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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百二十五:魔法で誰もが傷つかない、そんな幸せを歩んで探す者たち

 お昼を食べ終えてから、全ての片付けも終えれば、それぞれに自由な時間が舞い降りた。

 清的には、昨日のうちに灯と学園祭を巡ったのもあり、どうしようかと悩んでいる最中だ。


 灯に声をかけるため見渡せば、心寧がこちらに近づいてきていた。

 てっきり常和と一緒に行動していると思っていたため、心寧の行動に珍しさがある。


「まことー、あかりーと一緒に学園祭巡りたいから借りてもいい?」

「俺は別に構わないけど、灯の意思を尊重してくれよな」

「まことーは素直な気持ちを露わにするようになったね」


 何を言いたい、と視線で心寧に送れば、さあー、と視線をわかりやすく逸らしている。


 心寧が何を考えているのか不明なのは、今も昔も変わらず出会った当初からであるため、仕方ない事だろう。

 灯の尊厳さえ傷つけなければ、遊ぼうが仲よくしようが自由にしてほしいと清は思っており、灯の時間を奪う束縛だけはしたくないのだから。

 過去の自分の経験を含めても、束縛ほど退屈な日常は無いと、自分が一番よく理解しているつもりだ。


 この時に清は、ふとある考えが頭をよぎった。


「そういえばさ、心寧のお父さんは来てないのか?」


 一度だけ心寧のお父さんに会ったことはあるが、それ以来見ていないのもあり、気になったのだ。


 心寧は四人の中だと、灯とツクヨの関係を除いて身内を唯一もっているのだから。

 気づけば、心寧の動きはピタリと止まり、暗い表情をしてそっと目を逸らしていた。


「……来てないよ」

「あっ……無理に聞いてすまない」

「ううん……気にしないで! 暗くなっちゃってごめんね! じゃあ、あかりー借りていくからね!」

「え、ああ、気をつけろよ」


 わかってる、と心寧は言って、ちょうど着替えを終えて戻ってきた灯の手を引いて教室を後にした。

 心寧を見送った清は、内心で申し訳ない事をしたと思っている。

 紡の件があった夜の日、心寧はお父さんの件で暗い顔をして見せた、というのを思い出したからだ。


 本来であれば、楽しい賑わいを見せている学園祭中に聞くべきではなかっただろう。

 そんな不安な気持ちに首を振り、清も教室を後にした。


 廊下に足音を鳴らし、屋上に続く階段を上っていく。

 小さな鼓動が自分を押し上げるように、そっと息をこぼせば重く、後ろから押すように足を速めてくるようだ。

 息を吐き出すのは簡単だ。それでも、言ってしまった後悔は、後にも先にも引けないものとなる。


 忘れたふりをしても、結局はカケラのように崩れ、己を蝕む孤独となるだろう。

 屋上に近づけば、隙間から光が差し込んでおり、こそばゆい眩しさを感じさせてくる。

 震える手を落ちつかせ、ドアノブを握り、清はゆっくりとドアを開けた。


 ドアを開ければ屋上なのもあり、流石に関係者しか立ち入っていないらしく、賑わっている校内とは違い、秋のひんやりとした風が素肌を撫でてくる。


 呼吸を一つすれば、曇った視界は晴れるように、穏やかな心持ちを与えてくるようだ。


 屋上を見渡たすと、黒いローブを見に付けた人物に、最高の親友の後ろ姿が視界に映った。

 清は心を落ちつかせ、二人の方に歩を進めた。


「……清か」


 常和は後ろを振り向きもせず、ところどころに雲がある青く澄みわたる空を見上げたまま当ててみせる。

 常和の言葉でツクヨも気づいたのか、ローブを揺らしてこちらに振り向いた。


『やあ、こんにちは。……黒井君、浮かない顔をしているが、何かあったのかね?』

「えっと、その……」

「清、ここは月夜さんと俺しか居ないし、悩み事あるんなら気楽に話してくれよ?」


 ツクヨは月夜と呼ばれるのを諦めているらしく、呆れたように仮面を抑えている。

 心寧と常和の関係を考えても、先ほど教室での話をするかどうか清は悩んだが、ゆっくりと息を吸った。


「その、心寧にお父さん、現当主の件を尋ねたんだ」

『つまり、現当主の今を聞いたことになる、という事だね』

「あちゃー」


 常和はツクヨの方を見て、苦笑気味に顔を抑えている。

 常和の様子から見るに、純人間や魔法使いの時と同じく、後々話そうとしていたのだろう。というよりも、その約束ではあったため、自分のミスが招いた結果だ。


「何か知っているのか?」

「知っているも何も、俺たち第二の中立はその件で動いていたんだよ」

『時間軸で言うのなら、君たちが現実世界に帰っていた夏休みの話になるね』


 清はこの時、本当に聞くべきではなかったのだと、身に染みて思わされた。

 心寧がお父さんを信頼しているように、常和も同じく心寧のお父さんに育てられたのだから、尚更尋ねるべきではなかっただろう。


 完全に忘れていたのはこちらの落ち度であり、何を言われても仕方ない。

 常和たちの言う第二の中立は、未だに謎に包まれたコードネームのようなもので、更に謎が深まるのも事実だ。


 晴れ渡る空に雲が掛かり、白い雲は太陽を半分隠し、陰りを帯びた日差しが常和とツクヨを照らした。

 眩かった屋上は景色を一変させ、今では光と影の間に存在しているようだ。


「あの、第二の中立や、現当主中立派って何ですか?」

『そうだね。……先に言っておこうか。美咲家現当主を中心に揃った、私に古村君、美咲君に現当主のグループを総称して、我々は第二の中立と呼んでいるのだよ』

「簡単に言えば、管理者を抑制するための美咲家と、解放者(リベレーター)に落ちた管理者を正そうとするために集まった精鋭だ」


 常和はさらっと言っているが、解放者の魔の手が管理者にまで及んでいたのは初耳だ。

 清的にも、黙って見ているわけにはいかない事態になると考えている。それは、相手が弟の紡だからではない、しでかした事には責任を持つ必要があると考えているからだ。


 常和は真剣な表情をしつつも、後ろの柵によりかかり、気楽な姿勢で言葉を紡いでいく。


「現当主――すなわち心寧のお父さんだけどな」

「やっぱり、何かあったのか」

「実はさ、清や星名さんに心寧が美咲家であると明かした時、管理者に捕らわれて離れ離れになってたんだよ」

「捕らわれて、離れ離れ?」


 思わぬ事実に、清は息を呑み込んだ。


 心寧が忘れ去られた美咲家であると明かしたのは、新学年、つまりは二年生になった当初である。

 何カ月も離れ離れ、ましてや本当の家族ともなれば、他者が悲しみを計り知れるようなものではないだろう。

 家族の件を笑って聞いていた心寧だが、本当は心に大きな穴が出来ていたのかもしれない。


 清は近くに居てくれた仲間の変化に気づけなかった、自分の不甲斐なさにぎゅっと拳を握り締めた。解放者、紡が関係しているのであれば尚更だ。


 初めて現実世界に帰ったのが春休みとなれば、紡の支配思考を考えても、僅かな期間で命の魔法を扱ったとなれば不可能ではないだろう。


 常和はそんな清を気にも留めたようすを見せず、話を続けた。


「でまあ、魔法の庭の管理は完全に心寧がやることになったわけだ」

「だから心寧はあんなにも忙しそうだったのか」

「はは、良くも悪くも、魔法の庭への侵入は一人を除いた管理者以外は完全に拒むことになったけどな」

「後で謝っておくか」


 清が小さく呟けば「謝る必要はない」と常和は言ってきた。


「謝るくらいなら、魔法を、魔法の庭を楽しく使ってくれ……それが俺と心寧の願いだからな」

「願い?」

「魔法で誰もが傷つかない、そんな幸せを心寧と俺は探して今も歩み続けているんだよ。たとえ遠くても、いずれ叶う夢だと信じてな」


 常和が言うからこそ、言葉の一つ一つに確かな重みを感じた。

 清は常和の過去を、出会いを知っているからこそ、諦めない夢だと感じとれたのだろう。

 嘘をつかれ傷ついて、四人は違う道をたどってきたが、不確かな形で共通点は存在しているのだから。


 静観していたツクヨが咳払いをしたため、清はふと現実に戻された。


「多分、この後に月夜さんから話されるけどさ……現当主は今、お二人さんの夏休みのごたごたに便乗して、どうにか救えたんだ」

「救えたのか……本当によかった」

「他人の幸せを願える、清は優しいな」


 心寧のお父さんの症状はどうあれ、近くに戻ってきているのだけでも安心ものだろう。

 下手すれば、魔法が絡めば一生会えない可能性も高いのだから。


 灯に魔法世界で会えたのも奇跡に近いと、清は恵まれていることに日々感謝するくらいに。


 常和は自身の話を終えたのか、ツクヨに視線で合図を送っていた。


『古村君の話でも出た管理者だが、簡潔に話そう。解放者の魔の手に落ちたのを知ってから、彼らの協力のもと夏休みに壊滅させたよ。だが、行方をくらました者も居るから、調査に日々追われているよ』

「それは、俺に言ってよかったのでしょうか?」

「まあ、本来であれば十二月まで話す予定じゃなかったけどな。知ったのならしょうがいないし、気にするな!」


 そう言って親指を立てて向けてくる常和は、そこまで気にしていないのだろう。

 常和はツクヨの方を見て、呆れたように言葉を口にした。


「月夜さんとはお互いに管理者を改正する目的は同じなんだけど、もう一つの目的には驚かされたけどな」

「もう一つ?」


 もう一つ、と言われれば気になってしまうだろう。

 常和は苦笑しているので、答える気はないと見て取れる。


『おっと、その話はまた後にしようか』


 ローブを整えながら言うツクヨは、今この場で話したくは無いのだろう。


 清が首をかしげれば、常和は苦笑気味に目が笑っていた。

 気づけば「あっ」と言って、常和は屋上のドアの方に目をやっている。


 常和の視線を辿れば、太陽に被さっていた雲は避け、屋上のドアを輝かしく照らしていた。

 ドアがゆっくりと開き、特徴的なビーズの髪飾りをした少女と、透き通る水色の髪をポニーテールにしている少女が姿を見せる。


 二人はこちらの姿を認識してか、そっと近寄ってきていた。

 そう、やってきたのは灯と心寧だ。

 学園祭を巡り終わったのか、心寧が灯を引き連れて屋上まで来たらしい。

 常和の動向を考え、自分たちがどこにいるのかを当てたのだろう。


 心寧の表情から察するに、ツクヨも居るのは予想外のようだ。


 心寧は近づいてくるなり、灯に気づかれない程度のジト目をしており、話をある程度は理解していそうな目をしている。


 清自身、灯の居る前で心寧の事を話す気はないため、目で合図を送っておいた。


「やーやー、諸君! 何を話してたのー?」

「清くん、古村さんと一緒だったのですね」

「まあな」

「何を話していたか、か……夢について、だよな」


 相変わらず熱い男同士だね、と言いたげな様子で見てくる心寧は、理解していても知らないフリをしているのだろう。


 隣に居る灯は首をかしげているため、完全に理解できていないようだ。また視線で、教えてください、と向けてくるので清は軽く視線を外した。


 清はどうにか話を逸らそうと、思い出した事を口にした。


「そういえば、二人はどうしてここに?」


 灯に尋ねれば、灯は恥ずかしそうな様子を見せている。


「その……四人で学園祭を巡りたい、からです」


 様子から察するに、灯は寂しかったのだろう。


 灯に寂しい思いをさせたのは悪いと思いつつも、心寧と同性同士で居る時くらいは気楽になって欲しいものだと思えてしまう。


 また心寧がついていた分、完全に寂しいという訳では無いだろう。


 ツクヨの方を見れば、腕をローブの中に入れて穏やかな雰囲気を醸し出している。


『皆で楽しんでくるといいよ』

「はい」

「よーし、決まりだね! 行こ―!」

「ちょっ、心寧さん」


 灯は、心寧に楽しそうに手を引かれて慌てた様子を見せたが、嬉しそうな表情を浮かべている。

 気づけば、常和は見ていた清の肩に手を置き、肘でぐいぐいしてきている。


「清、俺らも行こうぜ」

「そうだな」

「そーだ! 学園祭終わったら打ち上げどうする?」


 ドアの方で手を振って呼んでいる心寧に、清は常和と共に歩を進めた。

 ひんやりとしているはずの秋の風は、心からの幸せを再度認識した清を、温かな風として後押ししているようだ。

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