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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百三十五:微かな手がかりと、君と話す夢の途中

 その日の夜、清はキッチンに立ち、黙々と夜ご飯を作っていた。

 灯はというと、未だに目覚める様子がなかったため、不本意ながらも自室に入らせてもらってベッドで寝かせている。


「うん、良い感じかな」


 作っていたスープを味見すれば、カツオと昆布を合わせた出汁が効いているようだ。

 インスタントばかり食べていた人間ではあるが、灯に料理を教えてもらっているのもあって、今では様になっているだろう。


 灯よりも上手くできているかと聞かれれば、間違いなく否だ。

 灯の料理に腕前が追いつくのは、後にも先にも存在しないのだから。


 火加減を調整しつつ鮭を焼いていれば、二階から下りてくる小さな足音が聞こえた。

 手を止めないようにしつつリビングの出入り口を見れば、灯がぽかんとした様子で立っていた。


 透き通る水色の瞳を丸くしている辺り、清が料理を作っているのが意外だったのだろう。

 また灯は、起きる際に着替えたのか、制服からカーディガンをメインにした私服になっている。


「灯、よく眠れたか?」

「……はい」

「手際が悪くてすまない。あと少しで夜ご飯になるから、灯は椅子に座って待っていてくれ」


 灯にそう言って促せば、灯は頷いてから定位置の椅子にふわりと座った。

 灯に料理姿を見られるのは、清的にはどこかむず痒さがある。

 料理を教わっているとはいえ、張本人に料理を振舞うことになるとは思っていなかったのだから。


 灯が椅子に座ったのを見てから、清が料理の方に目を移そうとした時だった。


「その、清くん、夜ご飯を作れなくてすいま――」

「灯が謝るなよ。いつも灯が作ってくれているんだ、今日くらいは俺を頼ってくれよ。こんな男の手料理でよければな」

「……こんなじゃないですよ、馬鹿。その……ありがとう、ございます」


 清は微笑みを返し、料理の手を進めた。


 数分後、料理の盛り付けを終わらせ、テーブルの上へと並べていく。

 白米に焼き鮭、カツオと昆布の合わせ出汁で作ったかきたまスープに、朝の余りである野菜の煮つけとなっている。


 清的には、かきたまスープに時間をかけたのもあり、一番の傑作と思っている方だ。


「朝ご飯みたいですまないな」

「気にしていませんよ……嬉しいです」


 箸を並べている際に言われた灯の呟きに、清は思わず笑みをこぼした。


 お互い食に感謝をし、箸を進めていく。

 普段であればぱくぱくとがっついている清だが、今日は違った。


 初めて灯にちゃんとした料理を振舞ったのもあってか、手は止まり、灯の方に目をやっている。

 灯は美味しそうな香りが漂うかきたまスープに釣られたのか、お椀を手に取り、ゆっくりと啜っていく。


 お椀が口から離されれば、灯は美味しそうに頬のとろけた笑みを宿している。

 ふと気づけば、灯と目が合い、灯は恥ずかしそうに目を逸らした。


「す、すまない。じろじろ見られるの、嫌だったよな」


 と聞いても、灯はもじもじした様子でうつむいている。

 かきたまスープが口に合わなかったのか、見られていて恥ずかしかったのか、はたまたその両方だろうか。

 灯の今の心情を理解できない清からすれば、不安の気持ちが募るばかりだ。


「……不味かったか?」

「いえ、幸せなほど……美味しいです」


 灯はうつむいていた顔を上げ、小さな微笑みを宿している。それでも、その透き通る水色の瞳の下には、薄っすらと線が引かれていた。


 心が温まったのならよかった、と清は思いながらも「そうか、嬉しいよ」と灯に言葉を返して箸を進める。


 灯がうつむいている際に何を感じたのか、他者である自分が触れる必要は無いだろう。

 話したければ話せばいい、灯とは近くて遠いような、お互いに支え合える関係を保てればいいのだから。


 自分に出来るのは、灯の気持ちに共感して、近くで陰ながら支えるくらいだ。

 心の隅まで照らせるのが光だとすれば、愛は人の気持ちを照らすのかもしれない。


 二人の空間には、食器に当たる箸の音が優しく鳴り響いている。


 食べ進めていれば、灯がこちらをじっと見てきていた。


「清くん、食べながらでもいいので、聞いてくれますか?」

「ああ」


 清は箸を進める手を置き、そっと灯の方を見る。灯からは、別に止めなくても、と言いたげな視線が飛んで来ているが、これはあくまで意思表示に過ぎない。


 灯も清の意思を汲み取ったのか、音を立てずに箸をテーブルに置いた。


「ツクヨから、私が教室で魔法を使った話、聞きましたか?」

「内容までは聞いてないな」


 ツクヨから話を聞こうとしたが、灯の口から話してもらった方がよいという選択肢を取り、清は特に触れなかったのだ。

 話に触れたところで、ツクヨは何かと誤魔化す雰囲気を出していたのだから。


 灯はそっと息を吐き、真剣に見てくる。


「実は……以前、私がお父さんの記憶を忘れている、と話したのは覚えていますか?」

「ああ、現実世界で話したことだよな」

「私がずっと靄がかかるような疑問だったことを、理解、出来たのです」


 話を進ませようとしない灯は、どこか震えたような声で言っていた。

 記憶関連である以上、何かと感情にもひびが入りやすいのもあり、灯のペースでゆっくり話してくれればいいと清は思っている。


 透き通る水色の瞳をうるりとさせて見てくる灯に、清は小さな微笑みを一つ返した。

 話して灯が壊れるくらいなら、灯の意思を大事にしたい、という想いを込めて。


「……記憶の魔法『fragment of memory』を、どうやら私にもかけられていたらしいのです」


 清自身、灯の記憶に魔法が関連しているのは、話している際にほとんど理解していた。しかし、事実かどうかわからない以上、口を出せなかったのも真実だ。

 清がうなずけば、灯はゆっくりと話を続ける。


「その、私の記憶のカケラは、ツクヨが今は持っているようで……私は、どうすればいいのでしょうか」

「灯、今は、ってどういう意味だ?」

「えっと、本来は管理者が持っていたみたいなのですが……ツクヨの手に渡っていたみたいで」

「そういうことか」


 ツクヨの言っていたもう一つの目的とは、灯のお父さんに関する記憶のカケラを、管理者から取り返すことだったのだろう。

 清的には、なぜこのタイミングでツクヨが灯に話しをしたのか、というのが疑問になる。


 ツクヨの行動が灯に取って最善かと言われれば、どちらかと言えば否よりだろう。


 灯はうつむくように、透き通る水色の瞳を揺らして見てきていた。その瞳からは、今にでも星が流れてしまいそうだ。


「私の力では、ツクヨから記憶のカケラを奪い取ることも、勝つことも出来ません。どうしたらいいのかわからないの」

「……灯、お父さんを見つける手がかりが見つかってよかったな」

「……え?」


 この言葉が灯に最善なのか、正直よく分かっていない。

 清からすれば、今の灯が辿っているのは、記憶を失っていた自分の時と同じ道のりに見えたのだ。


 記憶のカケラのありかの答えが無い清の時よりも、灯は一番恵まれているだろう。それは、持ち主であるツクヨが、灯の本当のお父さんなのだから。

 彼女に真実を言っても理解はできない、と清は理解しているからこそ、手がかりとしたのだ。


 月明かりの無い夜道を歩けば迷うが、月明かりのある夜道は行くべき道を優しく照らしてくれるように。


「記憶のカケラはツクヨが持っている、それだけでも十分なんじゃないか?」

「えっと……」

「記憶のカケラは絶対に戻ってくる……灯、俺にその心配な気持ちを預けてくれないか?」


 灯が救ってくれたように、今度は自分の番だ。そんな期待を込めて、清は心からの言葉を口にしていた。

 偽善でも無ければ、ヒーローでもない、灯というたった一人の少女の笑顔を守るための言葉だ。


 灯がそっとうなずいたのを合図に、清は手を自分の胸に当ててみせる。


 気づけば、灯と微笑み合っていた。お互いに手を取り合い、支え合う、そんな関係の優しい世界を生みだすように。


「……灯、俺、夢が見つかったよ」

「え、何ですか?」

「灯を心配させず、魔法があっても人々が笑顔でいられる世界だ」

「ふふ、良い夢ですね」


 大きな夢は、追えば大きな代償が付きものだろう。それでも清は、灯が近くに居てくれれば、叶えられる気がした。

 魔法によって、奪い奪われの人生だが、苦しむ者を救えるのが魔法であるのなら、存分に力を行使していきたいだろう。


 現実世界に未練があるか、と聞かれれば、今の清には少なくとも弟関連以外で無いに等しいのだ。


「……私は。お母さんと同じように、ビジネス関連の事をする気でいますよ。だから、大学に行って、知識をたくさんつけたいな、と」

「灯も良い夢だな」

「清くん、お互いに夢が叶うように頑張りましょうね」

「ああ。灯、頑張ろうな」


 夢を否定するのは簡単でも、夢を叶えようと進む者の道を拒むのは何人たりとも許されざる行為だ。

 本気の意思がある者は、誰よりも輝いた世界の先を持っているのだから。


 話を終えた後、お互いにゆっくりと箸を進めていた。

 普段であれば静かな空間に、話という名の花を咲かせて。


「灯、スープのおかわりするか?」

「食べきれなくなっちゃいますよ?」

「大丈夫だ。残ったら俺が食べるから」

「……間接、キス」


 灯から小さく呟かれた言葉を清は聞き取れなかった。

 灯を不思議と見ていれば、頬を赤らめて照れた様子を見せている。


 清からすれば、灯が頬を赤らめている原因がわからず首をかしげるしかなかった。


「灯、どうかしたか?」


 そう聞けば、灯は誤魔化すように首と手を振っていた。

 気づけば、灯はじっとこちらを見てきている。


「清くん、食べ終わったら、あの、その、いちゃ……」

「……ああ、そういえば、今日は灯に甘えたい気分なんだよなー」


 大根役者さながらの言葉遣いに、言った清自身が笑いをこらえるので精いっぱいだった。

 灯は言いたいことがあっていたのか、顔を輝かせて嬉しそうな笑みを宿している。


「しょ、しょうがない人ですね。食べ終わったら、たくさんよしよししてあげますからね」


 灯がしたいだけだろ、と言いたかったが、清は心の中だけで留めておく。

 灯のわがままな笑みは、何よりも大切な思い出や宝物となるのだから。

 お互いに素でいられる、そんな空間を目指している清からすれば。


 その後、お互いにイチャイチャをしたのはいいものの、度を越えそうになって清が先にキャパオーバーを迎えるのだった。

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