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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百九:君の言葉だけで満たされるもの

「ただいま」

「清くん、おかえりなさい」


 家に帰って帰宅の言葉を口にすれば、リビングの方から灯がひょっこりと顔を見せた。

 灯はご飯を作っている最中だったのか、透き通る水色の髪は一つに束ねられ、見慣れたエプロンを着用している。


 灯が歩いて近づいてくれば、エプロンは優しくゆらりと揺れている。

 そんな灯の様子に見惚れていると、灯は不思議そうにこちらを見てきていた。


「お風呂とご飯、どっちにしますか?」

「……灯が作ってくれたご飯が冷めないうちに食べたいから、ご飯で」

「ふふ、準備しておきますね」


 笑みで承諾してくれた灯の表情は、どこか眩しいように見えた。

 気づけば体に力を入れていなかったのか、清は棒立ちして灯を見ている状態だ。

 普段ならそそくさと準備する清だが、今回は玄関で棒立ちしていたのもあり、灯が首をかしげて見てきている。


 学校の鞄を落とさずに持っているだけ、今の状況だと奇跡と言えるだろう。


「……清くん、どうかしましたか?」

「いや、何でもない」


 なぜ胸騒ぎがするのか、灯を直視すると鼓動が速まるのか、理解できなかった。

 灯の事が好きなのは、自分自身が一番理解しているはずだ。

 気づけば、清は鞄の持ち手をぎゅっと握り締めていた。

 指は手のひらに当たり、物を挟んでいるにもかかわらず、確かな痛みを教えてきている。


 真奈に言われた『彼女さんをちゃんと見てやるんだよ』というのが関係しているのだろうか。


 常和にも話した、向き合う真剣差が足りていなかったからこそ、灯と改めて向き合い、心が動揺して揺れているのかもしれない。


 沈黙は長く、棒立ちで玄関から動かなかったのもあり、灯は心配そうにこちらを見てきていた。

 そして、小さな手を清の額に伸ばそうとしている。


「ごめん。荷物置いてくる」

「……清くん」


 そんな心配そうな灯の呟きの声を耳にし、灯の手を避けるように、清は二階へと無我夢中で駆け上がっていた。本来であれば階段の上がり下りで音を立てない清が、音を立ててしまう程に。


 自室に入ってドアを閉めた清は、ドアに寄り掛かりながら胸を撫でていた。


 灯の気持ちを無下にしてしまったかもしれない、灯に迷惑をかけてしまったかもしれない、そんな悩みが今では渦巻いている。


「なんだ……この気持ち」


 灯に初めて恋をした時のようで、それでいて温かい気持ちが、今も鳴りを潜めず揺れているようだ。

 言葉に出来ない思いを胸に、清はドアに背を当てたまま、滑るように床に座り込んでいた。


 その時、ドアをノックする小さな音が鳴り響く。


「……清くん、落ちついたらご飯にしましょうか」


 ドア越しから聞こえた灯の声に、清は目じりが熱くなっていた。

 自分の気持ちに偽ることをせず、目元を手で拭い、ドアの方にそっと頭を寄りかける。


「灯、いつもすまないな。……ありがとう」

「その感謝の言葉だけで、私の気持ちは満たされていますから」


 落ちついた灯の声は、清の胸の奥に優しく響いている。

 灯との間に、ドアという隔てる壁があり、姿は見えないにもかかわらず、背中合わせであると感じさせてきていた。


 お互いに言葉を交わし、好きだと伝え、今があるから理解できるのだろう。

 準備をすればいいのにと思ってしまう反面、近くに居てくれる灯の存在は嬉しいものだった。


 今日は涙を流さない。涙を流すのは、嬉しい時のみで十分だ。



 落ちついた後、灯と夜ご飯を食べ終えてから、清はダイニングテーブルの椅子に座っていた。

 普段ならソファで話し合っているが、今日は対面上に座り、灯の顔を見たいという自分のエゴだ。


 他とは違う、自分だけが愛おしく思える透き通る水色の瞳に、灯の柔らかな表情は心に染みゆくものがある。


(本当に灯さまさまだな)


 現在、テーブルには湯のみが置かれている。

 そして湯のみから香るのは、温かい緑茶の香ばしい匂いだ。

 清が淹れれば、匂いを堪能するどころか、苦み成分を全力で引き出していただろう。


 清からすれば灯の匂いの方が好きだが、お茶を飲んでいる今の時に言えば、間違いなく灯が頬を赤くしかねない。


 小さな手から湯のみがテーブルに離れれば、そっと重たい音が鳴る。


「そう言えば、お手伝いはどうでしたか?」

「ああ、今日は鍋での混ぜ方を見たり、形の創り方を見たり……手伝いって言えるのか?」


 清が疑問気になっていれば、言葉を聞いている灯は首をかしげていた。

 今思えば、灯にどのような仕事内容とは言っていないため、不思議になっているようだ。

 灯は、休憩中にマニュアルを読んでいた清の隣で一緒に見ていたが、どの職種に当たるかを知らなかったのだろう。


 心寧から伝わっていると思ったが、心寧は灯に伝えていないのかもしれない。


「ああ、真奈さんのお店、工芸を主にしているお店なんだよ」

「そうだったのですね……心寧さんの髪飾りもそこが起源なのでしょうか?」

「真奈さんがお手本に創っていたのはそれだったし、そうなのかな?」


 なんで清くんが疑問気なのですか、と言いたげな灯の視線に、清は苦笑するしかなかった。


 清自身、真奈のお店の名前を知らなければ、工程を見ることしか未だに進歩が無いのだから。

 清は誤魔化すように、湯のみを手に取って口に含んだ。

 柔らかながらも濃いお茶の風味は、口に味を伝えたのち、鼻に匂いを伝えてきている。


「疑問だったのですが、清くんはお金で買うためで無いとしたら、何かを創るためにそこでお手伝いをしているのですか?」


 じっと見てきていた灯に爆弾を投下され、清は思わずむせてしまっていた。

 灯に心の裏を読まれているわけではないが、行動や手順からしていきついた考察にしては、清に対する火力が高いのだから。


 清は確かに、灯に指輪を送るため、真奈の下で学ぶ形になっているようなものだ。


 考察とはいえ、どうしたものかと、清は頭を悩ませるしかなかった。


「……まあ、創りたいものがあるんだよ」

「ふふ、何を創りたいのか分かりませんが、清くんの頑張りを応援していますよ」

「……常和みたいなことを」


 もはや裏で手を組んでいるのではないかと思える言葉に、清は目を逸らしていた。

 透き通る水色の瞳を輝かせていた灯は、目を逸らしたのが気に食わなかったのか、ムスッとした表情をしている。


 白い頬を膨らませ、幼い子に優しく怒る母親の様な表情を。


「また私の知らないところで自分を卑下していたのですか?」


 卑下をしたかと言われれば、少なからず卑下しただろう。

 清が目を逸らしてだんまりを決めていれば、小さく引きずる音を聞こえてきた。

 ふと気づけば、灯は椅子から立ち上がったらしく、こちらに近寄ってきている。


 見下ろす灯を見上げるように清が顔を上げれば、灯は透き通る水色の瞳でじっと見てきていた。

 沈黙の間が訪れ、気づけば息を呑み込むほどだ。


 そんな空白の時間に、小さな手は清の頬にそっと近寄り、ふにゃりと摘まみ上げた。

 摘ままれたのならまだしも、灯はそのまま頬をむにっと引っ張ってきている。


「急に何をするんだよ」

「今日、心寧さんがやっていた分を私がやっているだけです」


 ふと思い出せば、学校の時間で心寧が清の頬を引っ張っていたのを見ていた灯は、少なからず根に持っていたのだろうか。

 自分は灯のものだと言い張れるが、灯はそれだけで満足しないと思われる。


 清はひりひりとした痛みに音を上げる前に、灯の小さな手を優しくつかんだ。


「清くんは清くんらしく、でいいのですからね」


 と言う灯の瞳にぶれは無く、じっとこちらを見てきている。

 心が打たれるような視線に、清は優しく灯の手を取り、灯の方に戻した。

 息をそっと吸い、柔らかな表情をして見せる。


「ありがとう、元気が出たよ」

「なら良かったです。……甘えておきますか?」

「今は大丈夫だ」

「ふふ、清くん、めずらしく照れていますね」

「はいはい、今日は俺の負けですから」


 頬を面白そうに突っついてくる灯に、清は微笑ましく思うのだった。

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