百九十九:希望、それは絆
日がオレンジ色に染まりかけた頃、清は木々の生える道を辿っていた。
木々が風に揺られて音を立てる中、向かう先から水の音が響くように聞こえてくる。
森を抜ければ、金色の光が視界に差し込み、水の滴る冷たい風が肌を撫でてきていた。
ここにはある人物を追って、滝つぼの洞窟があった滝の上に来ている。
周囲を見渡せば、崖上に腰をかけて座る人物の姿――古村常和の姿が目に映った。
常和の姿を見つけて近づけば「清か」と後ろを振り向かず、自分の名を呼んでくる。
「……隣いいか?」
常和の返答は無いが、清は隣に座り、ゆったりと足を崖の外にぶらさげる。
見えうる景色は広い空を伝え、広大な森に生きる木々の数々を目に焼き写してくるようだ。
滝の近くであるのも相まってか、自然の音を奏でる音色が辺り一面に響いている。
「そういや、心寧が常和の事を探していたぞ」
「はは、心寧の演技だな」
苦笑しながら言ってくる常和に、清は首をかしげるしかなかった。
「どういうことだ?」
「……前にも話したけど、心寧は魔法の庭の全ての存在を感知しているんだ。だからこそ、探す必要は無いんだよ」
常和はさらっと言っているが、心寧が魔力の感知とは別の次元にいる、と明言しているものだろう。
身近にいくつもの宝石が存在しているため、磨き磨かれ合う存在なのかもしれないが、心寧は明らかに別格と言える。
清が納得していれば、滝は激しく打ちつける音を立て、木々は葉を揺らして音を立て、自然の世界を伝えてきていた。
気づけば、常和は空を見上げており、物珍しい光景に見えてしまう。
失礼は承知であるが、常和が空を見上げている姿は屋上以外では見たことがないため、清からしてみれば珍しいものだった。
「清、あの魔法は何だったんだ」
ぽつりと呟かれた言葉に、清も同じく空を見上げた。
常和の言う『あの魔法』とは、魔法勝負時に使った炎の魔法を指しているのだろう。また、瞳が透き通る黒色になる理由も知りたいのかもしれない。
「あれは……俺の魔法自体、元が合成魔法なんだ」
「清の魔法自体が合成魔法ってどういうことだよ?」
「俺は本来、魔力を持っていなかったんだ」
「まあ、純人間は本来、魔力を持たないからな……いや、なら何で魔力を持ってるんだ?」
常和が疑問に思うのも無理はないだろう。
清の主属性が炎なのは間違いないが、炎の裏に隠された真実が眠っていたのだから。
自分が魔力を持たざる者であった清は、星の魔石に触れてから世界を受け入れると願ったからこそ、現在魔法を使えているようなものだ。
「……この魔力は、星の魔石の魔力もあるけど……本来は灯から譲りうけた希望なんだ」
「てことはさ、星名さんから貰った少量の魔力を、清自身の魔力として膨大させ、神秘の力と混ぜて使っているってことか??」
「そういうことになるな。まあ、俺も忘れていたけど、実際の主属性は炎と光が合わさって生まれたものなんだよ」
「合成魔法の主属性、か。……星の魔石は常識が効かないやつだけを選ぶのか?」
驚いたようで、それでいて疑問そうな常和は、情報の整理が追い付いていないのだろう。
灯が魔力のストックを聞いてきたり、瞳の色が戻ったと言ったりしていたのは、星の魔法の意味ではなく、清本来の魔法について心配していたのかもしれない。
灯の魔力を清が持っているとなれば、灯自身、他人事で片づける気は無いのだろう。また、過去から恋心を抱いていたとなれば尚更だろう。
結局のところ常和に全て話したが、清の持つ魔力は灯ありきであり、魔法は生まれつき炎と光の合成魔法であったのだ。
しかし純人間であったため、灯から魔力をもらわなければ、清は魔法に目覚めなかった。
清が魔法に目覚める覚悟をしたのは、泣いている灯を独りぼっちにしない、一緒に居ると、幼い頃に星の下で約束したからだ。
ふと気づけば、常和は表情を明るくし、そっと空を見つめていた。
「まあ、純人間で魔法を使えるのすら異例だし、あってもおかしくないのか」
「……気分がいいのか?」
「魔法世界、ましてや管理者出身でもない清が『魔法世界の人を救って創りかえる』って言ったから考え深いだけだ」
誤魔化したように言う常和に、清はそっと笑みをこぼした。
その場任せであったとはいえ、清自身、言葉を破棄するつもりはないと言い切れる。
魔法の無い世界、という灯との共通の夢は、徐々に姿形を変え、生きる人々を思いやる形へと動かされているのだから。
清は常和を横目に「そういうもんか」と言って、ゆっくりと立ち上がる。
立ち上がった清を、常和も同じく横目で見てきていた。
「――常和」
「なんだよ、急に」
そう言って見上げるように見てくる常和を、清は真剣な目で見た。
「俺は常和にとって、今も最高の親友か?」
常和は聞かれると思っていなかったらしく、珍しく驚いた表情をしている。
何の為に魔法勝負を本気でしたのかは、清の心の中だけに答えが存在しているため、常和が驚くのも無理はないだろう。
それでも純粋な疑問、常和に対する問いかけには、一つの希望を込めている。
清はゆっくりと、空を、森を、大地を、崖の上で立って見渡した。
「俺は、常和にとって不快な発言をしたかもしれないんだ」
「違う! あれは計画的に起こしたんだ。……そういや、俺が理不尽な壁に当たった時、乗り越える答えを言ってなかったよな」
常和はそう言って、そっと息を吐き出していた。
「俺はさ、清とは違って、自分を犠牲にしてでも、他者を上にあげるつもりで考えていたんだ」
「……自分が犠牲って」
「まあ、つまりそれが意味しているのは、魔法勝負までのキッカケだ」
常和はゆっくりと手を後ろに引き、その場で立ち上がる。
風が柔らかに吹き、金色の光が常和を照らしていた。
(……魔法勝負か)
ここに来る前に灯と心寧から聞いていたが、常和は清に試練を与えるために、自分を犠牲にする選択を選んだらしい。
属性で言えば、水、氷と来て、次に必要なのが壁となる風だったようだ。
結果として、風の試練は常和との魔法勝負により、向かい打つ風に恐れず乗り越える勇気を、希望を力に変える精神を試されていたらしい。
灯と心寧は知っていたらしいが、ここまで激しい魔法勝負になるとは思ってもみなかったようだ。
「清は……裏切った俺を、最高の親友として今も受け入れてくれるのか……」
「――これからもよろしくな、最高の親友」
「ああ!」
気づけば、お互いに笑みを宿し、ハイタッチをしていた。
常和と多くの言葉、気持ちを交わすのは、これ以降はほとんどないだろう。だが、最高の親友だからこそ、黙って背を任せられるものだ。
清としては、取り戻せなくなる前に取り戻すことが出来た、という事実に内心ほっとしている。
常和との関係を終わらせたくない願いは、光となって未来に届いていたのだろう。
常和と熱い握手をした時、森から聞きなれた明るい声がしてくる。
「お二人さーん? 男同士の熱い話は終わった?」
と言いながら森を抜けてきたのは、特徴的なビーズの髪飾りを身に着けた心寧だ。
心寧は灯と着替えると言っていたが、灯だけを着替えさせて清と常和を探しに来たのか、温かながらも楽そうな恰好をしている。
気づけば、常和が肘でにやにやしながら小突いてきていた。
「清、だろ?」
「彼女の事をよくお分かりで」
「心寧の可愛さは誰よりも理解しているからな」
「はいはい、今の時間にのろけ話はいいからねー。もう、早く着替えに戻ってきてよねー?」
「じゃあ、戻るとしますかー」
「だから何をする気なんだよ!?」
「買いぐ……間に合わなくなっちゃうから、戻りながら教えてあげる!」
さらっと流されているが、心寧は説明する時間すらも惜しそうなので、清は同意して校舎の方へと帰路を進める。
心寧は常和の事が心配だったらしいが、清の事情を優先してくれたらしいので、感謝しかないだろう。
帰路を辿る三人の話し声が、森の中に緩やかな花を咲かすのだった。




