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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百五:君だけの自分で居ると決めている

「清くん、職場の方はどうでしたか?」


 その日の夜、テーブルに置いたサイン書と見合って入れば、灯がマグカップを横に置きながら尋ねてきていた。

 清はそっとサイン書を避け、隣にふわりと座った灯に目をやる。


 マグカップから漂う湯気に甘い匂いは、寒い季節にぴったりのココアが入っているのだろう。

 透き通る水色の瞳は優しくも、ただ真剣にこちらを見てきている。


「ああ、良い場所だし、良い人だったよ」

「……良い人、ですか」


 良い人と言ったのが悪かったのか、灯はムスッとしたような様子で顔を近づけてきていた。

 頬を膨らませているのを見るに、何か余計な事を言ってしまったのだろうか。

 もしくは灯に対する返答に食い違いがあり、自分が気づいていないだけだろう。


 不思議と灯に詰め寄られている状況なため、清は困惑するしかなかった。

 困惑したところで灯が言葉を口にしないため、状況が動かないのも事実だ。

 気づけば、灯は小さな手でそっとこちらの服の袖を掴んできていた。

 透き通る水色の瞳はうるりとし、愛おしそうに清の姿を反射している。


「……灯、どうしたんだ?」


 そう尋ねれば、灯はこちらに手を近づけ、ふわりと前髪を避けてくる。

 前髪が避けられた時、灯の顔が美しく鮮明に映りこんでいた。


「清くんがかっこいいから、取られちゃったらどうしようって」

「……灯の前から絶対に離れることは無いから。安心してくれ」


 小さな手を取り、両方の手で包み込んで温めるしか無かった。


 真奈がこちらに手を出してくるとは考えにくいが、同じ異性である灯からしてみれば恐れる部分になってしまうのだろうか。

 灯一筋の清としては、心が揺らぐことがなければ、灯の料理や共に居る時間でしか満足できない状態の事実がある。


 灯にさらっと褒められているため、未だに自信がない清は目をそむけたくなるが、ぐっと喉の奥に言葉を飲み込んでおく。


「で、でも……」


 絶対と言っても灯は不安なのか、目を右往左往させて口ごもっている。

 清が透き通る水色の髪に手を伸ばして優しく撫でると、灯は小さな笑みを宿していた。

 灯はそれでも不満ではあるらしく、可愛らしい白い頬をぷくりと膨らませている。


 誤魔化されている気がします、と言いたげに灯が見てくるため、頭を撫でるだけでは満足していないのだろう。


 清自身、灯の頭を撫でて解決できるとは思っておらず、そっと鼻で笑った。


「もし何かあれば、常和には悪いけど断ち切るつもりでいるから」

「え、でも、それだと清くん……」

「灯、それだったらまた一歩ずつ手探りでも進んでいくさ、今まで通りにな」


 もし話が白紙になってしまったとしても、清には指輪の件で折れるという考えはなかった。

 灯をこの腕で包み込み、涙さえも受け止め、星の明かりが輝くような笑みを見ると決めているのだから


 灯は決意を聞いて安心したのか、そっと息をこぼしていた。

 そんな灯の様子を見て、清はふわりと小さな手を取った。


 左手で自分の方に小さな手を寄せ、右手の小指を灯の右手の小指と結んでみる。そして、ゆっくりと親指を立て、小指を結んだまま親指の腹をお互いに合わせた。


 今までの約束とは違うやり方なのに、結んだ手をお互いに見て、気づけば笑みをこぼしあっていた。

 無言であるのに、約束を交わせるおまじないの方法だ。


 清と灯の中では、小指を結ぶのは星の見守る下で嘘をつかない印、という暗黙の了解がある。

 また親指を立てて合わせたのは、清が勝手に灯を好きであると意味しているだけだ。


 意味を深く考えていなさそうな灯は笑みをこぼしているが、今の清からしてみれば、それだけが最高のご褒美だった。

 ムスッとした灯の表情よりも、自然的に笑みを宿している灯が好きだからだろう。


 ふと気づけば、灯は落ちついたのか、マグカップを持って寄り掛かってきていた。

 ココアを飲んでいる灯を横目に、清は置いておいたサイン書に目をやった。


 灯は清の目線に気づいたのか、同じくサイン書に目をやって内容を読んでいるようだ。


「……清くん、何か困っているのですか?」

「え、ああ、実は……」


 清の中では、親のサインが必要であることを灯に言わない方がいいのか、といった葛藤が一瞬でも湧いていた。

 灯の場合、間接的に親が見守っている状態だ。だが、彼女はその存在、記憶を忘れた状態なのだから。


 ためらいが生まれてしまったのは恐らくそのせいだろう。


 清はそっと息を吸い、灯を真剣に見た。


「あのさ、手伝うのはバイトと同じ主の条件下にはなるみたいだから、親のサイン、もしくは親代わりのサインが必要だ、って言われたんだ」

「そんな事でしたか」

「そんな事ってなんだよ」

「いえ。だったら、ツクヨを使えばいいじゃないですか。ツクヨが私達の親権は握っていますし、拒否するとは思いませんよ」


 灯の口からツクヨの名前が出るとは思っておらず、清は気後れしていた。

 淡々と言われたとはいえ、ツクヨが親権を握っているというのは忘れかけていたが事実である。

 魔法世界だから放置されるのではなく、どちらかと言えば安全に生きる術を身に着けられる状態に近いのだから。


 世渡りや世間対を気にする、そんな現実世界とは真逆のような立ち位置であるこの世界で。


「そっか、ツクヨさんに頼めばいいのか」

「そうですよ。私は出来るなら頼りたくないですが、親の権限が必要となればいつでも頼ればいい、とツクヨから言われていますから」

「ありがとう灯。迷いが晴れたよ」

「清くんのお役に立てたのなら何よりですよ」


 小さく微笑んでココアを飲んでいる灯は、先ほどの迷いのお返しです、とでも言いたいのだろう。

 救い救われの関係でもある灯とは、お互いに笑みでありたいものだ。


 清はそんな灯の様子を見て笑みをこぼし、サイン書をソファの隣に立てかけておいた紙袋にしまった。


(……あ、そういえば真奈さんから灯に、ってもらっていたんだ)


 清は、サイン書をしまう時に見えた冊子を取り出した。

 テーブルの方に出せば、灯も見ていたらしく、何ですかそれ、といったように首をかしげている。


 取り出した冊子は、創作物を見ている際に真奈が灯に渡してほしいと頼んできたもので、清は受け取って紙袋に入れたままだったのだ。

 入れたままだったというよりも、帰ってきて先に夜ご飯になったから、が正しいだろう。


「これ、真奈さんって人に貰った小説のショートストーリー冊子。灯が好きだ、って言ったら渡してほしいって頼まれたから」

「ま、清くん、これって!? 私が読んでいる小説で、応援のメッセージも書いて送った人ですよ!」

「よかったな、灯」


 何で他人事なんですか、と言いたげな灯は、渡した冊子に目を輝かせていた。

 灯は思わぬ出会いに心が温かくなっているのか、見ているこちらの方が焼き切れてしまいそうだ。


 真奈の直筆サインが表紙に入っているのもあり、今では手に入らないプレミアムになっているらしい。

 魔法世界だから複製できると思うだろう。だが、真奈の書いている小説やサインの文字は、魔法の宿らない命ある文字であるため複製という偽造品が出回ることは無いのだ。


「清くん、この人いい人ですね」

「真奈さんに灯は会いたいのか?」

「私の憧れではありますが、実際に会うとなれば……恥ずかしいですよ」


 そう言って顔を背ける灯は、本当に真奈の描く物語が好きなのだろう。


(俺もこれ以上の輝きになるようにしないとな)


 清自身、灯に指輪を笑みで受け取ってほしい気持ちがある。だからこそ、冊子を受け取って輝いている灯の瞳を見ていると、自分で渡すものを頑張って形にしようと思えるのだ。


 当たり前の笑みではない、泣きたいほど感動できる瞬間が訪れるように。


「……俺も頑張るか」


 小さな意思を輝かせて燃やしている清の顔を、灯は嬉しそうに見ているのだった。

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