で星を見上げながら、清は小さな悩みをぽつりと呟いた。


「俺は、灯を温かくできるかな」


 灯は聞こえていたのか、小さく笑みをこぼしていた。


「心配事は清くんらしくないですよ」

「灯、どういう意味だ?」

「……清くんなら――私の傍に居てくれるだけで一番温かいですから」


 笑みを浮かべて言われたのもあり、清は言葉が詰まるようだった。

 否定しているわけではないが、清自身、灯と不釣り合いなのではないか、と思うことが増えたのだから。


 灯が隣から居なくなるという心配はないが、灯の事が誰よりも好きだからこそ、清は更に灯に近づけるように、より良く変わりたいと思ったのだ。


「……灯、俺は、灯の隣で正々堂々立っていたいんだ」

「清くん、前にも聞きましたよ」

「違うくはないけど、違うんだ。灯の隣に立っていても見劣りしないように、服装とかもちゃんとして、灯を守りたいんだ」

「……以前の事、気にしていたのですね。清くん、今まで通り、一緒に考えていきましょう。あなたの事は、私が誰よりも知っていますから」


 小さな手でこちらの手を取り、優しく包み込んでくる灯に、清は思わず息を呑んだ。


 清自身、ちょっとだけ灯に甘えたかったのかもしれない。それでも、上手く言葉に出来なかったから、こうして悩んでいるように打ち明けたのかもしれない。


 清は、自分が思う以上に、灯に対してはズルいのだろう。

 透き通る水色の瞳で反射する自分の姿を見た清は、灯を自分の方へと手繰り寄せる。


「灯、ありがとう。……あのさ」

「清くん、大丈夫そうですね。え、なんでしょうか?」

「……抱いてもいいか」

「清くんなら、いつでも抱いていいですよ」


 清は灯の背に腕を回し、そっと抱き締めた。

 灯はこちらの温かさを感じているのか、体を小さく震わせていたが、安心したように身をゆだねている。


 この時、庭に差し込んだ青白い月明かりは、お互いの距離感を伝えてくる悪戯をしているようだ。

 温かな気持ちで見るなら――自然から送られる、優しいクリスマスプレゼントなのだろう。

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