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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百十六:学園祭まで残り僅か

 学園祭での出し物が伝統工芸なのもあり、情報の正確さや出し物の準備で手間取ると思っていたが、清の予想を遥かに超えた速さで事は進んでいた。


 灯と心寧による接客練習と広告のチラシ作り、清は常和と一緒に放課後を使って出し物の練習をしていたからこそ、効率よく運んでいるのだろう。


「心寧、相変わらずだな……星名さん、手綱は握っておいてくれよ」

「し、心寧さんなら心配ないですから!」

「とっきー、ふざけないから安心して、多分!」


 常和は二人のチラシ作業を覗いたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 灯が心寧についているから心配ないと思いたいが、心寧の突拍子もない行動を制御できるかと言えば、間違いなく否だろう。


 心寧を制御できるのは、彼氏である常和くらいなのだから。


 清は小さな黒い鍋を拭きつつ、小さな笑みをこぼした。

 小さな黒い鍋は、常和が真奈と幾度の調整を繰り返し、やっと完成した出し物専用鍋となっているらしい。

 類似品なのもあってか、真奈のお店にあった魔女鍋を小さくしたものとなっている。


(にしても、良く盛り上がっていられるよな)


 学園祭が間近に迫っているとはいえ、学校内が学園祭のムードで日夜包まれっきりなのは凄いものだろう。

 現実世界のお祭りよりも、魔法世界のお祭りごとはどこか特別な願いでもあるのだろうか。


 そっと思いにふけていれば、教室のドアが静かに開いた。


『今日は特別講師、伝統工芸の後継者、真奈さんにお越しいただいたよ』

「しおんちゃん、あかりちゃん、ときちゃん、まこちゃん、今日はよろしくね」


 ツクヨが教室に入ってくるのに続き、真奈も一緒に姿を見せていた。

 四人で、よろしくお願いします、と言えば、真奈は柔らかな表情をしている。


 本業の仕事がらみで無い真奈であるからこそ、今は平穏な雰囲気を醸し出しているのだろう。


 また真奈が来たのを合図にしてか、常和は指を鳴らしていた。

 指が鳴るのと同時に、机は壁沿いに並んでから、中央に数個ほど机が固まり、ドア前に受付用の机が並び、学園祭本番の形を教室に創り出している。


 常和の器用さに清が驚いていれば、常和がニヤニヤした様子で近づいてきていた。

 また、心寧が教室のドアのガラスに黒い布を張っている辺り、他クラスから見られない様にと防止しているのだろう。


「ほい、これ」

「これは?」

「清、俺らが学園祭で着る衣装……いや、身に着けるものだ!」

「衣装、というかエプロンと法被ですよね」

「着るしか、ないんだよな」


 正直着たくないと思ったが、引く選択肢は無いのだろう。

 常和はこちらが否定気味になると理解していた上で、学園祭直前になって渡してきたと察した。


 常和から手渡されたのは、灰色のエプロンに桜色の法被だ。また、法被の背中部分には堂々と『魔釣』と明朝体で描かれている。


 魔釣の文字を見た清は呆れるしかなかった。


「清くん、私が着させてあげますね」

「まこちゃん、あかりちゃんから優しくされてて微笑ましいわね」

「……あのさ、常和、なんでお前は緑色なんだよ」

「色的にもそれしかなかった、それだけだ」


 灯が楽しそうにエプロンと法被を着せてくるため、今は受け入れるしか道は無いだろう。

 見ていた心寧からニヤニヤされているのもあり、清は羞恥心の方が沸き上がりそうだ。


 装着し終われば、色合いは別に悪くはなく、どちらかと言えば清に似合っている。


 灯は先に見られて嬉しかったのか、柔らかな笑みを浮かべていた。


「そう言えば、あかりちゃんは実際に出し物を見たことは無いのよね?」

「見たことないですね」

「まこと―があかりーをお店に誘わないからー」


 心寧がわざとらしく言ってくるが、清はそっぽを向いておいた。


 ふと気づけば、常和は中央の机を整え、そのうえに小さな鍋を置いていた。

 真奈は常和を見て何かを察したのか、緩やかに口角を上げている。


「あかりちゃん、見てみたい?」

「見てみたいです」

「うちもー!」


 この際に真奈が、清と常和がお手伝い中に学園祭の練習をしていたと明かしたのもあり、何故かハードルが勝手に上がっているようだ。


 常和は準備を終えたのか、こちらに近づいてきてはそっと小突いてきている。


「清、可愛い彼女さんの願いだ。叶えない理由は無いだろ?」

「ああ、わかったよ。やればいいんだろ」


 そうこなくっちゃ、と常和が言うため、全ては予定通りなのだろう。

 また透き通る水色の瞳が、憧れを抱く無邪気な子どものような視線を送ってきていたため、引くに引けないのも事実だ。


 常和と鍋の位置に移動しようとした時、真奈が思い出したように口を開いた。


「二人共、真剣な雰囲気を伝えるのか、伝統工芸を楽しいものだと伝えるかによって、感じての心は変わるわよ」

「はい、わかりました」

「真奈おばさん、俺はもちろん後者を選ぶぜ」


 常和が先駆けて言ったのを見るに、清は真剣さを伝えてほしい、という後押しだろう。

 真剣さを伝えるとなれば、今でも難題になっている感情をある程度は抑制できるため、常和はそれを考慮してくれたのかもしれない。


 灯を参考にだいぶ柔らかくなったと思ったが、常和から見ればまだまだなのだろう。


 清と常和は、真奈の注意事項を頭に置き、小さな鍋と向き合った。

 そして、灯と心寧、真奈とツクヨが見守る中、常和と目を合わせる。

 現段階で鍋は一つであるが、本番の観客次第では一人一つの配置となるだろう。


 桜色と緑色の法被が揺れた時、積み重ねてきた練習の成果が光を生みだす。



 素材を入れて混ぜる工程、混ぜ終えた液体を形にする工程が全て終れば、四人から拍手が送られてきた。

 清としては、どうにか失敗せずにやり終えたという気持ちがある。

 練習であるにせよ、見られている中でやるとなれば緊張からは免れないだろう。


 息を吐きだせば、常和が「お疲れ」と肩に手を置いてきていた。


「二人共、見事な手さばきだったわ。でもね、ときちゃん、楽しくやるのはいいけど、視線が安定しないのはいただけないわよ」

「考えていたせいかなー」


 片言気味に答えている辺り、常和は何かを誤魔化したいのだろう。

 気づけば、椅子に座ってみていた灯は立ち上がり、こちらに近づいてきていた。


「清くん、あの……その、凄かったです」

「灯、ありがとう。それだけで十分だ」


 透き通る水色の髪を撫でれば、灯は小さく微笑んでいる。


「そう言えば、使っていた素材の在庫は大丈夫なのですか?」

「下手すれば無くなるだろうな」

「いいえ、間違いなくなくなるわ」

「無くなったら休憩中に取ってくればいいだろ」


 魔法の庭にいつでも行けるからな、と言いたげな常和は、不安を思うよりも先に未来に歩んでいるのだろう。


 この四人なら、どんな壁に当たっても手を取り合って乗り越えられる。そう思えるほど、灯や常和、心寧に信頼を置いていた。


 常和は何を思ったのか、受付に置かれた机を見て苦笑している。


「俺からすれば、心寧や星名さんがナンパされないかが不安だなー」

「とっきー、それはどういう意味で?」

「ほら、星名さんの体型を覗いても、魅力は入れ食い状態に近いだろ? 学校内でも噂になってたくらいだしな」

「とっきー、無礼極まりないよ?」


 心寧にぐいぐいされている常和は、清の方を見て助け舟を求めてきている。

 これで助け舟を出すか、と聞かれれば迷いなく否だ。


「常和……灯は見せもんじゃないし、心寧だって着物姿似合っているだろ……」

「そうだよとっきー、まこと―を見習った方が良いよ? 外面が良くても内面が良くないのは彼女として怒だよー」

「身内に潜む真なる敵ですね」

「あかりーが怒ってるから、自称ムードメーカーのとっきーは後でお説教コース確定ね!」

「勝手に決めるな!」

「常和、ご愁傷様」

「清!?」


 心寧が常和に、色々なお店に連れ回して勉強させると言っているあたり、長い旅になるのだろう。

 毎度のことながら、常和は灯を天秤の折り合いに出したため、清は俯瞰する立場を貫くつもりでいる。


 また、彼氏と彼女の関係である事を踏まえれば、口を挟まないのが身のためだろう。


 二人のやり取り見ている中、清は灯の方を向いた。


「灯、学園祭楽しもうな」

「清くんもちゃんと楽しむのですよ」

「ああ、分かっている」


 小さな蕾が花となるように、学園際開幕の時間は刻一刻と迫っていた。

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