第二十一話:素直な君が一番可愛いらしい
「清くん、起きてください」
優しく柔らかい声に名前を呼ばれた。
カーテンの隙間から漏れ出し、差し込んだ眩しい光が目に入ってきた。
朦朧とした眠たい意識を起こしつつ、重たい瞼を持ち上げ、呼ばれた方を見た。
体をベッドから起こそうとしていたが、ピタリ、と止まる事態になった。
それは、目の前に透き通る水色の髪の人物が、舞い降りていたのだから。
お互いの過去を打ち明け、さらに、深く大切な存在になった少女の姿だ。
「え、あ、灯?」
「はい。おはようございます」
確認のために名前を聞いてみたが、本当に居るらしい。
普段なら清の部屋に入るはずはなく、無理に起こそうともしないし、リビングのソファで待っているはずだった。
前に、うっかりして一回だけ起こされたことはある。だが、今日は違った。
混乱して困惑した気持ちを、清はどうにか抑えた。
「……おはよう。どうして灯がここに?」
「はあ……ふざけているのですか?」
灯は大きくため息をつき、呆れながらに言葉を発した。
どういう意味なのかを思い出すために、頭を悩ませた。
少し悩んでいたら、灯がふわり、と近くの椅子に座った。
「今後について、話す約束……忘れたのですか」
「あ……す、すまない」
昨日の夜、寝る前まで話している際に、今後についての話題が出たのだ。
眠気に負けギリギリのところまで話していたので、忘れていた。これは、明らかに清の失態だ。
灯を待たせて、さらには悲しませる失態を晒している。男として、ダメダメだ。
重い体を叩き起こし、支度の準備をしようとした。
「清くん、私が部屋を出てからにしてください!」
灯は焦ったように「ばか」と言って、部屋から脱兎のごとく逃げ出した。
知っている者とは言え、男の裸を見るのは恥ずかしいものなのだろう。
また、裸を見られても困らないは言い訳だ。
同じ人間であるとしても、全員同じ感性ではなく、違うものなのだから。
無意識でやらかしそうになったが、次に同じ出来事が起きたら、気を付けよう、と清は心に誓った。
頭を冷やしつつも、服を着替えて準備をした。
……支度が終わり、ソファに座っていた。だが、先ほどの無礼な行いを怒っているのか、灯は口を聞いてくれない。
隣に座っているのだが、気まずい雰囲気は残ったままだ。
横をチラリ、と見れば目に映るのは、透き通る水色の瞳をし、凛として座っている灯の姿だ。とても美しく、洗練された姿勢と言える。
余計な考えに脳を使っていないで、距離の戻し方を清は優先した。
「……そういえばさ、今日から十二月だよな」
「え、ええ、そうですね」
無難な話題を振って声を聞いてみた限り、怒ってはいなさそうだ。
灯の反応に安心し、清は心の中で胸を撫でおろしながらも、灯の方をしっかりと見た。
「灯はさ、十二月は何か予定があったりするのか?」
「そ、そうですね……」
予定を聞かれる、とは思っていなかったのだろう。
灯は水色の瞳をパチクリとさせた後、考えるよう、口元近くに右手の人差し指を当てていた。
その時に、首を少し傾けている動作が可愛らしさを出していた。
灯を見つつ、清も軽く考えをまとめていた。
灯に十二月の予定を聞いたものの、清には予定と言った予定が特に無いのだ。あるとしても、常和との魔法勝負くらいだ。
ふと、予定とは別の話を思い出した。
(学校の再開日、二十三日だったよな……)
そう、学校の再開日がペア試験の当日なのだ。休みのうちに、対策を改めて確認した方がいいだろう。
気づけば、灯はこちらをジッ、と見つめてきていた。
灯に「すまない」と言いつつ、苦笑いをした。だが、仕返しと言わんばかりに、微笑みを返される事となった。
「予定と言えば、心寧さんとのお買い物くらいですね」
「意外だな。てっきり、他にも予定があるのかと思っていたよ」
「基本的に、私は清くんの近くにいる方が好きですから」
「……そ、そうか」
ふわっ、とした表情から言われた言葉は、清の心臓的には危うかった。
灯が無意識のうちに言っているのであれば恐ろしいが、意図的に言ったのは間違いないだろう。
まるで、気持ちを試されているようで、清は落ち着かなかった。
心を落ち着かせるために、息を大きく吸ってから吐き出した。
落ち着けば、一つだけある変化に気づいた。
(……灯の喋り方が軽くなっている?)
先ほどまで、灯の変化に気づかなかったが、昨日の出来事以降から変わった感じがあるのだ。
過去をお互いに知ったことで、少しは気が楽にでもなったのだろう。
「あ、あの、予定を聞いてきた清くんは、何か予定でもあるのですか?」
黙っていた時間が長かったので、心配されてしまったようだ。慌て気味に聞いてきた灯には申し訳ない。
「俺は常和と魔法勝負するくらいかな」
「えっと、最初の休日なので、明日でしたよね?」
「ああ、そうだな」
決めていたのが最初の休日なので、常和達とは明日、魔法スタジアムで落ち合う約束をしている。
その時に、改めて常和と考えの食い違いについてしっかり話す、と灯は言っていた。
昨日の夜に電話である程度の説明をしていたが、直接会って話したいタイプなのだろう。誠実、と言ったところだろう。
「……あとはあれだな、読み切れていない本を読むくらいかな」
「清くんは今も昔も変わらず、本を読むのが好きですね」
「ああ、本はいいもんだよ。知識の泉に知恵をくれるからな」
自慢げに話してしまい、灯にクスクス笑われてしまった。
だけども、灯の自然に笑う笑顔が戻ってきた、と思えば安いものだろう。
無理に作った笑顔よりも、普通に笑っている方が可愛いものだ。そう言いたかったが、清は心の中で留めておくことにした。
そんな思いを重ねていると、灯が近くにあった本へ手を伸ばしているのが見えた。
寄せるように「ほら」と取ってあげれば、灯は満面の笑みをこぼした。
動く勢いで水色の髪がふわり、と揺れつつも、テーブルの真ん中に本は置かれた。
本の内容は、星座の予定が年間で書かれているものだ。星座を見る際は、清もよくお世話になっている。
「清くん、この本を一緒に読みませんか?」
「そうだな、ちょうど暇をしているし読むか」
「……嬉しい。ありがとう」
「知らん」
「相変わらずですね」
「う、うるさい」
「ふふ、可愛いですね」
「あの、もうさ……灯のペースでいいから早く読まないか?」
灯は「そうですね」と言いながら、本のページを優しくめくり始めた。
普通の会話をしているとはいえ、油断をすればすぐに不意を突かれそうだ。
ばれない程度に軽く呼吸を整え、清は本に目をやった。
この本には星座の事が書いてあるだけでなく、惑星や、日食から月食、観測データなどの様々な情報が記載されているのだ。
細かい知識があれば深く楽しめると思うが、専門的な知識は生憎、清の不得意分野だ。
読んでいる灯は楽しそうにしている、内容がわかるのだろうか。
灯のめくっていた手は、十二月の星座表で止まった。
「清くん、十二月に見える星座だと何が好きですか?」
「俺か、そうだな……オリオン座かな」
「……聞いておきますが、その理由は?」
灯は何故だか、呆れたような声で理由を聞いてきたのだ。
「見つけやすいからだけど、それ以外に理由なんてあるか?」
オリオン座は、星が三つ並んでいるのを探して、そこから繋ぐ二つの星を探せば簡単に見つかるのだ。もはや、見すぎてどの方角に現れるのかわかるほどだ。
「成長してないのですね」
「……あ、確かさ、過去も同じやり取りしたよな」
「ええ、せめてオリオン座から派生している、冬の大三角くらいは覚えましょうね」
灯からしてみれば、清がオリオン座だけしか覚えていない前提らしい。
実際のところ、間違っていないので反論できない。
覚えているとしても、オリオン座の一等星の名前である、ベテルギウスくらいだ。もしくは、ふたご座のポルックスと言ったところだ。
「私が十二月に見る星座で、好きな星座は何だと思いますか?」
「ふたご座、だろ? そのポルックスから繋がる、冬のダイヤモンドを見るのが好きなんだろ」
「え、清くん、覚えていたのですか?」
「……記憶を忘れていても、それだけは覚えていたからな」
灯は小さな声で「ばか」と言い、頬を赤く染めていた。
それから、灯は急ぐように、次のページにめくろうとしていた。
――次の瞬間、姿勢を崩した灯がこちらに倒れこんできたのだ。
反射で受け止めようとしたが、間に合わず、灯は清の腿に体から倒れこむ形となった。
(……なんでこうなるんだよ!?)
予想外にも程がある。
灯もびっくりしたのか、瞳をパチクリ、とさせ固まっている。
「灯、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……です」
「怪我はしてないか?」
「怪我なんてしないですよ。清くん、大げさですよ?」
「す、すまん。ただ……灯の肌に傷がつくのは嫌だから聞いただけだ」
小さく呟きながらも、灯を優しく起こした。
軽く持ち上がったのは、灯が女の子だからだろうか。また、ひんやりした感覚があったあたり、冷え症なのは間違いなさそうだ。
それにしても、灯が頬を赤く染めているのは何故なのだろう。
変に聞こうものなら、逆鱗に触れそうな気がした。
「清くん、優しいですね」
「どうした急に?」
「……別に、なんでもありません。続きを読みましょうか」
気に触れるような事を言ってしまった、と思ったが大丈夫だったようだ。
ふと気づけば、何事も無かったかのように、灯は本を読み進めていた。
何も言わず、清も後を追いつつ読んでいった。
しばらくして読み終わり、時計を見れば、二時間ほど読んでいたのがわかった。
「清くん、一緒に読めてとても楽しかったです!」
「俺も灯と読めて楽しかったよ。ありがとう」
思えば、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
先ほどの出来事を思い出せば、自然に見せる灯のうっかりは可愛く思う。
灯を見たままなのがまずかったのか、不思議そうにこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、今の素直でいる灯が一番可愛いなって思って」
「……い、いきなり何を言うのですか!? この馬鹿!」
……直接言うのは良くなかった。灯は顔を真っ赤にして部屋に帰ってしまったのだ。
少ししても下りてくる様子はなく、リビングには沈黙が漂った。
清は反省しつつ、灯が下りてくるのを待つだけにした。
その後、灯が部屋から出て下りてきたのは、夜になってからだった。
灯曰く、恥ずかしさを紛らわせるために眠ってしまったらしい。
清は一人の時間が寂しかったので、灯を本気で照れさせるのはやめよう、と心に誓った。
この度は数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。
今話からfragment og memory第二部に入りました!読んでくださる読者様のおかげです。本当にありがたい限りです。
これからも、皆様が楽しめる文を書けるように精進しつつ、私の世界にご案内いたします。