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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百三十二:進路を考える時間

(……灯、何を悩んでいるんだ?)


 夜ご飯を食べ終えた後、キッチンからリビングを覗けば、灯はソファに座ってテーブルに置いた紙を一点に見つめていた。


 灯が何を悩んでいるのかは知らないが、清からすれば、指輪について触れられなかったのが救いだ。

 真奈のお店に行く前に、指輪を今日で創り終わると灯に宣言したのもあり、気を使わせてしまったのだろうか。


 清は灯を横目で見つつ、用意した二つのマグカップにココアの粉を入れてから、ゆっくりとお湯を注ぎこむ。

 お湯を注げば、甘いココアの香りが宙に浮いているようだ。


 ココアを入れたマグカップを両手に、清は灯のいるリビングの方に向かった。


「灯、よかったら飲んでくれ」

「あ、清くん。ありがとうございます……冬にココア、いいですよね」

「そうだな」


 そう言って清はソファに腰をかけつつ、そっと灯の方にマグカップを寄せておいた。


 灯は嬉しく思ったのか、小さく微笑んだ表情を見せてから、ゆっくりとマグカップを手にする。

 優しく息を吹きかけて冷ましている灯を横目に、清は先ほど思った疑問を口にした。


「あのさ、灯。……何を悩んでいたんだ?」


 灯はココアを一口飲んでから、視線をテーブルに置いてあった紙の方に移した。

 プライベートの物だったら覗くのも悪いと思い目を逸らしていたが、見てくださいといった灯の視線的に、清が見ても問題ないものだろう。


 紙の方に目をやれば、灯を悩ませていた理由が少しは理解できた気がした。


 灯の持ってきていた紙は、何を隠そう進路票だ。

 灯はこちらが見ている視線に気づいてか、マグカップをテーブルに置いた後、息をこぼすように言葉を口にした。


「……三者面談……二者面談で話す、第一希望や第二希望を考えていたのですよ」

「灯が決まってないって珍しいな」

「まあ、今後をどう過ごせるのか、正直未定ですからね」


 灯はそう言って、ペンを手にして紙に目を戻していた。


 忘れかけていた話ではあるが、学園祭が無事に終わったのもあり、ツクヨとの対談がまた近づいてきていたのだ。

 以前もツクヨと二者面談をしているが、進路を叶えさせたいという学校の方針である以上、やりたくなくてもやらねばならぬ道らしい。


 ツクヨから清個人に対して『希望する進路が無ければ、今は君の聞きたい事を聞きにくればいい』と助言されているくらいだ。


 進路について悩んでいるのを知っているからこそ、ツクヨは楽な気持ちを与えてくれているのだろう。


 ふと気づけば、灯は一文字も思いつかなかったのかペンを置き、じっとこちらを見てきていた。その透き通る水色の瞳は、ただ真剣に清を反射している。


「そう言えば、清くんは進路をどうするのか決まっているのですか?」

「……今の俺には親と言える存在は居ないから、自分らしく歩める道を模索している最中だ」


 灯は返答が意外だったのか、目を丸くして驚いた様子を見せている。


 ツクヨには、灯と一緒に歩める道を探す、と言ったが、灯の前で言えるような話では無いだろう。

 ツクヨ、灯の本当の親である月夜から『星名君は君の意見を取り入れようとする』と言われた以上、灯に不安定な話を切り出すつもりは無いのだから。


「花畑の話の続きになりますが……清くん、魔法の存在しない世界は諦めたのですか?」


 灯が不思議そうに聞いてくるため、清はココアを一口飲んだ。

 マグカップをテーブルに置けば、ココアの表面は優しく揺れ、笑みを宿す自分の姿を光反射する水面に映している。


「あの日以降、魔法世界に住む人々を見る機会があっただろ」

「私と一緒の時にもありましたね」

「なんていうか、魔法があるからこそ出会えた人も居れば、魔法と一緒に生きてきた人も居るって知ったんだ。……だから、絶対に魔法を許さない、って考えは変わったのかなって」

「魔法と隣り合わせの日々を過ごすだけじゃなく、考えも合わせて成長しているのですね」

「まあな。そうじゃないと、考えは紡と同じままだったかも知れないからな」


 清の思う魔法の存在しない世界と、紡の言う魔法を無くす目的では、本格的な意味合いでは理想が違うだろう。

 自分の理想が魔法の存在する世界もあるかも知れないであれば、紡はそれすらも否定するような目的なのだから。


 清は灯に微笑みを見せ、ゆっくりとココアを口にする。

 自分で入れたから灯と比べて天と地ほどの味の差はあるが、心温まる温かさは顕在しているようだ。


 会話をしたことで気持ちが落ちついたのか、灯は悩んだ様子を見せつつも、小さな手でしっかりとペンを握り締めていた。

 そして瞬く間に、紙にペンを当てて、カリカリと心地よいリズムで文字を連ねていく。


 二人だけの空間に鳴り響くペンの音は、灯の心にあるかもしれない迷いを微塵も感じさせていない。


 この空間に、清と灯、二人の考えを阻害する者など存在しないのだ。あるとしても、片方が過ちを犯しそうになった時、肯定しつつも考える余韻を与えさせるくらいだろう。


 灯が自身の進路と真剣に向き合っている中、清は遠くの空を見るように天井を見た。


「……俺も進路を決めないとな」

「清くんは大学に行く気は無いのでしたよね?」


 文字を書いていた手を止めた灯は顔を上げ、じっとこちらを見てきていた。


「魔法世界を見て、自分の力で出来る事をする為にもな」

「ふふ、まるで管理者の最初期みたいですね」

「そうなのか?」

「ええ。心寧さんから聞いた話ですが、最初の管理者は誰もが驚くほど弱い人達の集会だったようですよ。でも、そんな弱い彼らは自分たちに出来る事を、と各地を回っては人を助けていたのが功を奏してか、今では魔法世界で信用されるほどの玉座にまで上り詰めたそうですからね」


 灯の話は初めて聞いたのもあり、清はのめり込むように相槌を打っていた。

 心寧が灯に話したのは、灯が管理者を嫌っているのもあり、少しでも印象が柔らかくなるようにさせるためだろう。

 清的には、常和と心寧と居る時間が何回あったが、管理者のかの字も二人から話されていないのが不思議だ。


 二人からすれば、清だから大丈夫、という考えなのだろうか。


 灯の話を聞き終え、清は自分の手を前に出して見ていた。


「紡との勝負前には決めておかないとな」

「清くん、弟のこと本当に好きですね」

「――世界でたった一人だけの弟だからな」


 目の前に出していた手に、灯の小さな手が重なり、清は自分が悩んでいたのだと改めて知るのだった。

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