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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百八:頑張る背中は他の希望になる

 真奈の手伝いを終え、清は常和と共に帰路を辿っていた。

 日は沈みかけ、輝きと暗みの帯びたオレンジ色で世界を包み込んでいる。

 夕方という、本来対極の立場にある太陽と月が唯一混ざりあい、手を取り合って夕暮れ時を誕生させる瞬間。


 一人では成しえない、二人だからこそ生みだせる、時間の境界線の中を今日も歩いている。


 靴が固い地を弾いて足音を立てる中、清は空を見て、気づけば鼻で笑っていた。

 隣で清を見ていた常和は、不思議そうに首をかしげながらも、ゆっくりと両腕を伸ばしている。


「清、真奈おばさんの仕事姿勢には驚いたか?」


 半笑いしたように聞いてくる常和は、今日あった感想を聞きたいのだろう。

 清は真奈の様子に驚きはしたが、驚きよりも先の未来を見られた気がしている。


「……最初は驚いたけど、信頼度は高くなったかな」


 過去にあった裏切りや騙しを今も掘り返すことがあるため、第一印象ではなく、信頼できるかの積み重ねで決めている節が清の中にはある。

 真奈が裏切る、というのは仕事姿を見れば到底思うはずないが、清はひっそり恐怖と戦っていてならない。


 信頼する勇気があれば、自分が傷つくのに恐れず、多くの関わりを得ているだろう。

 上目面の関わりではなく、ちゃんと寄り添った気持ちでありたいと思う清からすれば、関わりなんて二の次だ。


 ふと気づけば、常和は驚いた表情でこちらを見てきていた。

 常和が何に驚いているのか理解できない清は、不思議と首をかしげるしかない。


「……常和、どうした? 俺の顔に何かついてたのか?」

「いや……てか、話題的にそうはならないだろ!」


 二人で顔を見合せ、ふと笑い合っていた。


 常和は少し笑った後、そっと空を見上げている。

 オレンジ色に暗みかかった、夕方の空を。


「真奈おばさんのお店なんだけどさ」

「何か訳ありなのか?」

「清が知っているのか知らないけど、あそこで働いた人は片っ端から一日も経たずに辞めているから、今では数十年以上……伝統を引き継ぐ者が居ないんだ」

「あれがそんなに厳しいものなのか?」


 なんでわかってないんだよ、と言いたげな常和の視線に、清は思わず頭を下げていた。

 見ていた感じ、やることは簡単そうだったが、実際に触ると違うのだろうか。

 今日は真奈のやり方を見た後、常和が来てから一緒に補佐に回ったため、清は直接的な情報がそこまで無いのだ。


 間接的に入手した情報と、直接的な情報とでは、曖昧な境界線が存在しているようなものだろう。


「真奈おばさん、普段と仕事じゃあ温度差が違うだろ?」

「ああ、確かに。太陽と月みたいな感じだよな」

「仕事に対する熱意は真奈おばさんの良いところであって、唯一の固い部分でもあるんだよな」


 常和はどこか上の空のように言っていた。また「大半は混ぜる作業が出来ないのも問題なんだけどな」と常和が言っている辺り、真奈の性格以前の話もあるのだろう。


 辞める人に関しては、自分が当事者として見ていないのもあり、口を出せるような話題ではない。

 今では笑い話のように話しているが、常和というよりも、話題に出ている真奈は寂しくないのだろうか。


 清からすれば、仕事をしている際の真奈の横顔は、どこか寂しそうに見えたのだから。

 また常和が話していた、数十年以上も一人で伝統工芸を引き継いでいるともなれば、十数年生きた自分自身の人生では計り知れないものだ。


 気づけば、隠れようとしていた金色(こんじき)の光が、前を歩く常和の背を眩しく輝かせていた。


「さっきも言ったけどさ……真奈さんの変化に最初は驚いたけど――向き合う真剣さは、今の俺に欠けているものだからこそ、信用できると思っているんだ」


 清は、常和に話しているつもりだったが、まるで独り言のようにぽつりと呟いていた。


 そんな小さな呟きは常和の耳に届いていたのか、背中を揺らしていた。

 声は聞こえないが、笑っているのだろう。

 常和は笑い終えたのか、柔らかな横顔が視界に映りこんできた。夕日が隠れ始めているのに、日があるような表情をして。


「そういう清の謙遜しがちなところ……真面目なとこに真奈おばさんは心を許したのかもな」

「……俺、また何かやらかしていたのか?」

「いやいや! だから何でそうなる!? いくら清が鈍感でも、星名さんじゃあるまいし、気づかない筈がないだろ……」


 常和は呆れた表情をし、両手のひらを空に向け、肩付近に近づけてからピクリと上げてみせた。

 なぜ常和に不思議がられているのか理解できないため、清は首をかしげるしかなかった。


 気づけば、常和は歩いていた足を止め、立ち止まってこちらに振り向いている。

 常和の表情に一切の陰りや雲は無く、柔らかくした真剣な表情をしていた。


「一生懸命な清を見てると元気をもらえるから、皆も協力したい、頼ってもらいたいって思うんだろうな」

「そうか?」

「はは、そんな謙遜すんなよ」

「……別に俺は、頑張るのは灯のため……俺の為だから」

「おやおや、星名さんのことになるとやけに素直ですな」


 清は自分で言った言葉であるが、どこか照れ臭かった。

 この十一月に入ってから、灯の事を考えなかった時間があるかと聞かれれば、間違いなく否だろう。

 目標、星の明かりが目印となって存在している以上、一歩ずつ進むしか道は無いのだから。


 常和はそっとこちらに近寄り、優しく肩に手を置いてきていた。


「そういう一途の思いある頑張る所が、類は友を呼ぶんだよ」

「だから、それは灯の笑みを――自分の為だって!」


 最高の親友の前とはいえ、誤爆した自分に恥じるように清は顔を赤くしていた。

 常和はそんな清に笑わず、肩に置いた手をぶらさず、真剣な目で見てきている。


「清、星名さんも同じことを言っただろ」

「……細かくは言ってないけど、あの日、四人でご飯を囲んだ日に言われたな『類は友を呼ぶ、ですね』って」


 開かれた記憶の本は、自分にとっては本当にもったいないと思える親友や仲間でありながら、一番誇れる世界を超えた最高の宝物だ。

 気づけば、魔法の庭の夜に話した思い出に、鼻で笑っていた。


(……灯、常和、心寧、いつも一緒に居てくれてありがとう)


 清は空を見上げ、夜になりゆく空で輝く一番星を見つけ、そっと手を伸ばして掴むのだった。

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