第十九話:二人で支え合い、一緒に背負う約束
夜が明ければ月は沈み、朝となり太陽が姿を現す。
陽ざしが差し込んでいるのに気づき、目を覚ました。
ゆっくり手を動かすと、布のような感覚があった。体にブランケットが掛けられていたのだ。
隣に灯は居ない。どうやら、灯は目を覚ました後に、こちらが寝ているのに気づき掛けてくれたようだ。
安心して寝ていてほしかったのに、一緒に寝てしまったのはやらかしだ。
ふと気づくと、灯がキッチンの方から顔を覗かせていた。
「清君、おはようございます。よく眠れましたか?」
「……おはよう。寝られたよ」
「寝顔可愛かったですよ」
「みせもんじゃないからな」
ふてくされ気味に言葉を返すも、灯には効かないらしく、逆に優しい微笑みを返された。
こちらの方が恥ずかしくなりそうだ。
気持ちを静めながらも、灯の作ってくれた朝ご飯を食べることにした。
食器の片づけが終わり、ソファに座りくつろいでいた。もはや、当たり前の日課になっている。
隣には当然、灯が座っている。ここまでくると、これが普通なのではないかと思うほどだ。
学校はしばらく休校なので、やることに困ってしまう。
灯に休みの間は何をするのか聞こうとした瞬間、灯のスマホの電話が鳴った。
魔法世界でも、現実世界の技術を流用して使っているため、スマホがあるのに違和感は無い。
ただ、電話の音に慣れていないため驚いてしまった。
音に驚いている清を横目に、慣れた手つきで灯は電話に出ていた。
スマホから漏れでた声の主からして、電話の相手は心寧だろう。
連絡先の交換をしていたのは知っているが、メッセージでのやり取りではないのだな、と思ってしまう。
電話が終わると、灯はこちらをジッと見てきた。
「どうした?」
「あ、あの、清君。この後、心寧さんと遊んできますね……」
「それくらい、灯の好きにしろよ。俺は灯の行動を縛る気はないからさ」
そう言うと、灯は嬉しそうな顔をしていた。
灯に、他人の行動を縛るような人間、と思われていたのなら心外だ。
冷える十一月の終盤なのもあってか、灯は温かい格好に、マフラーをしていた。
「清君、いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
「……お昼はしっかり食べるのですよ」
小悪魔みたいに、微笑みながら言う灯には心底敵わない。
黙ってうなずくと、灯はドアを優しく締めて出かけて行った。
この後どうしようかと思っていたら、スマホがメッセージを受信していた。常和からだ。
スマホを見ると『清の家に行ってもいいか』という内容が送られてきていた。
暇になり、断る理由が無かったので承諾の返答を送った。
数分後、すぐに常和がやってきた。にしても、行動が早すぎる。
常和に呆れつつ、リビングの方へと通した。
「清の家で二人きりで話すなんていつぶりだ」
「知らん、忘れた」
「辛辣な返事は相変わらずだな」
笑いながらに言う常和は、袋を前に差し出してきた。
「それは?」
「シュークリームだ。嫌じゃなきゃ、星名さんと食ってくれ」
「……ありがとう」
常和から袋を受け取り、中の物を出して冷蔵庫へと入れ込んだ。
リビングの方に戻る際、コップに飲み物を入れていった。
中身の入ったコップを常和に差し出すと、驚かれたような顔をされた。
「清……飲み物を出すなんて、何が狙いだ」
「嫌なら飲まなくてもいいんだが?」
「……もしかして、星名さんの影響か?」
常和が驚いていたのは、飲み物を出したのが原因らしい。
さぐりを入れさせる気はないので、軽く流すために話題を変えることにした。
「で、常和は何しに来たんだ?」
「無視かよ、まあいいけど。聞きたいことがあってきたんだよ」
「俺に聞きたいこと?」
「ああ、昨日の出来事と、清が魔法世界に来た本当の理由だよ」
昨日の出来事とはおそらく、灯と一緒に発動した魔法についてだろう。
発動できた理由に関して、詳細は未だに不明だ。
疑問に思ったのはそこではない、魔法世界に来た理由だ。
それに関して、今まで常和が触れてこなかったので、今更になって触れてきたのには驚きだ。
「……昨日の魔法についてか」
「そうだ。俺の魔法……託す思いに似ていたから気になったんだ」
いつもならふざけた質問をする常和なのだが、今回は至って真面目に聞いてきている。
常和のオリジナル魔法すらも餌にするのだ。よっぽど気になったのだろう。
話すにしても、内容からして難しいのに変わりはない。
灯の魔法とは魔力の性質が似ているだけであり、逆に言えば、それ以外の共通点が見つからないのだ。
「手を握ったのが原因なんじゃないかって、俺は思っているんだ」
「なるほどな。納得だ」
常和が何に対して納得したのかは不明だ。だが、納得したのならいいだろう。
次の質問に答える前に、コップに口を付けた。
ゆっくりと飲み込むと、静かに落ちる水と思えるほど、体中に染みわたっていくのを感じた。
どうしても話したくないため、時間を稼ぐ方法を模索してしまう。
魔法世界に来た、と言うよりも、強制的に連行されたが正しいのだから。
過去の中でも唯一記憶に残っていることなのだ。
記憶を忘れているのは常和も理解している。無理に聞くような真似はされてこなかった。だが、今回は違う。
思い出し始めているからこそ、最終的な確認を込めての意味合いでもあるのだろうか。
「常和すまない。魔法世界に来ることになった理由は話せない」
「そうか……一応言っとくが、無理に聞く気はないからな」
「……ありがとう」
気遣いに対して、感謝を言う事しかできなかった。
変にある罪悪感。少しでも気を抜けば、気持ちが落ち着かなくなりそうだ。
自身の状況を整理しつつ、ゆっくりと常和の方に目をやった。
常和の目線は時計を見ているようだ。
「清、落ち合う時間になりそうだから出かけようぜ」
落ち合う時間と言われ、どういう意味なのかで判断が遅れた。
少し呼吸をし、冷静になって考えてみた。予想が正しければ、清の知らない裏で仕組まれていたのだろう。
「灯たちが仕組んだのか?」
「俺の方からさ、星名さんと心寧が二人で話しやすい時間を提供しただけだ」
常和の親切な思いやりの精神があるからこそ、お互い一人にならない考慮をしてくれたのだろう。
頭の回転速度だけなら、灯にも劣らないだろう。
思いやりの広さに感心しつつ、常和と家を出る事にした。
ついていった先に見えたのは、灯と過ごすキッカケの場所になった公園だった。
公園の敷地内に入ると、ベンチには見慣れた二人の姿があった。
向こうもこちらの存在に気づき手を振っている。
「とっきーと、まことーたちの方はどうだった?」
「どうだったって、一方的な質問だけだったよ」
質問の返事に間違ったことは言っていない。
横で常和が苦笑いしているあたり、心寧には違う話で通していたのだろう。
「あ、古村さん。あの、心寧さんとお話する時間をありがとうございます」
「良いってことよ! 星名さんが心寧と仲良くしてくれるのは嬉しいからな」
話から察するに、心寧を通して二人は裏で繋がっていたようだ。
できれば、隠さないで教えてほしい、と思ってしまった。
焼きもち、と言うものに当たってしまうのだろうか。
気持ちが沈みかけたところ、灯と目が合った。
「清君、機嫌悪いのですか?」
「別に機嫌が悪いわけじゃないんだ」
灯に心配される当たり、顔に出てしまっていたのだろうか。
「……あれじゃない、あかりーを取られる、と思ったとかじゃないの?」
「そうなのか清? 俺には心寧が居るからそんなつもりはないぞ」
「ち、違うから……ただ」
「清君、ただ、どうしたのですか?」
「……これ以上言わせんな」
頬が熱くなり、この場から逃走したいと思ってしまう。
うるさいくらい心臓はなっており、今でもはちきれんと言わんばかりだ。
これに関しては、余計に考えてしまった清の自滅としか言いようがない。
この四人が集まる時は、居心地が良い時、悪い時での温度差がありすぎだ。
落ち着きながらも、灯の方を見る。
黙っていたのにも関わらず気づいたようで、灯はとても優しい微笑みをしてくれた。
常和たちに気づかれてから、ニヤニヤされるまでの流れは慣れてきた。また、今に適応している自分自身が恐ろしく思える。
「清君、落ち着きましたか?」
「ああ、灯のおかげで落ち着いたよ」
「……まことーはもう少し気持ちに――」
「心寧……さん?」
「あかりーごめん!」
典型的な、怒らせるといけない例は、灯を指しているのだろうか。そう思えてしまうほどの流れだった。
灯が出した謎の圧により、心寧が何を言いたかったのかは、闇の中に放りこまれてしまった。
先ほどまで、笑って見ていた常和が、気づけば灯に視線を向けていた。
「星名さん、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「古村さん、なんでしょうか?」
「実際さ、何処まで清の過去を知っているんだ? 明らかに何も知らないわけじゃないよな」
常和の口から出たのは、驚くべき発言だったのだ。
確かに、灯からは細かく聞けていない。いや、本人との間に、歪みを作りたくないから聞けなかったのだ。
手っ取り早く思い出すなら、灯に聞いた方が早かったのも事実だ。
普段は相手との関係に口を挟まない常和が、直接聞いているのはどこかおかしいようにも思えてしまう。
「私は……知っています。けど、話したくないだけです」
「様子を見るために黙っていたけどさ。――もしかして、清を騙しているのか?」
「……騙していません!」
「ならさ、騙してないって証明してほしいんだ」
「常和……もうやめてくれ、灯を責めないでくれ」
灯を庇うため、いつの間にか仲裁に入り、常和を止めようとしていた。
今にも泣きそうな灯を見ているのは、辛いだけだった。
心寧が灯の距離を離してくれたおかげで、常和に集中できる。
そう思ったのも束の間。
「あ、あかりー、待って!」
心寧が灯を呼び止めているのに気づき、目をやった。だが、灯は既に公園から出ようとしていた。
「清! あかりーを……灯を救ってあげて。清にしかできない事だから」
心寧はそう言うと、常和を抑えるのを変わりに引き受けてくれた。
「わかったよ、心寧……代わりに常和はまかせた」
心寧がうなずくのを見てから、灯を追いかけた。
――公園からどれほど走ったのだろうか。
灯に渡したペンダントから感じる魔力を追いかけ、だいぶ走り続けていた。
息は上がり、呼吸は辛く、走り続けるのもやっとだ。
魔法に頼らず運動していたつもりなのに、情けないものだ。
魔力の終着点が見えた。
(……灯と初めて会った、木に囲まれた草原)
十一月の終わりにも関わらず生い茂る木々や草花。その中を力の限り走り抜け、草原へと出た。
草原の中央には、その場にうずくまる水色の髪が見えた。灯だ。
静かに近寄り、灯の隣に座った。
「清君……」
「今は何も言わなくてもいい」
灯は小さくうなずいた。
聞こえた。泣きそうなほどにか細い声、灯は無理をしていたのだろう。
灯を救ってあげたい、どうすればいい。
(今までの灯との生活を……思い出すんだ)
思い返せば、一つだけあるじゃないか。あの約束が。
「灯の抱えきれない、不安や悲しみを……俺も一緒に背負わせてくれ」
言い終わると、かすかに風が吹き、草木を揺らしながら音を立てた。
この度は数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。
次回で清君の記憶第一部編が完結します。
次の第二十話「君はズルいよ」でお会い出来たら嬉しいです。