二百四十一:お互いに時間をあげたい相手
その日の夜、料理の仕込みをしている灯の隣に立ち、清は料理の手伝いをしていた。
灯に料理を振舞ったのもあり、長い年月を経て手伝いをしっかりとさせてもらえるまで成長したのだ。
今日の夜ご飯は作り終わっているらしいが、もう一品くらいは手の込んだものを作りたいらしく、合流したのを機に手伝いに回っている。
「そういや灯、クリスマス予定はあるのか?」
唐突に話題を振ったのもあり、灯はピクリと肩を震わせてから、鍋を混ぜる手は止めずに、首を傾げて頬に指をあてている。
灯は考えがまとまったのか、透き通る水色の瞳でふわりとこちらを見てきていた。
「うーん……予定という予定はないですね。そういう清くんはどうなのですか?」
「俺も予定はないな」
「まあ、冬休み前とはいえ学校がありますし、家でまったりしたいと思っていますよ」
灯はそう言って視線を外し、鍋の方に視線を戻していた。
以前のクリスマスに関しては、丁度ペア試験が重なっていたのもあって話題にすらならなかったので、灯と予定を話せるのは感謝すべきなのだろう。
日頃近くて当たり前だと思っていても、気持ちを伝えなければいざこざが生まれ、遠縁になってしまう可能性もあるのだから。
失ってから気づくなら、失う前に出来る行動はすべきだと清は徹底している方だ。
失う事は簡単だが、積み重ねるのは涙するよりも大変なのだから。
清は灯の意見を尊重し、特に言葉を交わすことなく、切り終えた野菜を灯の方に寄せた。
灯は綺麗に分けられているのが嬉しく思えたのか、小さな笑みを一つこぼしてから、鍋に野菜を放り込んでいる。
ぽつぽつと野菜が水に入って弾ける音は、料理でしか味わえない特別な音色を教えてくるようだ。
気づけば笑みが溢れる幸せな空間に、気持ちは落ちついているのだろう。
「……えっ」
自分の手伝えることが終わり、キッチンから離れようとした時だった。
服の袖が引っ張られたような感覚があって、その方向を向けば、灯が恥ずかしそうに上目づかいで見てきていた。
灯は小さな手で引っ張っていたのに気づいたのか、ハッとなって手を離している。
「灯、どうした?」
「その、えっと……先ほどの話の続きなのですが……クリスマスの日、清くんと一緒に遊びたいです」
「えっと、遊ぶって何をする気だ?」
「あ、それは……」
灯はそこまで考えていなかったらしく、鍋の蓋を静かに閉じ、悩んだ様子を見せている。
清も灯と遊びたい気持ちはあるため、天井を見るようにして悩んだ。
灯と一緒に過ごしているが、遊び関連をして過ごすというよりも、普段はお互いに他愛もない話をして、ゆっくりとお茶を嗜んでいるくらいなのだから。
何気ない話であっても、灯と話せたという思い出は、何にも代えられない大切で幸せな思い出となっている。
(クリスマスで遊ぶか……前はケーキを食べたくらいだよな)
記憶が全て戻っていなかった時は、灯にプレゼントを渡し、灯からケーキを食べさせてもらう、という出来事を遊びと捉えるべきなのだろうか。
今思えば懐かしい記憶ではあるが、一年前であるのが恐ろしいものだ。
ふと気づけば、灯がじっとこちらを見てきていた。
「灯、俺の顔に何かついていたか?」
「なんでそうなるのですか。……清くん、あれをやりませんか?」
リビングの棚の上で何気に飾られていた小さなケースを灯は指さしていた。
清自身、小さなケースを置いた記憶が無いため、灯がいつの間にか置いていたのだろう。
灯の指さす方に向かい小さなケースを取って戻ってくれば、灯は鍋の中身を再度かき混ぜていた。
持ってきた小さなケースは手の平サイズになっており、蓋とケースで分かれている形になっている。
そっと揺らせば、中からはカラカラと音が鳴り、いくつか物が入っているようだ。
「開けてもいいか?」
「構いませんよ」
灯が横目で見つつ、小さく微笑みながら言ってくるため、清は不思議と首をかしげた。
灯の事を気にするのも程々にしつつ蓋を開けると、清はその輝きに目を奪われそうだった。
開かれたケースの中には、六面体のサイコロが入っており、様々な色や光沢がある種類まで入っている。
一から六までの丸いくぼみが付いているサイコロは、過去の懐かしさを伝えてきているようだ。
ふと灯の方を見れば、灯は小悪魔のような笑みを宿している。
灯からすると、こちらの反応は想定の範囲内だったのだろう。
「清くん、たまにはサイコロを振って、音を楽しんで、ゆっくりと話す機会にしませんか?」
灯からの要求に、清は自然と小さくうなずいていた。
サイコロを振る、という動作には運が全て、人によっては計画的に狙った目を出すだろう。だが、灯との間にあるサイコロ遊びを考えれば、運すらもおまけのようなものだ。
クリスマスに遊ぶことが決まり、清が期待に胸を高鳴らせていると、灯が小皿を差し出してきていた。
小皿には、とろけた野菜に白い汁が輝いている。
「シチューを作っていましたので、味見をしていただけますか?」
清はそっとうなずき、灯から小皿を受け取った。
小皿を口に当ててシチューを口に含めば、まろやかなシチューの甘さに、とろけた野菜から染みこんだ優しい味が体中を駆け巡ってくるようだ。
気づけば、清は小皿か口を離し、驚きから出る笑みが止まらないでいる。
「美味しい」
「ふふ、よかったです」
灯は小さく微笑み、清から小皿を回収し、自分でも味見をしていた。
清的には同じ小皿を使い回さないで欲しかったが、灯が気にしていないのなら大丈夫だろう。
恥ずかしさを覚えつつ、清は静かに口を開く。
「そのさ、クリスマスのサイコロ遊びは……過去にやっていた遊びでいいか?」
「清くん、私は最初からそのつもりですよ」
多分だが、灯の手のひらの上で踊らされていたのだろう。
清の為と、灯自身のやりたいことを提案してくれた以上、今年のクリスマスはあの夜を超えるほどの思い出にしたいものだ。
清が気恥ずかしくなって目を外していれば、灯は小さく微笑んでいる。
「クリスマス、私たちは私たちらしく、ゆっくり楽しみましょうね」
「……そうだな」
灯は、清がなぜクリスマスの予定を聞いたのか気にしていないのだろう。
清が自分の手を見ていた時、灯は天使のような微笑みをし、頬に赤みを帯びさせていたのだった。




