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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百十二:希望で満ち溢れる理由

 次の日から、校内は学園祭の準備で賑わいを見せ始めていた。

 三年に一度、ましてや窮屈な学校の中での大行事となれば、危険人物がどうの関係なく気を楽にしたいのだろう。


 清としては、この学園祭でどのクラスよりも自分たちのクラスが輝き、最高を原点にして頂点にしたいと願っている。


 常和や心寧、灯もそれぞれの意思を持って臨むと思われる学園祭に、希望以外の言葉は似あうのだろうか。


 そんな希望に満ち溢れた現在、清たちは授業の時間を使い、あるお店の前に来ていた。


 黒茶色の木材の壁に覆われ、白い縁の窓が備え付けられたお店――真奈のお店だ。

 四人で木製のドアの前に立ち、静かな時の流れを感じていた。


 そんな沈黙の空気を破るように、常和はこちらを見て三人に合図を送り、ドアをノックした。


 ドアをノックして数秒もしないうちに、ドアは音を立てずにゆっくりと開き、白色の長い髪と共に真奈が隙間から顔を覗かせている。


「真奈おばさん、こんにちは! 実は頼みたい事が――」


 常和が頼もうとした瞬間、ドアは音を立てて勢いよく閉じられた。

 心寧は真奈の反応が予想外だったらしく、ドアに飛びつくように近づき「真奈叔母様!?」と驚いてドアを叩いている。


 心寧は何気なくドアを叩いているが、現実世界であれば間違いなく原型をとどめていないだろう。



 数分後、結局のところ真奈のお店の中に入り、五人でテーブルを囲って椅子に座っていた。

 真奈のお店に急に着たわけでなく、これでも一応、昨日のうちに常和と許可を取っているので問題はないだろう。


 真奈がドアを閉じた理由を話してくれないため、行動は闇に葬られることとなった。


「あなたたちが来るのは知っていたけど用件は何かしら?」


 穏やかな口調で真奈が言ってくるため、険しい声を聞きなれ始めた清からすればむず痒さがある。


 テーブルに置かれたコップから香るお茶の匂いが、今の空間を調和させているようだ。


 隣に座っている灯に関しては、実際に真奈に会ったのもあり、緊張しているのか清の手をぎゅっと握り締めている。


「真奈おばさん、俺らの学校で学園祭をやる事になったから、協力してほしいんだ」

「それくらい知っているわ。私も周辺地域の一人よ」

「とっきー、省略しすぎだよー。真奈叔母様、私達はその学園祭の出し物として、地域の人達に身近である、歴史を伝えたいと思ってるの」

「それがここと関係ある、って言いたいのね」

「そうだ。真奈おばさんの伝統ある工芸を、俺らの学園祭で使わせてほしいんだ」


 常和が用件を言い切れば、真奈は悩んだ様子を見せていた。

 引き継がれた伝統工芸であるからこそ、人前で見せたくないと真奈は言っていたが、本心はどう思っているのだろうか。


 本当に見せたくないのであれば、悩む必要は無いと言える。だが、常和や心寧のお願いありきのため、心を揺さぶられているのかもしれない。


 真奈は組んだ腕を膝に置き、真剣な目をしていた。

 その真剣な目からは、確かな熱さを感じさせてきている。


「厳しいことを言うようだけど、青春を謳歌する若者……ましてや高校生がやるような事かしら?」


 と言ってくる真奈に、清は息を呑むしかなかった。

 灯や常和、心寧にも言葉は鋭く刺さっているのか、重たい空気が滞っている。

 真奈が言いたい深層心理までは辿り着いていないが、恐らく他のクラスの出し物と比べて、明るさが無いことを指しているのだろう。


 しかし四人の中では、創られた物や展示される物に罪は無いと思っており、見せる人の振る舞いによって輝きは底上げされると希望を抱いている。


 どれだけつまらない物語であっても、キャラや文章が引き立っていれば、思わず気になって読みたくなるのと同異議の様に。


 まったりした日常はつまらない、面白いとは結局何なのか、といった人間の持つ上部面の意見ではなく、心理の全てを見透かす意見を見つけたと言えるだろう。


 重たい空気が場を包んでいた時、心寧が口を開いた。


「真奈叔母様、学園祭を通して、引き継がれた伝統を知ってもらうキッカケに――」

「伝統を知ったところで、出来もしない口が達者な子しか居ないからね」


 話の論点がずれている、というよりも真奈は、学園祭で引き継ぐ者が出てくる可能性を無いと見ているのだろう。


 何十年も引き継ぐ者が居なかったからこそ、真奈は人前に伝統工芸を見せる意味を見出せないのかもしれない。

 また見出せたとしても、顧客を大事にしている真奈からすれば、余計な手間になる可能性だってある。


(……何か良い手は)


 八方塞がりかと思った時、常和は急に椅子から立ち上った。

 そして、真奈とひりつくような視線をぶつけ合っている。


「物事を頼む姿勢かしら?」


 真奈がそう言った瞬間、常和は姿勢を正し、深々と頭を下げていた。


 三人が驚いているのも束の間、常和はしっかりとした口調で言葉を口にした。


「伝統は、今まで変えられないを基準で人前に出せませんでしたが、一定の基準まで下げた物を提供できませんでしょうか」

「真奈叔母様、うちからもお願いします」

「真奈さん、俺からもお願いします」

「私の方からもお願いします」


 常和と同じく、清と灯、心寧も椅子から立ち上がり、真奈に頭を下げた。

 本気でやりたくとも、言葉や行動でも伝わらない可能性はある。それでも、皆で一つの希望を目指し、歩むために。


 頭を下げていれば「しょうがない子達だね。頭を上げなさい」と真奈が言った為、四人は頭を上げた。


 真奈を見れば、悩んだ様子はあるものの、穏やかな表情をしている。


「ちょっとだけ時間をちょうだい」


 と、真奈は言い残し、奥の部屋に入っていった。

 そんな真奈の後ろ姿を見て、四人で顔を見合した。


「どうなるのでしょうか?」

「要望が通ることを祈るしかなくないか」

「まことーの言う通りだねー」

「真奈おばさんの事だ、信じて待ってようぜ」


 常和の言葉にうなずき、真奈が戻ってくるのを待つことにした。


 数分後、ドアは開き、白い髪を綺麗に束ねた真奈が姿を見せた。

 白い髪は、真奈自身が創ったアクセサリーで束ねられており、本人に一番合う輝きを生みだしている。


 緊迫感漂う中、真奈は静かに椅子に座った。


「あなたたちの思いは確かに受け取ったわ。出来るかどうかは不明だけど、やれるだけやってみましょうか」


 花咲く希望に「ありがとう」と四人は立ち上がり、喜びの声を上げた。

 何事もやってみなくては前に進めない、という現実の壁を今、乗り越える事に成功したのだから。


 もし断られた場合は、資料の提示だけで各自が自由になるという、ある意味で最悪の結末を迎えていただろう。


 四人の喜びを見ていた真奈は、小さく笑みを宿していた。


「私も焼きが回ったのかね。なんでだろうね、あなたたちを見ていると、若い世代にかけたくなったのよ」


 呆れているようで、嬉しそうな真奈も、過去から未来へ進んでいるのだろう。


 まとめに入ろうと椅子に座れば、真奈は不思議そうに灯を見てきていた。


「そう言えば、水色の瞳をした女の子の名前を聞いていなかったわね」

「あ、申し遅れました……星名灯と言います。これからよろしくお願いします」

「ほしの……あの子の娘さんかしらね」


 ぽつりと呟く真奈に、清は首をかしげるしかなかった。

 自分の彼女が灯という名前なのは、以前の自己紹介で教えているはずだ。だが、真奈は苗字に心当たりがあるのか、微笑ましいような表情をしている。


 疑問が残りつつも、真奈が灯に自己紹介を終えた後、改めて四人の方をしっかりと見ていた。


「一つだけ聞かせてちょうだい。どうして、あなた達はこれほどまでに希望で満ち溢れているのかしら?」


 真奈のその問いに、常和と心寧は迷いなく口を開いた。


「手を取り合う大切さを教えてくれた、清のおかげだ」

「うちも、まことーが居てくれたおかげだよ。まことーと会わなきゃ、あかりーとも会えなかったかもしれないからね」

「私は――清くんが居てくれるから」


 一つの希望を示した三人に、真奈は拍手を送っていた。

 清的には、自分の名が希望を示す意味で出されるとは思っていなかったため、心の奥底までむず痒さがある。


 真奈は椅子から立ち上がり「良い子達だね」と言って常和と心寧、灯の頭を優しく撫でている。


 三人の頭を撫でた後、真奈は清を真剣に見てきていた。


「まこちゃんはどうなのかしら?」

「俺の言葉はとっくに決まっています――」


 そう、言葉にする必要が無い程、想いは密かに花を咲かせている。

 灯や常和、心寧が居たから、手を貸してくれたから、自分は此処までやってこられた。

 希望という言葉で片づけたくないと思えるくらいに、三人に対する感謝の気持ちで溢れている。


 魔法世界に来て、清は初めて、嬉しさで泣ける希望を見つけたのだから。


 清が言葉を述べた時、窓から差し込んだ光は、窓辺に咲く一凛の白色の花を美しく輝かせるのだった。

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