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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第六章:君と過ごせる魔法のような日常

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二百二:始まりは君との日常で

今話から第六章開幕です

「十一月、か」

「そうですね」


 夜明けとは、何を指すのだろう。


 魔法際から数日過ぎれば、十一月となっていた。

 朝ご飯を食べ終えた後、灯と一緒にめくったカレンダーが時の流れを心に伝えてきているようだ。


 家なのもあってか、隣に立つ灯は長袖ブラウスにベストを着用するという、フラットのような姿をしている。


「十一月……学校行事もそうですが、何が待っているのか楽しみですね」

「灯は何が楽しみなんだ?」

「この学校の三年に一回行われる行事、ですかね」

「そんなのがあるんだな」


 なんで知らないのですか、と言いそうな灯を横目に、清はそっと息をこぼした。

 十一月になったということは、残り時間が半月を切ったことを意味しているのだから。


 この時、その時、今を送る瞬間を大切にするのもそうだが、うずうずするのは未来を心配してしまうからだろうか。

 ふと気づけば、灯は清が息をこぼした後の沈黙が長かったせいか、透き通る水色の瞳でじっと見てきていた。


 ふわりと宿る小悪魔のような笑みは、まるで心を覗いてくるかのようだ。


「清くん、焦っていますか?」

「……焦ってない」

「ふふ、私は何に対して、と一言も言っていませんよ?」


 灯はからかうために言ってきたのか、小悪魔のような笑みは消え、小さな微笑みへと変わっていた。


 灯が何を言いたかったのかは、正直理解しているつもりだ。だが、清はあえて「え、ええと」と知らぬように動揺したふりをしてみせる。


 他者を傷つけない、自分らしくあるために。

 灯は多分、紡との魔法勝負までの日付が二ヶ月を切ったことで、それに対して焦ってないか聞いてきたのだろう。

 清自身、迷わないと決めた道に、焦りや不安、恐怖も全て受け止めて歩いているつもりだ。


 清は自分に対して鼻で笑った後、灯の肩に両手で触れた。

 ブラウスとベストの柔らかな感触が清の手を伝った時、灯は急なことに頬を赤らめていた。


 お互いに見つめ合えば、透き通る水色の瞳はゆるりと揺れている。


「俺は、常和に心寧……それに灯が支えてくれるから、大丈夫だ」

「清くんは鈍感なのに、私より先に成長しちゃうんですから……ずるいですよ、本当に」


 灯の方が、自分の何十倍も荒波や困難を超え、精神面的にも大きく成長しているだろう。

 灯が理解していなくとも、清は理解しているのだから。


 清は口角を緩めつつ、ゆっくりと灯の肩から手を離した。

 手で包み込めるほどの灯の肩の感触は、服越しだったとはいえ、手のひらにじんわりと残っている。

 自分だけが知っている、灯の温もりが。


 手を離したのがよくなかったのか、灯は物欲しそうな目でじっと見てきていた。


「灯……頬が赤いけど、大丈夫か? 熱でもあるんじゃないか?」

「馬鹿! 清くんが期待させるからですよ!」


 なぜ怒られているのかは理解できないが、手を離したのが原因なのは間違いないだろう。


 焦ったように声を出した灯は疲れたのか、軽く呼吸を整えていた。

 清としてはわざと鈍感を演じているわけではないため、首をかしげるしかないのも事実だ。


 灯に想いや気持ちを伝えているのは事実だが、それを補う仕草が釣り合っていないのだろうか。


 気づけば、灯は清の制服の袖を手繰り寄せるように小さな手で掴み、そっと顔を近づけてきていた。

 清の方から少し顔を近づければ、唇がついてしまうのではないかと思うくらいに。


「私だって頑張っていますけど、清くんは甘えたかったら……その、甘えてもいいですからね」

(灯、欲が分かりやすい時は日本語になってないよな)


 灯はさらっと欲望をこぼしているが、透き通る水色の瞳は真剣にこちらを見てきている。


 灯に依存している清からしてみれば、灯の言葉の誘惑は悪魔のささやきに近く、灯の欲が見えているにも関わらず心が揺さぶられるようだ。


 灯は自分が甘えたい時に添い寝等の要求で言ってくることはあるが、自らの口で甘えたいとは言い難いのだろう。


 清は灯の笑みで心臓が揺さぶられるのを抑えつつ、透き通る水色の髪にそっと手を伸ばした。

 灯が甘えたいとは言わないため、頭を優しく撫でるだけに留めておくつもりだ。


 それでも灯が嬉しそうに頬を緩めるので、束の間の時間に風が吹けば崩れ去るのも事実だろう。


 灯の頭を撫でていれば、灯はそっと顔を清の胸元へと更に近づけた。

 なんで胸元に近づかれたのかと思っていると、灯は小さく鼻を鳴らしている。

 立っているのも相まってか、灯との近さに心臓の鼓動が速まるようだ。


「……清くんの匂い大好き」

「俺は灯の匂いの方が好きだけどな」

「清くん、匂いフェチだったのですか?」


 わざとらしいような声で言ってくる灯に、清は首をかしげるしかなかった。というよりも、真面目な灯がボケをするとは思っていなかったからだろう。


「じゃないから……てか、匂いフェチってなんだよ!?」

「心寧さんから聞いた言葉なのでわかりません」


 清自身『匂いフェチ』という単語を耳に挟んだことも、辞書で見たこともないため、頭に浮かぶハテナのやりようを見失っていた。


 強いて詰め寄れるとすれば、灯に入れ知恵をした心寧に意味を問うくらいだろう。


 灯が本当は意味を理解しているのか、それとも理解していないのか知るのは本人のみなので、心寧に聞く以外では立ち入る隙がないと言える。


「ふふ、清くんはそのままでいいのですよ」

「……意味は知っていて?」

「知っていますし、心寧さんに聞いても意味ないですよ」

「俺の考えをよくご存じで」

「清くん、ですからね」


 そう言って小さく微笑む灯は、こちらをからかって楽しんでいるのだろう。

 清からしてみれば、灯が笑みを見せてくれるのなら嬉しいため、心の内側では喜んで受け入れている方だ。


 灯は満足したのか、壁にかけられた時計に目をやっていた。


「家を出るまでまだ時間がありますし……その、もう少しだけ触れていてもいいですか?」


 と灯が言ってきたので、清はさっと灯の耳元に口を近づける。


「じゃあ、俺も甘えていいか?」

「ま、清、くん……耳は、ずるいです」


 灯は以前もそうだが、耳が弱いらしく、動揺したように耳元に指をあてていた。

 顔を赤らめている灯に清が鼻で笑えば、灯は「もう」と言って、おでこをぐいぐいと清の胸元に当ててくる。


 清が灯の頬を撫でて落ちつかせれば、灯の顔から赤みが薄まるのは家を出る時間になる頃だった。

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