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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第五章:hope union

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百九十六:迷うな、取り戻せなくなる前に

 その日の夜、清は一人でソファに座っていた。


 もやもやした状態で学校は終わってしまったものの、清は日課になった努力を一人でも家でこなしている。


 努力が日課になったのは、常和が居てくれたからだ、と清は理解しているため、心はどこか寂しかった。

 普段は共に笑いあい、共に競いあい、共に励ましあう。そんな関係の常和が今日はいなかったのだから。


 心配してくれた灯に、大丈夫、と言って清は笑顔で誤魔化していたが、実際は不安でしかなかった。


 常和の気に障る事を言ってしまったのか、自分に足りないものがあったのか、清の中では様々な迷いが渦巻くようだ。


(……どうしてなんだよ、常和)


 失いたくないから、と言った矢先に失ってしまった友情を取り戻したいと思っている。

 清は顔を抑え、そっとため息を吐きながらうつむいた。


 その時、目の前のテーブルから鈍い音が鳴る。


 ふと顔を上げれば、灯がマグカップを置き、隣に腰をかけてきていた。


 悩んでいたのもあって、灯の接近に気づけなかったのだろう。

 灯は小さく微笑み、こちらを見てきていた。


「灯……いつもありがとう」

「清くん、辛かったとは思いますが、これでも飲んで落ちついてくださいね」

「コーヒーか、めずらしいな」

「ふふ、寒い日はいつもココアでしたから珍しいかもですね」


 清は灯にありがたく感謝をし、マグカップを手に持って口に運んだ。

 コーヒーを口に含めば、ミルクと砂糖のまろやかみはあるものの、苦みが強いように清は感じた。


 マグカップを置いてから灯に視線を戻せば、灯は不思議そうにこちらを見てきていた。


「どうした?」

「清くん、疑問だったのですが、古村さんとはどういった関係なのですか?」

「前に心寧から聞かなかったのか?」


 質問を質問で返せば、灯は静かに首を横に振っている。

 悩んだ末に灯との間に手を置き、そっと視線を床に移してしまう。


 常和と出会った当初を考えれば、心寧が知らないのも無理はないだろう。


 心寧が合流したのは、常和と一緒に遊び始めてから数か月後の話なのだから。清が心寧の存在をその時に知ったと考えれば、心寧が常和から関係を聞いていないのも無理はないだろう。


 清はうつむいた顔を上げ、ゆっくりと灯を見た。

 また灯はうつむいていた清をじっと見ていたのか、透き通る水色の瞳は真剣にこちらを見てきている。


「……常和とは高校からの付き合いなんだ」


 清は天井を見上げ、呟くように言葉を口にしていた。

 淡白に話しているが、声にはしっかりと芯があるようにして。


「常和とはさ、最初にあった魔法検査で出会ったんだよ」

「……魔法検査と称した魔法勝負ですよね?」

「灯はやらなかったのか?」

「私は心寧さんが相手になりましたからね」


 灯の相手が心寧なのは、明らかに仕組まれたのではないかと思えてしまう。

 だが、学校側からの相手選出ではなく、生徒同士で選んだことを考えれば、偶然でも無理はないだろう。


 魔法検査自体、それぞれの魔法や魔力を図るための模擬試合だ。そのため、常和との関係が深くなるとは、その時の自分は思ってもみなかっただろう。


「でまあ、常和が相手に承諾されない魔法勝負を禁じられていたらしくってな」

「魔法勝負を、禁じられていた?」

「灯も知っているだろ? 常和の以前の魔法じゃあ、魔力シールドが破壊できないことを」


 灯は思い出したように「ああ」と言って相槌を打っていた。


 常和は、ペア戦以降は魔力シールドを破壊できる魔法になったが、それ以前は暴風剣での破壊がギリギリできるくらいだったのだから。

 ペア戦前の常和との勝負で灯は見抜いていたらしいので、すぐに納得できるのだろう。


 魔力シールドを破壊できない――つまりは、自ずと相手に物理的負傷を負わせる可能性が高いことを示している。


 灯はコーヒーを口にした後、不思議そうにこちらを見てきていた。


「その時の結果はどうだったのですか?」

「負けた……それ以上を、今は言いたくない」


 清はマグカップを片手で取り、呟くように言葉を口にしていた。

 相手が灯であると理解しているのに、これ以上を話せる勇気が今の清には存在していない。


「……お二方の過去を話す気が無いのなら、触れる気はないのでそれでいいですよ」

「……灯」

「きっと、清くんと出会った時に偽ってきた私なら、聞かれても話さなかったのですから」


 灯は自分を重ねてくれているようで、深入りをしないとその瞳は伝えてきている。

 笑えない自分を、灯は隣に居て支えてくれているのだろう。そんな灯の思いに答えられない自分に、清は首を横に振った。


 息を吐き出し、灯の入れてくれたコーヒーをそっと口に運ぶ。

 先ほどの一口目とは違い、体に染みるように溶け込んでいき、甘さを教えてきているようだ。


 清の中にある――迷いという甘さを。


「常和とは最高の親友だから……このまま溝が出来た状態で終わらせたくない。いや、終わらせちゃ駄目なんだ」


 ぽつりと呟いたはずなのに、炎が宿るように熱を帯びているようだった。

 清自身が鈍感だから気づけなくとも、魂は知っているのだろう。


 声に出して、希望を夢見て、共と歩むと決めた先にある、奇跡を。


 気づけば、灯は息を吐き、間に置いていた手にそっと手を重ねてきていた。

 そして透き通る水色の髪がゆっくりと宙で揺れる。


「そう思うのなら、清くんの気持ちをぶつければいいじゃないですか」

「俺の、気持ちを?」

「ええ、清くんの気持ちに偽りがないなら、古村さんもきっと理解してくれますから」


 灯は簡単に言っているが、透き通る水色の瞳は真剣にこちらを見てきている。


(……そうか)


 ふと思えば灯は、自分の為を思って失った代償も多くあるのだ。

 魔法で記憶を忘れている清に対して希望がないはずなのに、灯は自分を、現実世界を捨ててまで、大きな代償を支払ってまで救いにきてくれたのだから。


 灯からすれば大した代償でなくとも、清からすれば奇跡のような大きさだ。


 言葉を口にする人物が違ったら、言葉の重みをここまで感じることはなかっただろう。

 灯が言ってくれたから、清は今、向かう先への重みを理解できた気がした。


 清は灯から離された手のひらを見て、そっと握り締めた。

 今まで手の届く場所に居た者と、もう一度手を取り合い、笑い合って、ふざけ合って、助け合える日常を取り戻すためにも。


「失った日々は取り戻せないけど――常和と進む未来が取り戻せなくなる前に、取り戻す」

「……やっと、笑顔が、希望が戻ってきましたね」


 今の清の動力源は、仲間が……家族が居てくれるから、支えてくれる灯が居てくれるから、力として成り立っているものだ。


 幸せを実感できる、そんな四人での日常が大好きだから。


 清は自分に気合を入れ直し、コーヒーを飲んだ。


「……清くん、周りに、お二人との出会いに恵まれていますね」


 灯が小さく呟いた言葉に、清はついぞ気づくことがなかった。

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