百八十六:最高の親友だから
時というものは無慈悲で、気づけば九月の終わりに差しかかっている。
九月の終わりに差しかかれば、夏の蒸していた暑さは静まりを見せ、静かな虫の音聞こえる季節が迫ってきているようだ。
あの日から滝つぼの洞窟での努力が本格的に始まり、清は近くの魔力を探知無しで感じ取れるようになったが、外の魔力を感じとれないことに悩みを覚えていた。
常和や心寧、灯の魔力を近くであれば感じられるのに、肝心の外に浮かんだ魔力を感じとれずにいる。
「どうすればいいんだ……」
この日は常和とお昼休みに学校の屋上で風に当たっているのもあり、清はフェンスに腕をおきながら、気づけば悩みをこぼしていた。
灯と心寧に関しては、今日はお昼を別々で食べたいとなって別行動になっている。
空が雲一つないどこまでも続く青さで広がっているにも関わらず、清の心の中は雲がかるような反対の想いだ。
迷いがあれば先に進めないと理解していても、これだけは時の運頼みになりつつあるので、やり場のない怒りだけが滞っている。
ため息一つこぼしたのがまずかったのか、隣で空を見上げていた常和は呆れたようにこちらを見てきていた。
「清。邪があれば、考えに埋もれて自然の繊細な魔力は感じられないからな」
「うん、まあ、分かってはいるんだけどさ」
苦笑交じりに背を叩いてくる常和に、清は励まされているようで受け止めておくしかなかった。
滝つぼの洞窟では常和も一緒になって瞑想をしている。そのため、常和に何度も場所の範囲を教えられ、魔力の指導まで受けている。
だからこそ常和の言葉は気持ちに刺さるほど痛感しており、焦りとなっていくようだ。
常和から『清は覚える才能があるからそのうち出来るさ』と声をかけてもらっているため、期待には応えたいだろう。
才能おばけの常和に言われても自分を疑いそうになるが、常和の目に狂いはないと清は信じている。
空を見上げて誤魔化す清を見かねてか、常和は軽く頭を掻いた。
「今のお前に必要な情報になるかもしんないから、しっかり聞いとけよー」
言葉とは裏腹にやる気がなさそうな声で常和は言っているが、見てくる瞳は真剣な目そのものだ。
清は息を呑み、常和の目をしっかりと見る。
常和はそんな清から目を逸らすように、フェンスに寄り掛かり、明後日の方向を見た。
「前に清から相談されてた指輪の件なんだけどさ、十一月の頭からなら専属直々にやれるみたいなんだよ」
「常和、本当か」
「わざわざ人を悲しませる嘘をつくはずないだろ。で、それまで指輪の件は待てるか?」
常和は多分こちらの悩みを知っていた上で、今になって話を持ち出したのだろう。
本当ならサプライズでやれる、と常和なら言ってきそうだが、今回は話し方が未来におもむくためのように聞こえるのだから。
清自身、灯の指輪の件で悩みつつあったのは事実であり、他に答えが無いのも事実だ。
指輪をプレゼントする計画を密かに立て、灯の手に触れたり、灯の肌質を確かめたりしていたのだから。
悩みの種は芽が出るような日光を浴びたが、清は不可解で突っかかるような気持ちがあった。
「常和は、俺がそのことで悩んでいるのを知っていたのか?」
「……お前とは何かと長く居るし、殻を破るためにならどんな形や運命であっても手を貸したいからな」
「常和、ありがとう」
「俺は何もしてない、感謝するなよ。感謝するなら、お前を普段から傍で生活諸々支えてくれてる星名さんに、指輪と共にしたらどうだ」
常和はそう言って、フェンスの縁に肘をつき、下に映る校庭を見ていた。
最高の親友が常和でよかった、と清は心底思わされる。
あの日の魔法勝負がなければ、常和とこうして巡り合えていなかっただろう。
お互いに相談し合い、ふざけたことで笑いあい、気づけば陰ながら支え合う、そんな関係には。
自分の生まれた意味が理解できなくとも、最高の親友をこの手で救えた、その事実だけは揺るがない真実となって今に存在しているのだから。
清も常和と同じようにフェンスに寄り掛かる。
屋上なのもあり、風は強くもひんやりと肌を撫で、世界を見せるように通り抜けていた。
『黒井君に古村君、ご機嫌はどうだい?』
気を抜いた時、突然後ろから声をかけられ、清は常和より少し遅れて後ろに振り向いた。
振り向けば、黒いローブを着た人物、ツクヨが手を軽く上げてこちらに近づいてきているのが目に映る。
「あ、月夜さん、今日はお暇で?」
『古村君、他が居ないのをいいことに本名を言わないでもらってもいいかね?』
「はは、すんません」
「ツクヨさん、どうしたのですか?」
常和が平謝りしている中、清は疑問に思ったことを口にしていた。
『屋上に来たら君達が居たからね、何を相談していたのか気になっただけだよ』
あっさりと答えてくれるツクヨは、偶然屋上に来ただけなのだろう。
もし見ていたのであれば、わざわざ本人たちの前に出向かないのがツクヨ兼月夜という人物だと、ここ数カ月で理解したのだ。
「えっと、灯に指輪をあげたい、ってことを常和に相談していました」
『なるほど。君にそれほど好かれていれば、娘の未来も安泰だね』
さらっと月夜の一面を見せるツクヨは、灯を思う本性が隠せていないのだろう。
ツクヨが灯と別れたのは、灯が小学一年生の始め頃だったことを考えれば、離れ離れだった気持ちを含めて妥当なのかもしれない。
ツクヨの様子を不思議に思ったのか、常和は呆れたように首をかしげていた。
「なんか、ツクヨ先生ってつくづく星名さん……娘さんには甘いよな?」
『子の未来を思う親からしてみれば、これくらいは当然の思考だよ。古村君も親になれば、その気持ちは理解できるさ。君にも、美咲心寧、という最高のパートナーが居るだろ?』
「本当、言葉がお上手でぇ」
「常和、たまにツクヨさんを敵対視するよな?」
常和が「以前の管理者だったこの人を思えばな」と言うあたり、複雑な思惑が渦巻いているのだろう。
清はそんな常和に苦笑しつつ、思ったことを口にした。
「ツクヨさんはどうしてここに?」
『解放者の動きが活発でないにしろ、不穏な空気が魔法世界に渦巻いている気がしてね』
「理由になってなくないか?」
「解放者……俺が絶対に、紡は救ってみせる」
「清は弟を救う前に、魔力を感知できないと、消えゆく雲を肉眼で追うみたいなもんだからなー」
常和の言っていることはごもっともなので、わかっている、とだけ呟くように返しておく。
清が自分の手を見て紡を救ってみせる、と再度決意をかためていた時、ツクヨは悩んだ様子で顎に手を当てていた。
清と常和はツクヨの様子に気づき、視線を向ける。
『今日の放課後は手が空いているし、君たちの様子を見に行ってもいいかね? ここ数週間、魔法の庭で何かやっているのだろ?』
「ツクヨ先生も校舎の地下で秘密裏に作業してるだろ」
常和の鋭いツッコミに、清とツクヨは笑いをこぼしていた。
常和と相談したのち、ツクヨが居ても努力には支障がないとなり、二人は断らずにうなずくのだった。




