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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百三十四:人の皮を被った獣

 息を切らすことを忘れるくらい、無我夢中で清は町中を駆けていた。


 アスファルトに響く足音が焦りを加速させるように、今か今かと風を切り裂いていく。


(……本当に、どうして)


 清は視界の風景が移り変わる中、起きた出来事を鮮明に思い返していた。



 遡ること――教室から光と共に爆発音が響いた頃。



「え、灯」


 教室からけたたましい光と共に黒い煙が室内を包み込んでいた時、ドアが開いた瞬間、透き通る水色の髪の少女――彼女である灯が、清の目の前を一目散に駆けていったのだ。


 呼び止めようとした時には、灯は廊下から姿を消していた。

 爆発音の発生源が灯の魔法であるため、今の状況が飲み込めない。また、なぜ灯が魔法を使ったのか、それが清には理解出来ていなかった。

 起きた光景に清が驚きを隠せないでいると、黒い煙が溜めこめる教室から、ツクヨが後を追うように出てきたのだ。


 悩んでいた清は、ツクヨと目が合った。


「ツクヨさん――灯に何をしたのですか」

『……以前、君にもう一つの目的がある、と話しただろう? 私は彼女にそれを話しただけだよ』


 淡々と言い切るツクヨに、清は表情一つ変えずに拳を握り締めていた。

 本当の娘である灯の気持ちを、ツクヨが踏みにじった可能性だってあるのだから。


「本当の目的って、何ですか?」

『それを今聞いたところで、君はどうするつもりだい?』

「……どうするって、灯を追うに」


 清は自身の発言に、息を止めた。

 ツクヨが灯に話した情報を聞き出したところで、灯を追う選択肢は覆らないのだから。

 それよりも、灯が横切る瞬間にチラリと見た、今にでも消えてしまいそうな表情に、いち早く寄り添うことをしたいのだ。

 たとえ偽善者だと言われようと、救える者を救わずに手を出せない臆病者であるくらいなら、自分を消してでも清は進むつもりでいる。


「……俺は、灯を追います。ツクヨさん、話はあとで聞かせてもらいますから」

『好きにするといい』


 ツクヨの言葉を最後に、清は教室を後にした。



 そして現在――清は灯の後を追って、今に至る。


 冬の風は冷たい筈なのに、呼吸を忘れるほど熱く、努力をしている時よりも肉体が悲鳴を上げているようだ。

 悲鳴をこらえても走るのは、灯との今の時間が無くなるのを防ぐため、灯を救いたいというエゴに過ぎない。

 灯が一人で居ようとするなら、意地でも手を差し伸べる気でいる。


 今まで灯にされてきたように、今度は清自身が行動で返す番だから。

 自分が辛い時、灯はいつも隣に居て、いつも隣で支えてくれた。だからこそ、恩返しをするためにも、清は走る足を止めずに前に進み続ける。


(探知と感知の両方を町中全域に全開で広げるって、こんなに苦しいのか。いや、灯はもっと苦しい思いをしているかも知れないんだ……泣き言を言うな。――急げ)


 自分に暗示をかけ、清は更に加速し、風の音を重くしていく。


(これか)


 清の持つ星の魔石の力にある『魔力探知』によって、数多に存在する魔力の中から、清は灯の魔力を見つけることに成功した。

 そして同時に展開している、努力によって培った『魔力の感知』により、灯の正確な場所までも導き出した。


 清は考えることもなく、ただ感じるだけで、二つの工程をいつの間にか可能にしていたのだ。

 場所が分かった以上、足を止めずに移り変わる景色を駆け抜ける。


 一瞬の間合いを詰めるように、片足が着地すると同時に力を込め、再度見える世界を加速させた。


「やっと見つけた。……なんでこうなる?」


 数分ほど走り、学校から少し離れた町中で灯を見つけたのだ。

 ただ不幸なことに、おまけとして灯はガラの悪そうな男性二人に絡まれていた。


(……俺がついていなかったから。いや、遅かったせいなんだよな)


 人の気配が無いのもあってか、人を襲うのには丁度いい場所なのだろう。

 灯は男性二人を軽くあしらう姿勢を見せているが、体格差の影響もあってか、怯えたような瞳をしている。それでも、透き通る水色の瞳は、彼らからすれば圧そのものだろう。


 灯は完全に警戒しきっているので、連れ去られる事は無いと思いたいが、ここは魔法を使える世界だ。魔法がどれだけ強力であっても、不意を打たれたり、使えたりしなければ防衛の意味をなさない。


 灯が美少女なのを踏まえれば、彼らからすれば格好の餌食なのだろう。人目がつかない場所だからこそ、灯にナンパでもして、あわよくば持ち帰る気でいるのかもしれない。

 灯から警戒した姿勢を見せられている以上、察して引いてほしいところだが、人の皮を被った飢えた獣にそんな理性は無いのだろうか。


(嫌がっているって、普通に考えればわかるよな……)


 ふと気づけば、清は手が震えていた。

 脳が記憶をフラッシュバックするように、自分が魔法世界に来ることになった理由を、鮮明に思い出させてきているのだ。

 魔法を使えるとバレて囲まれていた中、灯が助けに来てくれて、清自身が魔法を使って周囲を傷つけてしまった、あのトラウマが。


「……過去のままじゃない。救うためだ」


 他人を傷つけるために魔法を極めているわけじゃないと、清は自分に言い聞かし、恐怖すらも力に変え、男性二人の方へと歩を進めた。

 怯えた表情を一切見せず、ただ純粋な柔らかな笑みを宿して。


「おまたせ」


 清が男性二人の前で柔らかに言えば、灯は清の姿を見て安心したように笑みを輝かせている。

 そして男性二人は灯の表情がふわりと変化したのと、清が音もなく背後を取ったことにより、驚いたように振り向いた。


「なんだてめぇは!?」

「どこから現れやがった!」

「悪いですが、その子は俺の彼女なので、今すぐ引き下がっていただけませんか?」


 言っていることがおかしかったのか、男は腹を抱えて笑ってみせる。


「冗談キツイぜそりゃあ! 釣り合わなすぎんだろ」

「そういや、あんちゃん、ここらへんは人目がないんだわ」


 清自身、灯と釣り合っているかと言われれば否だと、一番理解しているつもりだ。ましてや、全力で走ったのもあり、髪型は乱れるように跳ねているのだから。

 目の前に居る美女と比べれば、迷いなく不格好な人間そのものだ。


「お兄さん方は、人を蔑むことでしか価値観を見出せない可哀そうな人なんですね。申し訳ないですが、俺は人を見た目だけで判断する愚か者とは違うので」


 笑顔で言っているのもあり、彼らは挑発と受け取ったのか、がりがりと頭を掻いている。

 清からすれば、灯の安全さえ確保できればいいので、わざと自分にヘイトを向けたに過ぎない。


「おい、今何て言った?」

「あんちゃんや、魔法使われても文句言うなよ?」

(……灯にはできるだけ見られたくないんだけどな)


 魔法世界では、お互いに魔法勝負を承諾すれば、周囲に危害を加えなければ魔法を何処でも使える。

 清的には、灯に惨状になりうる光景を見られるかもしれない、と言った悩みが湧き出ている。


「ま、清……くん……」

「……灯」


 幸か不幸か、灯は清が来た安心感によってか、目をつぶって気絶したようだ。

 灯がその場に倒れそうになった瞬間、清は瞬時に男たちの間を潜り抜け、灯を片手で抱きかかえた。


「灯、すまない。すぐに帰ろうな」

「その油断が命取りだぜ、ガキ」


 一人の男性は、近づいてくるなり手を前に出し、魔法を打とうとしてきたのだ。

 魔法弾が打たれた時、清は灯を抱えている逆の手を出し、素手で魔法を跡形もなく消し去って見せる。

 清は魔法を受け止めた手を横に振り、隙の無い笑顔で対峙してみせた。


 普通に考えれば、魔法を素手で受け止める事態が異常な行動である。ましてや、魔力シールドを纏わない状態で受け止めたのもあり、男性二人は驚いたように足を引いていた。


「……軽いな」

「なんなんだ、この化け物は」

「魔法を素手とか、なんなんだよ、お前は!」

「次は俺の番だ――灯に手を出そうとしたんだ、力込めろよ」


 流れる動作で手を前に出し、魔力を感じてみせる。


(傷つけることはしない)


 枯葉の落ちる音が鳴った瞬間、魔力は空気を切り、男性二人を狙って衝撃波を生み出した。そして衝撃波はやがて、大きな音に変わっていた。

 音が当たった男性二人は、訳も分からぬ様子で膝を地についている。


 傷つかないように手加減したのと、魔力の衝撃波をその場にとどまらせて大きな音にするという工程を思い付きでやったのもあり、気絶だけに抑えられたのだろう。


 清が最初に魔法を素手で受け止めたのもあって、相手は自分よりも強いと認識していたはずだ。そして、手を前に出したのもあり、音だとは警戒していなかったのだろう。


 警戒している外から大きな音を出したことにより、一瞬だけ筋肉の硬直が起きているにすぎない。

 簡単に言えば、突然の恐怖とかに驚き、その場で少しだけ動けなくなる症状と同じだ。


 清は、傷つけない事を出来た安心感もほどほどに、灯の様子を見た。

 脈は動いているので、灯は気が抜けたと同時に安心しきって気絶したのだろう。


「灯、本当によかった」

「ガキ、よくもやってくれたな!」

「もう手加減しねえぞ」


 手加減しすぎていたのか、数分ほど気絶できればいい、と思っていたが、十数秒ほどで男性二人は立ち上がったのだ。


 二人が手を振り上げて襲い掛かろうとしたのもあり、清は瞬時に灯を庇うように抱き寄せた。

 それも束の間、男性二人はピタリと動きを止め、その場に倒れたのだ。

 倒れた後ろから、聞きなれた声が聞こえてくる。


『黒井君、星名君、すまない。私の考えが招いた結果だ』

「清、無事か?」

「あかりー、だ、大丈夫!?」

「……ツクヨさん、常和、心寧」


 ツクヨと常和、心寧が駆けつけてくれたのだ。

 見たところ、ツクヨが容赦なく二人を気絶させたのだろう。

 清自身、本当は怖かったのかもしれない。

 気づけば、体からは力が抜けるように清は膝をついていた。



 二人の拘束が済んだ後、清はツクヨと共に帰り道を辿っていた。

 常和と心寧がツクヨと一緒に居た理由は、ツクヨ自身が魔法を使えないのと、常和と心寧が騒ぎを聞きつけて来たかららしい。


「灯、よく眠っているな」


 灯は気絶したまま、気づけば眠りについていたらしく、現在はツクヨにおんぶされている。

 灯を抱きかかえて帰っても良かったが、体力的にも無理だと判明していたため、ツクヨに譲る形となったのだ。

 ツクヨは灯の本当の父親なのもあり、娘を久しぶりにおぶりたかったのだろう。


 ツクヨの背で眠っている灯は、どこか嬉しそうな表情をしている。


『黒井君、本当にすまないね』

「いえ、ツクヨさんが謝る事じゃないですから」

『一つだけ聞くが、君はあの時、理由は何であろうと怖かったかい?』


 ツクヨにそう聞かれ、清は静かにうなずいた。


『本来であれば、ああいう輩や魔法で悪さをする者を取り締まるのが管理者の役目だ』

「管理者がまともに機能していない弊害ですよね……」

『そうだね。黒井君、管理者に入る、というのはいつも危険と隣り合わせだ。――それを踏まえて、君はどうしたい?』


 二者面談は終わったと思っていたが、進路の勉強という意味では終わっていなかったのだろう。

 ツクヨは、これを機に話を進める気でいるのかもしれない。


 一つの恐怖を進んだ清は、夕日が沈みゆく世界をそっと見上げた。

 空には、ぽつりぽつりと星が輝き始め、夜の訪れを静かに祝っているようだ。


「……ツクヨ先生、灯の悲しむ顔を見たくないから、他の道を探して決めてみせます。それに、俺に管理者は似合っていないと思うので」

『黒井君、子どもには伸び伸びと成長してほしい私としては安泰だよ』

「はい」

『誰かのためとはいえ、君が魔法で手を無理に汚す必要は無いし、進みたい道を考え、悔いのないように歩むといい』


 ツクヨの言葉は、今の清の心に優しく染み渡るようだった。

 今は確かに、大人から見れば成長途中の雛鳥かもしれない。それでも、対等に接してもらえる存在が居れば、雛鳥は美しい羽を生えさせ、鳥籠から世界へと羽ばたけるのだ。


 ふと笑みを宿していれば、ツクヨは灯を静かに揺らし、位置を調整していた。


『にしても、私の娘はずいぶんと重くなったもんだね』

「それ、女の子に失礼なんじゃ?」


 灯の知らぬところで、月夜の一面を見せるツクヨは、子の成長を純粋に喜べる親バカなのだろう。

 親子の微笑ましい光景は、夕日も相まってか、輝く世界を見せてくるようだった。

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