二百三十六:同じ時で過ごす仲間との日常
十二月に入ってから、多くの時間が過ぎているようだった。
カレンダーをめくってから二週間ほどが過ぎ、今では減る時間すらも清は愛おしいように感じている。
指輪や進路の話がまとまりつつあり、それぞれの行く道が見えている中、今は慣れ親しんだ教室で清は常和と話をしていた。
雑談とはいえ、紡との勝負が迫っていたりもするので、基礎的な体力の積み重ねの話や、常和の心寧に対する恋話がメインとなっている。
「へー、大変そうだな?」
「清、話の内容を理解しているか?」
清は首をかしげるしかなかった。
理解をしていないというよりも、形云々の話をされたところで分かるはずがないだろう。
常和を見上げていれば、横から灯と心寧がこちらに近づいてくるのが見えた。
灯を見ると、どこか不機嫌そうな顔をしている。
「とっきー、まことー、何を話していたの?」
「もちろん、男のロマンだな」
「そうだったんだな? ……灯、なんか不機嫌じゃないか?」
「あー、うちが後ろから触っただけだから気にしなくていいよ?」
心寧と灯から謎の圧を感じたため、清はそっと口を閉じておく。
心寧の話的に、悪ふざけで灯の柔らかさを後ろから堪能したのだろう。
清としては、女性のコンプレックスや体型に関わるような話題は触れたくないのもあり、聞きたくなかったという気持ちが勝っている。
灯が怒っていないあたり、心寧だから許しているのだろうか。もしくは、怒りを通り越して呆れているのだろう。
清ががっつりと目を逸らしていれば、心寧が思い出したように声を上げた。
「ねーねー、今度の休日は時間合う?」
「俺は常和と努力をするつもりだけど?」
「その通り! 清と魔法勝負だな」
「あ、ごめんごめん! あかりーに聞いてたの! 二人は間違いなく魔法の特訓をする熱い男同士だからねー」
心寧が灯の方を見て言っていたので、その時点で察するべきだった。
心寧は、清と常和が何をする気なのかを理解しているようなので、余計に聞く必要が無かったのだろう。
心寧がちゃっかりと「魔法の庭は四人で集合だけどね」と言っているため、強制参加だと理解した清は苦笑した。
苦笑していれば、灯が悩んだ様子を見せている。
「特に予定はないですね。強いて言えば、心寧さんのお手伝いが入っているくらいですよね?」
「そっかー、うっかり忘れてた!」
「星名さん、心寧がすまない」
「じゃあ、休日は魔法の庭に集合でいいのか?」
「そうそう! あ、動きやすい服装は共通だからねー」
動きやすい服装と言われても、灯とのお出かけ以外では年中パーカーかジャージの清からしてみれば問題なかった。
灯から、服装くらいは選びませんか、と言われているので学生以降はほどほどにするつもりだ。
「休日が楽しみだねー!」
心寧が明るく言うため、三人でうなずいた。
内容は明かされていないが、心寧が四人で集まろうとする辺り、全員が参加できることでもするのだろう。
今日も福来るように、教室には冬の日差しが温かく差し込んでいた。
放課後となり、清は常和と共に魔法の庭に来ていた。
魔法世界はひんやり気味であるにも関わらず、魔法の庭は豊かな自然が温かさを伝えるように緑で生き生きとしている。
魔法の庭が心寧と灯の手入れにより、木々や草花の隅々まで活気が届いているのもあってか、以前よりも美しく世界を見せてきているようだ。
「そういや、常和は心寧が何をしようとしているのか知っているのか?」
「さあな。この後にでも聞くつもりだ。……よしと、準備出来たぞ」
滝の音が聞こえる中、常和が話しながらも的を用意してくれたのもあり、清は感謝しかなかった。
ガラス玉のように弾け飛ぶ水しぶきを前に、置かれた木の的は存在感を意識させてくる。
ここに来た理由は、努力の集大成として培ってきた魔力を試すために、魔法を的に向かって打つためだ。
今までやってきた、魔力を自然のままに扱う、魔力を感知する、魔力の形を自在に変化させる、といった全ての要素を一つの魔法とする時だ。
清は目をつむり、考える間もなく腕を前に出す。
魔法の庭であるのもあってか、自然に流れる魔力は息を吸えば纏わりつくように寄り添ってきて、地に立つ意味を伝えてくる。
「……常和、やってもいいか?」
「清、炎の魔法を、星の魔石の力を使って打ってみてくれないか?」
「え、ああ、わかった」
常和がなぜ炎の魔法を要求してきたのか理解できないが、常和には思い当たる節があるからこそ選ばれたのだろう。
清としては、星の魔石の力である『圧縮と膨大』をする力を使って打つ、というのが疑問であるくらいだ。
清自身、魔力の供給以外ではほとんど使わなくなったのもあり、魔法勝負の時に使えるのを忘れているのだから。
(……魔力の感覚が違うな)
改めて息を吸い直し、的に意識を集中させた。
周囲に纏われし魔力は、繊維のように浮かび上がり、散らばりし糸を束ねて腕に新たな命を芽吹きだす。
目の前に展開された魔法陣は、今までよりも洗練されて透き通り、肉眼では認識できない色を鮮明に浮かび上がらせている。
「……魔法陣展開。そして魔力を圧縮と膨大、星の導きと共に穿て――炎の魔法――」
炎の魔法は、魔法陣から手のひらサイズよりも小さい灯火を生み出し、輝く明かりを放っていた。
的に向かう火は弱弱しく、今にでも消えてしまいそうだ。そう思っていた時、目の前に広がる景色は炎に包まれた。
圧縮されていた魔法は、的に当たった瞬間、力強い豪炎と共に眩い火柱を立ち上げたのだ。
炎は渦巻く線を纏い、天にも届くように輝き、今にでも全てを飲み込まんとしている。
清的には、あっても的を燃やすくらいと思っていたのもあり、立ち上がった火柱には驚くしかなかった。
ふと隣を見れば、常和も予想外の火力だったらしく、珍しく驚いた様子を表に出している。
炎が収まった後、清が手を開いて閉じたりしていれば、常和が見てきていた。
「清、あれだけの威力の魔法を打ったわけだけど、魔力はどうだ?」
「自然のままに扱う力と、魔力の形を適応させたのもあってか、以前よりも魔力の消費は無くなっているな」
「清らしい感想だな。それはそうと、本来なら第四の試練もあったんだけど、本人が気づかなきゃならないからなー」
常和が苦笑したように言うため、清は肩をピクリと震わせた。
気づかなきゃ、と言っているあたり、常和は当たり前のように出来ているのだろう。
「常和、絶対に気づいてみせる」
「いやー、今の清には気づけないだろうな」
「……魔法勝負して証明してみるか?」
「――清、お前がいくら魔法を使っても、変わらないぞ?」
空気はひりつくように変わり、空間を支配していく。
お互いに腕を前に出した時、森の中から二つの足音が聞こえてきた。
「おー、やってるねー」
「清くん、古村さんと魔法勝負をするのですか? 応援していますよ」
灯に応援されてむず痒さがあるものの、清は常和と顔を見合せた。
彼女にかっこいいところを見せないとな、と言いたげな視線をしている常和は、ここら辺一体を砂漠にしない程度の力を出すつもりだろう。
自分が成長すれば、常和や心寧も成長しているのを理解しているため、清は静かに息を吸い込む。
葉が地に着く音を立てた時、お互いに魔力シールドを展開し、世界を魔法で彩っていく。




