二百三十三:夢、とは何を指すのか
冬の日差しが眩しく教室に差し込む中、清はツクヨと一対一で面談していた。
面談の時期なのもあってか、学校は早く終わり、その放課後でツクヨと進路に対する二者面談をしている最中だ。
灯がこの後に控えているのもあり、清的には早めに終わらせたいという気持ちが勝っている。
床に映った影が動きつつある中、ツクヨは改まったように姿勢を正してこちらを見てきていた。
『黒井君、君は今、進路をどうするつもりでいるのかね?』
ツクヨは、清が白紙で出した進路票を机に置いて問いかけてきた。
迷いはあるものの、以前ツクヨから言われた言葉を聞く機会だと思い、清は心に覚悟を決める。
「ツクヨさん……管理者になる道は、あるのでしょうか」
質問が意外だったのか、ツクヨは驚いた様子を見せている。
それでも、否定する様子を一切見せず、仮面の奥底に隠れている瞳で真剣に見てきていた。
ツクヨが机の上に出していた手を膝に戻せば、横から差し込む光も相まってか、姿勢が極まっているようだ。
『確かに、君には魔法の才能だけでなく、人を救う力もあるだろう』
と言い切ったツクヨは、そっと悩んだ様子を見せていた。
清自身、管理者という存在が機密事項に包まれた謎の組織であると、十二分に承知しているつもりだ。
自分の進む道に迷っている今だからこそ、一つの希望にすがっているのかもしれない。
管理者の表向きしか見ていないが、町の人々を魔法という恐怖から救い、世界の為に動いていたと知ったから。
『……あると言えばあるが、それは本当に君が幸せになれる道かい? 本当に覚悟を決めてから再度聞くと言い』
「ツクヨさん、なぜですか」
清が疑問気に問えば、ツクヨはそっと息をこぼした。
幸せがどうこう、という話よりも、再度覚悟を決める有無を知りたいと思ったのだ。
聞くだけは確かに簡単だろう。だが、聞いた先にある答えが、自分の目指す理想と合うのかを知りたいと清は考えている。
なりたくてなれるのなら、ヒーローになろうが、悪役になろうが、高望みの夢を叶えられるのなら苦労しないだろう。
『黒井君、世界に様々な真実が眠っているように、人間もまたその一人なのだよ』
「様々な真実が眠る……?」
世界には、世に生まれた人間ですら解析不可能な秘密が眠っているのは当然だろう。
ツクヨが言う、人間もその一人、という言葉が清はどうしても理解できなかった。
ツクヨは呆然としている清を見て、ゆっくりと言葉を口にした。
『黒井君。医者を目指す者、暗殺する者、物語を綴る者、それらの夢に共通した目標があるとすれば何だと思う?』
「……答えを教えてくれないのですか?」
『答えを自身で考えさせる、それもまた教育だからね。少なくとも、それになるしかなかったではなく、数ある道がある中で、なぜそれを選んだのか私は聞いているよ』
ツクヨの質問に、清は息を吸うだけでも精一杯だった。
共通した目標、という概念だけであれば、自分自身も同じ考えなら持ったことはあるだろう。
医者に命を助けられ、その医者と同じように命を救いたいと思った無邪気な子ども。
暗殺であれば、目の前で美しく殺しを見せられ、恐怖すらも忘れ、ただ虜になって暗殺の道を歩む者。
物語を綴る者、つまりは小説や漫画を描く者。それは、初めて読んだ本に憧れ、自分も書いてみたいと思う衝動の始まりから進む道。もしくは、感動や勇気を貰い、夢として道を進もうとする者もいるだろう。
「……夢までの、軌跡」
『そうだね。夢や目標、それがなければ、何をすればいいのか見当もつかない。目標がある者は、それに突出した経験を積むため、進む進路が決まっているのだよ』
「なりたい自分を見つけている、ということですよね」
『それも正解かも知れないね。だけど、なりたい自分という見解ならば、その目標の先にあるものすらも、夢を叶える者は見て、進んでいるだろうね』
ツクヨの発言は、清の心に深く突き刺さるようだった。
自分が見ていた世界が、これ程までに狭いとは思いもよらなかったのだから。
魔法がある世界を見たから視野が広いと、なぜ思い込んでいたのだろうか。
自分自身が見るのは、魔法ではなく、人として進むべき道だろう。
目標を砕いて、そこを通る道にある条件を確立し、夢を叶えるためにも。
最近感じていたもので言うなら、自身の夢であった魔法の存在しない世界、そこに行くまでにある罪の数とすら言える。
険しい道を見て見ぬフリしては、先に進むどころか、月の無い夜道をさまようことになっていた。
『……黒井君、君が自分で決めた道なら、大人がとやかく言う筋合いは無いのだよ』
「どういうことですか?」
『言動は矛盾しているがね、罪を背負わせない正しい道に進ませるのも、大人の役目なのだよ。若き少年からすれば、耳障りかもしれないけどね』
そう言ってツクヨは真剣に見てきているが、声は苦笑い気味だ。
思っていても口にしてはいけないと、ツクヨは内心どこかで思っているのだろう。
清は生きる経験が足りていないのもあってか、ツクヨの言っていることは正直よく分かっていない。
今は空っぽな子どもだ、と主張していた少年が、大人になればその意味を理解できるのと同じ仕組みだろう。
ツクヨの言葉は、自分に寄り添っているのかわからなくとも、清はありがたく心に記しておく。
いつかの自分自身が、将来の子どもに言葉を伝えるのかもしれないのだから。
(……管理者になる道か)
気づけば、清は自分の進みたい道は何なのかと、改めて深く考えさせられていた。
操り人形、鳥籠から羽ばたけるようになったはずの清は、夢よりも先に見る景色に感動していた。だからこそ、進む夢の目標までは見えていなかったのだ。
『……もし君が、本当に管理者になりたいというのなら、私は私に出来る事をさせてもらうつもりだよ。酷な話だが、それが娘と……星名君と進みたい、と言っていた君の言葉が偽りかどうか、判断すべき材料だと言えるね』
「ツクヨさん、もう少し考えてみます」
『ああ、そうするといい。他に聞くことがなければ、悪いが星名君を呼んできてもらってもいいかね?』
清は椅子から立ち上がり、一礼してから、教室を後にした。
廊下を歩くと、ひんやりとした空気が肌を撫で、今ある迷いをくすぐってきているようだ。
自分のクラスに戻ってドアを開ければ、席に座って読書をしている灯の姿が目に映った。
「灯、ツクヨさんが呼んでいたぞ」
「あ、清くん、終わったのですね」
灯はこちらを見るなり、用意してあった帰りの荷物を手に持ち、微笑んだ様子で近づいてくる。
瞬く間もなく、さっと清の手を握ってきていた。
子どもっぽいような仕草がある灯だが、付き合っているのを考えれば、当然の行動なのだろうか。
灯の二者面談が終わったら一緒に帰ることも含め、清も帰りの荷物を持って再度ツクヨの待つ教室の前に向かうことにした。
「じゃあ、灯、俺はここで待っているから」
「ええ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
灯が教室に入るのを見送った後、清は気付かぬうちに鼻で笑っていた。
灯との時間があるからこそ、今もこうして立っていられるのを考えれば、ありがたい限りだろう。
(たまには灯に料理を作って、それを食べてもらいたいな)
数分程が過ぎた時、ゆっくりと背伸びをした――その時だった。
「ば、爆発!? いや、灯の魔法?」
教室のドアから光が溢れ出したかと思った瞬間、大きな衝撃と共に、ドアについていた窓は黒煙に包まれたのだ。
焦っている気持ちを無視するように、ドアが開いた次の瞬間、清は更に目を疑うのだった。




