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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百四:新たな出会い、自分で描いて創る場所

 次の日、清は常和と共に学校から少し離れた場所にあるお店に来ていた。

 外見はレトロな雰囲気漂わせる黒茶色の木材の壁に覆われ、白い縁に覆われた窓が備え付けられている。また外から見える、窓の内側に置かれた植木にある白色の花が目を引いてきていた。


 外見に見惚れてしまっていたが、隣にいる常和が手に持っている荷物も不思議なままだ。


 ふと気づけば、常和はドアノブに手を触れ、こちらを見てきていた。


「清、事前に話は通してあるから安心して入っても大丈夫だ」

「……何が大丈夫なんだ?」

「まあ、近いうちにわかるさ」


 そう言って常和はドアを開けた。

 清は不思議に思いながらも、常和の後に続いてお店の中に入っていく。


 中に入れば、中央には大きな黒い鍋が置かれており、壁際には作業台と思われる机が置いてある。

 そっと周囲を見渡せば、小道具や小物類が一つの家具のように置かれ、木材品質で手作り感のある家具類が内装の全貌を露わにしていた。


 見渡し終わった清は、言葉が出なかった。

 魔法世界という位置にあるお店だが、他とは一線を画していると言える。


 良い意味で古臭さがありながらも、柔らかな雰囲気をした場所は、清が行ったことのある場所では見たことがないのだから。


 常和がそんな清を横目で見ながら、慣れた手つきでテーブルに荷物を置いた時、奥に見えるドアが静かに開いた。


「あら、時間通りね。いらっしゃい」

「……こんにちは」

「真奈おばさん、頼まれた荷物はここに置いておいたぜ」

「ときちゃんいつも助かるわ」


 常和から『真奈(まな)』と呼ばれた彼女は、落ちついた色をした穏やかな服装に身を包んでおり、白色の長い髪を後ろに束ねている。

 柔らかさの中にある穏やかな声色は、はつらつ的な心寧の声と比べて真逆と言えるだろう。


「そうだ。真奈おばさん、紹介する、こいつは清」


 常和が紹介すれば、真奈はこちらに視線を向け、穏やかな笑みを見せていた。


「あなたが彼女さんのために頑張っている子ね。まこちゃん、私は真奈って呼ばれているの、よろしくね」

「俺は黒井清です。よろしくお願いします。……まこちゃん?」

「清、真奈おばさんはとりあえずでちゃん付けするから気にしないでくれ」


 常和の言葉に清はそっとうなずおいておく。

 また初対面なのもあると思うが、真奈、という名前に清はどこか引っかかるような気持ちがあった。


(……気のせいか?)


 ワクワクした様子で目を輝かせている真奈は、まるで初めての水に触れて喜ぶ子どものように見える。


 常和がこちらの事を話したと受け取れる辺り、どんな人か気になっていただけだろうか。


「ときちゃんから話は聞いているけど、まこちゃんは彼女さんに指輪を送りたいからここに来た、であっているかしら?」

「……灯の為に。……いや、俺自身の届けたい気持ちの為にも本気なんです」

「はは、清、見事に話がかみ合ってないな」

「いいのよ、ときちゃん。彼女さん、あかりちゃんって名前なのね。……まこちゃん、ここでのやり方は優しくないわ――覚悟は出来ているのかしら?」

「当たり前です、今更引きません」

「強気だなぁー」


 常和は隣で呆れているが、真奈はじっと真剣な目で清を見てきている。

 常和からどんなお店なのか、というのを結局聞かずに来ているため、このやり取りだけでも未知数の領域だ。


 彼女が清はバイト目的ではなく、送る指輪を目的に来ていると理解されているだけでも感謝だろう。

 常和伝いとはいえ、やる気や志でどうにかなるとは思っていないのだから。


 瞳を見合って沈黙の間が数分過ぎた時、小さな息がこぼれると同じく「良い目ね」と真奈は言い残し、出てきたドアの方に姿を消した。


 不思議に思っていれば、常和は嬉しそうな目でこちらの肩に手を置いて見てきている。

 常和の反応から察するに、間違いはなかったのだろうか。


 清がそっと息を吐きだした時、ドアがゆっくりと開き、真奈が本を携えて姿を見せた。


 そして作業台に本を置き、こちらを見て手招きしている。

 常和と一緒に近づけば、本は勝手に開き、挿絵の付いたページを見せていた。


 また真奈は、近くにあった椅子に座るように目線で促してきている。

 清と常和が椅子に座れば、真奈はゆっくりと口を開いた。


「まこちゃん、よく聞いてね?」

「はい」

「ここで物を望むっていうのはね、自分で描いて創る、を意味しているの。魔法だけが形になるわけじゃないの」

「自分で描いて、創る」

「そうよ。今日は作業出来ないから、これを見るといいわ」


 本の挿絵には、真奈の姿と共に、作業の工程が描かれている。

 この絵からは、素材を集め、鍋で混ぜ、形にする、という魔法を直接的に使わないことを理解できた。


 おとぎ話のような本からの情報に、清は思わず息を呑んだ。


「あとね、本来バイト……手伝うだけでも、親御さんの許可が必要なのよ」

「……親、ですか」


 親という言葉に、清はうつむくしかなかった。

 魔法世界、ましてや現実世界ですら家族関係が良くなかった清からすれば、許可なんてもっての外だ。

 そもそもの話、魔法世界に血筋の家族が居るわけもなく、灯と二人で暮らしているため、最初から白紙に近いようなものだろう。


「真奈おばさん、清は……」

「ええ、理解しているわ」


 清の困惑を察してか、真奈は笑みを見せてきていた。穏やかで柔らかい笑みを。


「ねえねえ、まこちゃんは彼女さんと仲がいいの?」

「幼馴染で、誰よりも仲が良い自信はあります」

「仲のいい幼馴染、良い響きね」

「清、真奈おばさんは工芸家でもあるんだけど」

「工芸家だったのか」

「そうだな。で、兼作家でもあるんだ」


 常和に真奈が作家であると明かされ、清の中で思い当たる節が埋まるようだった。


「真奈さん、あの……もしかして、魔法世界で有名な、魔法で文字を綴らない命ある文字の小説家の異名を持つ『真奈』の方ですか?」

「久しぶりね、その響き」

「やっぱり、そうだったんですね」

「まあ、今じゃとっくに昔の事よ。知っている子が居るのは、生涯悔いなく嬉しいものね」


 真奈という彼女は、灯と共通して読んでいる小説の作者だったようだ。

 今では鳴りを潜めていると聞いているが、書いている本人に出会えたのは嬉しいものだろう。

 真奈は恥ずかしそうにしながらも、頬に手の甲をあてて嬉しそうにしている。


 清自身、好きな作家に出会えたという心がうずいてワクワクしていたが、はっとなって息を呑んだ。

 今この場所で真奈と話している理由は、灯に送る指輪の件で話をしていたのだから。


 ふと気づけば、真奈は本のページから紙を一枚抜き出し、こちらに差し出してきていた。


「私としたことが……話が逸れたわね。これが手伝うのに必要な書類よ。親代わりのサインでも大丈夫だから、考えておくといいわ」

「真奈さん、ありがとうございます」

「ときちゃん、この子気に入ったから絶対に入れたいわ。よろしくね」

「真奈おばさん、それは清……いや、二人次第だ」


 そう言って苦笑している常和に、真奈はべしべしと背を叩いて笑っている。

 真奈と常和の関係は知らないが、見ているだけでも微笑ましい関係なのは間違いないだろう。

 常和が自然な笑みで他人と居るのは、心寧と美咲家現当主以外で見たことがないのだから。


「そうそう、まこちゃん、これマニュアルよ」

「ありがとうございます」

「あなたならここで手伝いを出来る、ってときちゃんの友達なんだから信じているわ」


 真奈は束ねた紙をこちらに差し出し、笑みを宿していた。

 その時、清の肩に手を置き、常和はこちらを真剣に見てきている。


「清は友達じゃないぜ……最高の親友だ」


 と、言い切った常和に、気づけば二人で笑みをこぼしていた。


 真奈から手伝えるのを前提でマニュアルを渡されている以上、この期待に応えたいものだろう。灯を思う、未来に賭けても。


 感謝をもう一度すれば、清は常和と共に、真奈の創作物を少し見ることになるのだった。

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