第二話:日常に加わる君へ
登場人物の名前読み方
黒井清
星名灯
古村常和
※追記
8月11日、読みやすくするための改稿をしました
朝の陽ざしがカーテンの隙間から差し込み、清は目を覚ました。眠い体を起こすように促しつつ、巻いたままの包帯部分に目をやった。
昨日の出来事は夢だと思っていたかったが、夢ではなく現実にあったようだ。そばに置いたままの手紙と、包帯の内側から伝わる軽い痛みが現実を見させてくる。
「……怪我してること、常和にバレたらめんどうだな」
そう呟きながらも学校に行く支度をし、清は家を出た。
どうして嫌な予感は当たるのだろうか、と教室へ入った瞬間に思わされた。
「清、その腕の怪我どうした?」
「常和、おはよう」
軽く挨拶を返しつつ、清は席に向かった。
怪我のことについて触れてきたのは古村常和。清がクラスで唯一話せる相手であり、何かと清を気にかけてくる友人だ。
そして清の中では、一番怪我について触れてほしくない存在の一人である。清が他人に心配をかけさせたくない主義者、であるのも原因だろう。
制服で包帯の部分は隠れているはずなのだが、常和には見逃してもらえなかったらしい。
清が席に着いたのを見てから、ニヤニヤした表情で常和が寄ってきた。そのニヤニヤした笑みとは裏腹に、明らかに何かを言いたげな表情であるのが見て取れる。
「制服で隠したみたいだが残念だったな」
「……なんでわかった?」
「庇うような仕草をしていたからな」
普段通りの行動や仕草をしていたつもりの為、常和の言葉に理解が遅れてしまった。それでも、変に意識を割いてしまったのが原因、とだけは理解できる。
清は少し呆れた顔をしつつも、逸らしていた視線を常和の方へと戻した。
「そんな呆れんなって。魔法勝負で怪我を負うなんて滅多にないと思うんだが、誰と戦ったんだよ?」
勘がいいことに突っ込めばいいのか、魔法勝負前提に突っ込めばいいのか、と考えつつもどう返答したらいいのか悩んだ。
灯と勝負をしたなんて、口が裂けても言えたことではない。ましてや、噂として独り歩きするのを防ぐためにも、黙秘した方が懸命の判断だろう。
(常和が周りに言いふらす……それはありえないな)
「……過去に仲が良かった友人?」
「過去の記憶の一部を失ってるお前が言ってもなぁ……。けど、俺はお前の言ってることが嘘だと断言できないから、信じるかな」
「常和。ありがとうな」
記憶の一部を失っていることについて言及してこないのは、こちらの事情を唯一知っているからだろう。
そんな常和に安心して、清は自然と感謝の言葉を口にしていたらしい。
照れ隠しをするために軽く目を逸らせば、常和が何かを思い出したように言葉を口にした。
「……てか、いい加減ルームメイトくらい作っとけよ? この学校だと見張り役への真相表明が居た方がいいんだからな」
常和の言う真相表明というのは、危険人物と判断された者たちが通っている学校なのが原因だろう。物事のいざこざを起こした時、お互いの潔白を証明しあえた方が何かと都合がいいのだ。
自分が要注意危険人物に認定されている為、ルームメイトになりたいもの好きはいないだろう。
ましてや、現実世界から引っ越して一人暮らしをしている清は、見張り役から特に目を付けられやすいのだから。
少しだけ寂しいような気持ちもある中、うっすらと灯の名が浮かんでくる。昨日の出来事のせいだろうか。
清はそんな考えを忘れるように、常和に視線を戻した。
「わかってる。ご忠告ありがとう」
「せめてお前と同レベル、もしくは上の魔法使いで警戒しない相手が居たらよかったのにな」
「うるさい。余計なお世話だ」
笑いながら言う常和に少しイラっとしつつも返事を返し、その場は後となった。
学校終わりに帰路を辿っていると、公園が目に入った。正確には、公園のベンチに座っている同じ制服を着た彼女に、といったところだろう。
彼女は唯一制服の上からローブを身に着け、首回りに付け袖を着飾っている。そして、特徴的である透き通るような水色の髪は、同じ学校内で一人しかいない。
昨日の夜出会った彼女――星名灯がそこに座っていたのだ。
本来なら関わる必要が無いから無視をしようとしたが、前髪からうっすらと映る悲しそうな瞳を放っておくことは、清の良心が許さなかった。
「こんなところで座ってどうしたんだ?」
「……黒井さん。別に気にしないでください。少し疲れて座っているだけですから」
疲れているにしてはやけに冷静で、素っ気なくも冷たい態度から何かを隠しているようにすら見える。
今は秋に近い季節であるため、体が冷えきるまではいかなくとも、このまま外に居ようものなら風邪をひいてしまうだろう。
「そんなに疲れているんなら家まで送るぞ?」
清は変に模索して嫌われるくらいなら、相手を労わる方が気楽である、という判断のもと口にしていた。
清の言葉に動揺したのか、灯は驚いたように目をぱちくりとさせて固まっている。
こちらを見ていた灯は硬直が解けた後、顔を下に向けて悩んでいるようだ。それと同時に、ローブを深く着込みなおしている。
着込みなおしているのは、暑さが軽く過ぎた十月のこともあり、うっすらと冷えこんでいるからだろうか。
ふと考え事をしていれば、灯は考えがまとまったのか、こちらの方を見つめなおしていた。
「私が帰る家は無いのです。現実世界とこの世界の行き来ができなくなってしまったので……」
灯の言葉から察するに、本来であれば現実世界の家に住んでいたが、事情があって帰れなくなった、ということだろう。
この時、清は朝の出来事を思い出した。それは、常和に言われた『ルームメイトくらい作っとけ』という言葉だ。
こちらにやましい思いが無かったとしても、見ず知らずの男の家に来るかと誘ったところで、怪しまれるのは目に見えている。だとしても、放って帰るというのも些か気が引け、後ほど罪悪感に襲われるのは避けたいものだ。
(言わずに後悔するよりも、言って後悔した方が楽だよな)
清は意を決して、言葉を口にした。
「……星名さんが大丈夫であればなんだが、俺の家に来ないか?」
「黒井さんの家に、ですか?」
「ああ。嫌であればこの話はなかったことにしてもらって構わないから」
気づけば灯の曇った表情に、優しいような明るさが出ていた。また、透き通るような水色の瞳からくる視線は、妙にむずがゆさを感じさせてくる。
「あなたが不信行為をしてこない人物であることはわかっていますが、私を家に招くメリットはないと思うのですが?」
人物として知っている、という発言に清は違和感を覚えた。
それよりも、見知らぬ他人を家に招くメリット、と聞かれれば普通なら困るだろう。だが、朝の出来事のおかげで答えは決まっている。
「俺は一人で住んでいるから、真相表明できる相手がいないんだ。けど、星名さんがいれば表明が楽になるだろ?」
「確かにそうですね。お互いが要注意危険人物ですし……この世界からしてみれば、これほどまでに無い好条件であることは間違いないでしょうね」
「どちらが上の力を持っているのかは、昨日の時点ではっきりしているから、後は星名さんの答え次第だと俺は思っている」
魔法勝負をしたことで、お互いの強さの格付けは昨日の時点で終わっている。
心配や不可解なことがあるなら、ルールや守りの魔法、清はそれらを付け加える予定だ。
不思議そうな顔でこちらを見つめていた灯は、しばらくして答えがまとまったのか、軽く呼吸をしてから口を開いた。
「……私を連れて行ってもらえないでしょうか。あなたのことですから、ルールなどを追加したい、と思っているかもしれませんが」
「細かいことは気にするな。家に行こうか」
「黒井さん、お気遣いありがとうございます」
感謝の言葉を述べた灯は、座っていたベンチから立つと、再度お辞儀をしてから身だしなみを整えていた。
灯が身だしなみを整え終わってから、二人は公園から出て帰路へと歩を進めた。
隣を寄り添うように歩いてくる灯に、清は少し恥ずかしさを感じていた。
「家まで少し距離があるんだが大丈夫か?」
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ」
灯から無邪気な笑みで返された言葉に、清は首を縦に振ることしかできなかった。
まるで彼女のような愛おしい笑顔、それを向ける相手を間違えないでもらいたい。
「そういえば、怪我の方は完治されたのですか……」
「手当てしてもらったおかげで今は大丈夫だ」
「そうですか。ならよかったです」
灯は安堵したような表情をした後、歩幅を合わせるように更に寄り添ってきたのが、清としては気恥ずかしかった。
気恥ずかしさを紛らわすように他愛もない会話をしつつ、帰路を辿った。
しばらく歩き続けて住宅街を抜けると、人気のないところに魔法陣が展開されている。それもそのはずだ、清の家の通り道は転送魔法陣で繋がっているのだから。
清が魔法陣に近寄ると、横にいた灯がきょろきょろし始めていた。
「この先に黒井さんの家が」
「そうだな。魔法陣通るけど怖くないか?」
「私を子供かなんかと勘違いしていませんか?」
別に、と言いつつ魔法陣を通ると、そこには二階建ての家が建っていた。一人で住むにしては明らかに持て余す大きさ、と見て取れるほどだ。
庭を歩く際、隣できょろきょろと周りを見ていた灯の可愛いらしさは、反則だろう。
清は玄関まで着くと、ドアのカギを開け家へと入った。
「ただいま」
普段の清なら言わない言葉を口にして。
「ただいま……です」
「星名さん、おかえり」
続くように、灯が帰宅の言葉を口にしたのを聞いてから、清は優しく返事を返していた。
灯が家に上がるのを見守ってから、清は静かにゆっくりとドアを閉じた。