二百二十七:同じ朝は来ないが、同じ朝が来るように
楽しかったカラオケの時間に終わりを告げるように、帰りの時間となって四人でお店の外に出ていた。
秋から冬に変わろうとしているのもあってか、すっかりと日が暮れて、月の浮かぶ夜空を露わにしている。
始まりがあれば終わりもあるように、清は名残惜しい気持ちがある中、常和と心寧と顔を見合わせた。
「お別れの時間だね……あかりーともっと歌いたかった……」
「心寧さん、私もですよ。……また一緒に遊びましょうね」
灯の言葉を嬉しく思ったのか、心寧は笑みを浮かべて頷いている。
そんな二人のやり取りを見つつ、清は常和に視線を向けた。
やはりというか、お互いに彼女に甘い者同士なのもあり、灯と心寧のやり取りを見ていた常和の表情は柔らかくなっている。
常和は清に見られていたことに気づいてか、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
清的には、お互いに本命は別であっても同じ思いがある、それだけでも嬉しいものだ。そのため、なぜ常和が恥ずかしそうにしているのか不明である。
「清、別れに多くの言葉はいらないな」
「ああ。常和、またな」
「おう、またな」
「ふふ、お互いに信頼し合っていますね。心寧さん、今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
「うん! あかりー、今日はありがとう! そっちもしっかり休んでね! バイバイ!」
本来であれば、二次会をしてもよかっただろう。だが、お互いに向かう目標がある今は、充分に体を休めて笑顔でまた会う、それが一番なのかもしれない。
常和と心寧に別れを告げた後、お互いに帰るべき場所への帰路を辿った。
二人と別れた帰り道、灯と手を繋ぎ、夜に包まれた住宅街に二つの小さな足音を鳴らしている。
一人だったら暗いだけで寂しい夜道も、灯が居てくれる、手を繋いでくれるおかげで、とても温かく輝く夜道に見えた。
魔法世界には人工的な明かりはそこまで顕在せず、田舎に近い道のりとなれば、空に浮かぶ月明かりだけが道しるべとなっている。
現実世界では町明かりでかき消されるような自然の光も、魔法世界では身近に共存する存在だ。
ぽつぽつと星々が浮かぶ夜空の下、灯は清の手を優しく握り、透き通る水色の瞳を揺らした。
横目でも感じとれた、星々を反射して映しだす透き通る水色の髪は、目に映る全てを幻想的な世界に誘うようだ。無論、清は灯を心から愛しているのもあり、灯から目を逸らすつもりはない。
「清くん、十一月はまだ少しありますが、楽しかったですか?」
「灯、急だな。……楽しかった、か。まあ、色々あったよな」
十一月は、十月の常和との交じり合い等を考えても刺激は少なくなると思っていたが、寧ろそれ以上だっただろう。
小さく微笑む灯を見て、清は思い出すように言葉を口にした。
「十一月……バイトを始めて、真奈さんに出会って、素材を探して、学園祭をして、ってそう思うと、あまりないのか?」
「清くん、感覚がずれているだけで、言葉だけでは少ないですが、思い出がその一つ一つにギュッと詰め込まれていると思いますよ」
「確かにな」
灯の言っている通り、バイトをした、という一言で終わらせれば少なく感じるだろう。だが、ひも解くように写真を貼っていけば、それは沢山の軌跡を紡いでいる。
素材を探すために、常和と魔法の庭を探索し、灯に似合うものが無いかと探す日々は、自分にしかわからない思い出の一つなのだから。
言葉や文章だけを見て判断すれば、小さな落とし穴にはまるだろう。
灯から貰った言葉は、今の自分の考えに光を差すようで、清は心が温まるようだった。
ただし握られた手は熱くなるほど温まっているが。
「そう考えると、十一月、楽しかったよ。灯を思わなかった日が無いくらいに、な」
「同じ家に住んでいますし、現実世界と違って顔を合わせない日はありませんからね」
そういう意味で言ったわけではないが、清はそっと笑って、夜空へと目を向けた。
月の浮かぶ夜空であっても、数多の星は主張するように煌めき合い、人類へ自然の贈り物を届けているようだ。
魔法で創られた夜空だと理解していても、心の何処かで、星だけは浮世写し絵に捕らわれない、命ある輝きだと思えてしまう。
魔法が嫌いだと思っていた自分を慰められるようになったように、今を受け入れているのかもしれない。
ひんやりとした風が吹き、木々や草花を揺らし、星夜に輝く自然の音色を奏でた。
「星、綺麗だな」
「ふふ、命ある灯火ですね……清くん、空に浮かぶ星の明かりと、空に浮かばない星の明かり――どっちが好きですか」
灯の質問に、清は灯の小さな手をぎゅっと握った。
答えることもなく、答えは出ているのだから。
同じ朝は来ないが、同じ朝が来るように、変わらないただ一つの答えが。
「……俺を探してくれた、俺が心から愛している人かな」
「……馬鹿、名前で言ってくださいよ」
「――星名灯」
「清くん、大好きです」
「ああ、俺もだ」
そっと寄り添ってくる灯に、清は着ていたパーカーを灯にそっと着せ、自分の方へと更に手繰り寄せた。
そんな温かな夜道を、二人で手を繋ぎ、帰路を辿っていく。
家に帰った後、夜ご飯を食べてから清は灯と一緒にソファに座っていた。
灯の作ってくれたシチューは芯から温まるほど甘く美味しいもので、パンに付けて食べても、単体で食べても頬が落ちるくらい美味しかったのだ。
シチューの風味で野菜の味を消すことがなく、肉と野菜の美味しさを最大限引き出し、お互いに口の中で手を繋ぐ世界を生みだしていたのだから。
いつも美味しいものを作ってくれる灯への感謝を忘れず、今日も美味しかった、と言葉を伝えてある。
そんな満腹感に清が満たされている中、灯は疲れているのか、清の方にぐったりと寄りかかってきていた。
ふわりと当たる柔らかな感触は、未だに慣れる事が出来ていない。
(……何でこうなる)
灯は瞼を閉じそうになっており、睡魔が近いのだろう。
起こすかどうか悩んだ末、変に寝られても困るのは自分であるため、清は灯の肩に触れてそっと揺らした。
「灯、ここで寝たら風邪ひくぞ」
「ううん」
「いや、ううんじゃなくて」
「清くんが温めてくれるから、風邪引きゃないの……」
灯が寝ぼけたように言っているのもあり、清は思わずクスッと笑った。
清が笑ったのもあってか、灯ははっと目を覚まし、じっと見てきている。
「今の忘れてください」
「可愛かったからヤダ」
「もう、ばか」
灯は本当に恥ずかしかったようで、ぺちぺちと腕を叩いてくるため、清は灯の頭に手を伸ばす。
透き通る水色の髪を撫でれば、灯は落ちついたのか、そっとこちらに身をゆだねてくる。
大丈夫かと思って手を離した時、小さな手が服の袖を掴んでいるのが目に映った。
「……灯、どうした?」
「……その、この二日間、多くの人目にさらされていたので……あの」
「灯、俺に遠慮しないで言ってくれ。俺も、その、何というか、ずっと一緒に居たい、って思っていたから」
灯がこの学園祭の二日間で何を思っていたのかは不明だが、少なくとも清は手を伸ばしたかった。
一緒に居られる時間がバイトを含めても、余計に少なくなっているのだから。
灯が女の子であるのを考えれば、自らの口で胸の内に秘めた言葉を言うのは心苦しいかもしれない。
それでも清は、灯の意見を聞いて、それを叶えたいと思っている。
今もうるっと見てくる透き通る水色の瞳は、こちらの気持ちを揺さぶってきているのだから。
だからと言って本能的に食いつけば、灯の望まぬ傷つけをしかねないのもあり、本人の口から言葉をもらいたいのだ。
清自身、灯に依存しているのもあり、他の人の目に彼女がさらされて、独占欲というエゴが湧き出そうになっていたのだから。
灯は服の袖を小さな手で掴んだまま、透き通る水色の瞳を柔らかに揺らし、清の首元へと距離を詰めてくる。そして、小さく呟くように、灯のわがままが口に出された。
「清くん……今日は、一緒に寝ても、お泊りしてもいいですか」
一番聞きたかった言葉に、清は思わず息を呑んだ。
「ああ」
この日清は、改めて灯との気持ちの距離を詰められた気がしたと、一緒のベッドに入った時に実感するのだった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!
十一月……第六章の前半はこれにて閉幕となります。次の話から後半である十二月、という終わりを思わせない物語の区切りを意味する話にはいります。
ぜひ今後とも、清と灯、二人の魔法のような行く末を見守っていただけたら幸いです。




