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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百四十二:君は君のままで、ずっと傍に居てほしい

 クリスマス当日、学校を終えた清は、灯と一緒にソファに座っていた。

 お互いにいつもと変わらない雰囲気であるものの、何処か落ちつかない気持ちが漂っているようだ。


 イブに常和と心寧、灯を含めた四人で遊んだが、灯と二人きりで遊ぶというのはまた違った感覚が込み上げてきている。

 二人しかいない空間だからこそ、灯との距離感を存分に感じられ、心をゆだねてしまうからだろうか。


(……灯、遊ぶのを楽しみにしていたんだな)


 灯は家の中だというのに、珍しく透き通る水色の髪をまとめたポニーテル姿である。そして、使われているヘアゴムが三日月モチーフであるのが、何とも言えないむず痒さを教えてくるようだ。


 気づけば目の前のテーブルに、サイコロが二つと丸い木の茶碗。そして、紙と鉛筆が用意されている。

 灯がにこやかに用意したのを見るあたり、遊びたい気持ちが勝っているのだろう。


 清は灯に気づかれないように鼻で笑い、そっと灯の方を見る。

 灯を見れば、表情には小さくも輝く美しい花が咲いていた。


「じゃあ、遊ぶか」

「そ、そうですね」

「灯、もしかして……緊張しているのか?」

「し、しているはずないでしょ! っ、その、早く遊びたいだけです」

「可愛いな」

「ふん、今は受け取っておきますよ」


 灯の照れ隠しが分かりやすいため、清は思わず笑みをこぼしていた。


 何を言いたいのですか、と言いたげな視線で灯が見てくるため、清はそっと紙の方に視線を逸らしておく。

 雑談もほどほどにし、灯が何個かの枠を紙に描き、零の記載をしてから幕は開けた。


 サイコロ遊び、といっても灯とルールを決めているわけでもなく、ただ振って音を楽しむだけに近い。

 紙に数字を記載するが、確率論を求めない限りは、サイコロの辿ってきた歴史を綴っているだけだ。


「じゃあ、俺から振るな」

「ええ」


 木の茶碗でサイコロを混ぜて振れば、カラカラと鳴り響く。そして、茶碗から優しく放り出せば、一の目が上を向いて止まった。


 灯がそれを見た後に、同じサイコロをころころと転がせば、二の目が上を向いて止まる。

 紙に記載をすれば、合計が三と書かれた。


 ふと気づけば、灯は透き通る水色の瞳でこちらを真剣に見てきている。

 思わぬ空気の違いに、清はそっと息を呑み込んだ。


「灯、どうした?」

「その……クリスマスに似合わない話ですが、聞いてくれますか……」


 しんみりとした様子で言う灯を横目に、清はサイコロを手に取り、茶碗の中に小さな音を立てるように放り込んだ。


「……灯の話なら、俺に何でも聞かせてくれ。それで、何の話だ?」

「私の髪と瞳が、透き通る水色になった時の話です」


 灯の思わぬ告白に、清は持っていた茶碗を落としそうになった。

 固まりそうになる手を抑えながらも、茶碗をそっと回して振り、テーブルの上に茶碗の口を下向きで置いてみせる。


「やりながらでもいいか?」

「適当に聞き流してもらっても構いませんよ」

「聞き流すことはしないさ。過去を話す気になった灯の気持ちを無下にしたくないし、遊びもしっかりと楽しみたいからな」


 茶碗を持ち上げれば、サイコロは五の目を上に向けている。

 清的には、灯が過去を話すのは打ち明けられていると思えば嬉しいものだが、辛い一面も込み上げてしまうだろう。だからこそ、少しくらいは和らげた空間にしたかったのだ。


 灯は清の意思を汲み取ってか、サイコロを一つ増やして二つにし、円を描くように茶碗を手で回している。


「……話は、そうですね……ツクヨとの接触前、つまりは清くんが魔法世界に行った後の話からしましょうかね」

「うん」


 清がそっとうなずけば、灯は茶碗を被せるようにテーブルへとひっくり返す。

 サイコロは二つ合わせて、合計が七を選出していた。


「私は、清くんが魔法世界に行った後、清くんの行き場所をずっと探していました」

「……ああ、だから記憶のカケラを一つ持っていたのか」

「ええ。ある日の事、私は清くんを現実世界で見た、という噂を同級生から聞いてその場所に向かいましたよ」


 清がサイコロを手繰り寄せている中、灯の声は氷よりも透き通るくらい、何処か淡白だった。それでも、気にしない様子を見せない灯は、既に覚悟が出来ているのだろうか。


 清は灯を心配しつつも、そっと茶碗でサイコロを回して音を鳴らす。


「……まあ、嘘でも信じた結果、私は騙されて笑い者にされたのですけどね」

「騙されたって……」

「私はどこか吹っ切れていたみたいで、気づけば学校全体を魔法で凍り付かせていましたよ」


 驚きのあまり、言葉が上手く出なかった。

 気づけば、動かしていた茶碗を回す手は止まり、音を奏でていない。


「その時に限界負荷(オーバーフロー)になりつつあった、と気づくべきだったのでしょうね」


 まるで後の祭り、と言わんばかりに笑い話のように語る灯は、薄っすらと天井を見上げている。

 透き通る水色の瞳からこぼれる星は無く、ただ天井を見つめるように。


 言葉をかけてあげられない清は、驚きや感情を押し殺すように、そっとサイコロを転がす。

 合計で六が出たのもあり、どこか気まずさを覚えそうだ。


 清が落ち込んでいれば、灯は「気にしないでくださいね」と言って茶碗を清の手から取り、灯の手番へと移る。

 サイコロ遊びが無ければ、間違いなく重い雰囲気がクリスマスを悪に染め上げていただろう。


 白いひげが黒いひげを蓄えたおじさんにならないだけ、この空間での話はまだマシと言えるだろう。また、今までこれ以上に重い会話をしていたのもあり、ある程度は感覚がずれているのかもしれない。


 話を聞いて、受け止めて、共感するしか出来ない自分は、過去の灯の未来を変えてしまったのだろう。


「でまあ、魔法で事件を起こしたのもあって、ツクヨが一人で家にやってきたのですよ」

「俺の時とは違うんだな」

「清くんとは規模が違いますからね」


 灯は呆れたように言って、そっとサイコロを振るってみせる。

 合計で十一が出た後、灯は話を続けた。


「それで色々とあって、ツクヨが用意した刺客と、条件を付けて魔法勝負をすることになったのです」

「灯、条件ってなんだ?」

「以前話した、世界を行き来する契約と、清くんの安全を保障する契約ですよ。ツクヨからは、魔法世界に来い、という一点張りでしたからね」


 ツクヨが灯のお父さんであることを踏まえれば、灯に危害を加えないように自ら出向いたのだろう。

 清はサイコロを回収し、茶碗に入れた。

 灯の過去は、ここまではほとんど聞いていたような情報だ。だが、詳しく話されていなかったのもあり、灯も大変だったと窺える。


 むしろ、記憶を忘れて過ごしていた自分の方が楽だったのではないかと思えてしまう程だ。


 灯は学校の話をする方が辛かったのか、ツクヨに入ってからは慈悲が無い様で、声にちょっとした明るさが戻っている。


「……魔法勝負は、風を纏った水を使う少女との勝負でした。多分、年は同年代の子だとは思いましたね」

(風を纏う、水を使う少女……常和の魔法をかけた心寧じゃないのか?)


 清が不思議と首をかしげれば、話を理解していないのですか、と言いたげな視線で灯は見てきている。


 清からすれば、心寧であると断言できるため、気づかない灯を不思議に思えてしまうのだ。

 灯は気にした様子を見せていないというよりも、違和感が無いのだろうか。


「魔法空間で魔法勝負が始まって、私は無制限合成魔法の単発式しか使えなかったのもあって、隙が多く負けかけていました」

「……その子は、強かったのか?」

「ええ、いくら魔法を打とうと、手数の多い少女に、私は手も足も出ず、膝から崩れ落ちるくらいでしたからね」


 サイコロを振るえば、合計で四が姿を見せる。

 灯にそれほど言わせる相手は、同じ年であっても、生きてきた世界が違うからこそ、灯の魔法に適応できたのだろうか。


 清としては、その少女が心寧であると確信している以上、後ほど彼女を問い詰める気でいる。

 気づけば、灯はサイコロをそっと拾い集め、小さな手で握っていた。


「負けてもいい、と思っていましたけど……守りたい人が居るから、私は立ち上がって、無制限合成魔法の最大手数と言える複合式にまで目覚めたのですよ」

「……なんで俺を見て言ってくるんだよ」

「ふふ、なぜでしょうね」


 灯は続けて「それが限界負荷(オーバーフロー)の合図となった」と述べた。

 先ほどの笑いとは打って変わって、どこかひんやりとした重い空気は、場を支配しているようだ。


「その魔法勝負で、無制限合成魔法――零式を使うまでに成長を遂げましたが……元あった金髪の髪は水色に染まり、ブラウン色の瞳は透き通るような水色から戻らなくなっていました」

「……灯」


 清は、言葉が出なかった。

 この魔法勝負を避ける方法はあった。だが、灯が契約を持ちかけたからこそ、素直に魔法世界に行くことがなかったからこそ、起きてしまった限界負荷(オーバーフロー)の真実と言える。

 清自身が事件を起こしていなければ、灯は今頃、元の髪と瞳の色で世界を生きていただろう。


 気づけば、灯の手から転げ落ちたサイコロは八を叩き出していた。


「勝負には苦戦を強いられた上で勝ちました。ですが、代償として自分の元ある姿を失ったのですよ、ダサいですよね。こんなの――ま、まことくん!?」


 自然と体は動きだし、清は灯を力の限り抱きしめていた。

 灯の背に回した腕は熱く、凍った灯の心を今すぐにでも溶かしたいと言っているようだ。


「ダサい筈がないだろ。……灯、何で早く話さなかったんだよ」

「いずれ話すと思っていたので……」

「馬鹿」


 口から飛び出た汚い言葉遣いは、灯を蔑むのではなく、自分への戒めだ。

 過去を憎んでも、今を恨んでも、過去が変わることなど無いのだから。


 灯の溜めこんでいた気持ちに気づけなかった、自分への罪だ。

 清は喉が熱くなるほど息を吸い込み、心からの言葉を吐き出した。


「灯、ずっと守ってくれて、ありがとう」


 灯はその言葉にピクリと震え、小さな手でぎゅっと服を握ってくる。


「俺は過去も未来も、今の灯が大好きだ。……だから、ずっと傍に居て、もう……どこにもいかないでくれ」


 灯は清の嘆く言葉を受け止めてか、そっと優しく抱きしめ返してきていた。

 水面すらも揺らさぬ柔らかさに、冷えた空気よりも温かい感覚は、彼女にしか湧かない大切な感情だ。

 灯は清を胸元に抱き寄せ、そっと頭を撫でてきていた。


「清くん、私は何処にもいかないですし、清くんの傍にずっと居ますよ。これから先もずっと、大好きですから」

「灯……」

「ふふ、泣いておきますか?」

「……灯の方が泣いておくか?」

「涙は、大切な日の為に取っておきます」

「大切な日? ……俺は、泣かないって決めたから」

「ほんと、鈍感ですね」


 上を見上げれば、灯が微笑んでいたのもあり、清は頬を赤くした。

 姿勢を戻そうと抱きしめていた腕を離せば、その拍子にテーブルに腕が当たり、サイコロは床に転げ落ちていく。


 床に落ちたサイコロは、両方が三の目を上に向けている。

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