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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第五章:hope union

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百七十二:君はいつも幸せの先で待っている

 清は、夕方頃に常和と心寧から解放され、自宅の庭まで戻ってきていた。

 清としては二人が何かを悟らせないようにしている、と思い込んだため理由を聞いたが、特に用もなく連れ回したと説明されただけだ。


 自分たちの住む町にはまだ見ぬお店もあったため、二人はそれを考慮してくれたのだろうか。


 魔法のような光景を見て回り、常和と心寧と共に充実した日々を過ごせたのも事実だ。

 そんなこともあり、心の中では疲労よりも先に、満足感の優越に浸れている。

 消えぬ表情の和らみが、あせぬ幾千の輝きを意味しているだろう。


 そして冷めぬ気持ちのまま、家の玄関ドアをゆっくりと開ける。


 ドアを開ければ、ふわりと意識を引きむような、美味しそうな匂いが家中に漂っていた。

 清が匂いに釣られていれば、リビングから見慣れた少女が顔を覗かせる。

 そして、ポニーテールとなった透き通る水色の髪を左右に揺らしながら、ゆっくりと歩み寄ってきていた。


「清くん、おかえりなさい」

「灯、ただいま……あのさ、凄く美味しそうな匂いがするんだけど、何か作っているのか?」

「まあ、夜ご飯は、作っていますね」

「ああ、時間も時間だし、そうだよな」


 清もなぜ意味不明な質問をしたのか、自分でも不可解であり、首をかしげるしかなかった。

 灯はそんな様子の清を見て、小さく微笑んでいる。


 ふと気づけば、灯は清の手を取り、招待するように誘ってきていた。

 清も灯の行動に気づき、靴を揃えてから、灯に手を引かれるまま体をゆだねる。

 灯に手を引かれて共に向かえば、キッチンへと通され、圧巻とも言える光景を目のあたりにした。


(……これは!)


 夜ご飯の時間になりつつあり、灯が準備していたのだから、キッチンのテーブルに料理が並んでいるのは当たり前だろう。

 清が目を疑いそうになったのは、そのテーブルにたくさんの料理が並んでいたからだ。

 普段であれば、灯の栄養管理は完璧なため、清が好きと言ったもの全て並ぶことは無いだろう。

 だが今目にしているテーブルには、灯から以前聞かれた好きな料理がどれも鮮やに輝きながら美味しそうに並んでいるのだから。


 清は灯の手を自ずと優しくもぎゅっと握り、驚きのまま灯の方を見た。


「今日は豪華だな」

「ふふ、今日は腕によりをかけましたから」


 灯はそう言っているが、鈍感な清を見る際の視線が飛んできており、清は不思議でならなかった。

 灯はため息とは言えない、重たくも軽くもない、小さな息一つ吐き出す。


 そして灯が「ご飯前にこっちに来てください」と言って握った手を引くまま、リビングの壁沿いへと場所を移る。


「清くん、これを見てください」

「……カレンダー? それも八月のまま?」


 このカレンダーは灯が用意してくれた物であるが、何の変哲もないただのカレンダーだ。しかし、今は九月となったばかりで、めくられぬまま放置されているようだ。


 時折目にしていたが、月替わりに灯が朝からめくらなかったことは一度も無かったため、違和感を覚えてしまう。


「清くん、この手で……カレンダーをめくってみてください」

「え、ああ……わかった」


 透き通る水色の瞳で真剣に見られ、清は思わず息を呑み、恐る恐るカレンダーに手を伸ばす。


 灯が悪戯をしない、と心では理解していても、どこか不安があるのだろう。

 カレンダーに手を付ければ、灯のひんやりとした手が、清の手を重ねるように包み込んでくる。


「本当にめくっていいんだな?」

「ええ、めくってください」


 灯と共同作業をするように、清は八月のカレンダーをめくる。

 カレンダーはめくられ、八月の紙は切り離されるように取れ、九月のカレンダーを露わにした。


 九月のカレンダーを見た瞬間、時が止まるかのようだった。


(……今日、だったのか)


 九月一日に灯のきれいな文字で『清くんのお誕生日』と花の絵を添えて書いてあったのだから。

 ふと思い出せば、灯の誕生日を知ったあの日、灯が清の誕生日を教えずに黙っていたのは、こうしたサプライズとして用意するためだったのだろう。


 清自身、家族に誕生日を祝ってもらったことが一回もなかったのだから。だからこそ、気づけば誕生日を知らぬまま、嫌いになっていたことも思い出させてくる。


 清は止まった時が動き出すように、驚いた表情で灯を見た。


「……あの、今日が清くんの誕生日であることを、ずっと黙っていてごめんなさい」

「灯、別に気にしてないよ。あのさ……常和や心寧も、この件について知っていたのか?」


 本来であれば今聞くべきでは無いだろう。

 それでも清は、心の整理をする為に、灯に尋ねたかった。

 心から信頼を置いている、灯の言葉で聞きたかったから。


「それも含めて、清くんに嘘をついていたことを二つほど……謝らせてください」

「別に俺は、灯が謝るも謝らないも自由だと思っているよ。灯が俺の為を思って用意してくれていたのは、今、気づけたから」

「……じゃあ、気持ちはちゃんと伝えたいですから、謝らせてください」


 望んでいた笑みを見せて灯が言ってくるため、清は静かにうなずく。


「清くんの気になっている、古村さんや心寧さんですが、お二人も清くんの誕生日は知らなかったのですよね。一年生の当初から、お二人も清くんの誕生日を祝いたかったみたいで……」

「なるほど。で、灯が率先してやっているのを見て、今日の計画を立てたと」

「そうですね。お二人とも気を使ってくれたみたいで……」

「はは、それは明日詰め寄られそうだな」


 常和と心寧の誕生日を清は祝ったことはあるが、自分自身が誕生日を知らなかったため、二人には何かと嘘をついていたのだ。傷つけるような嘘ではない、自分が傷つかず、他人に深入りされない仮染めの嘘を。


 常和や心寧は、もっとも仲のいい清の誕生日は祝いたいと言っていたため、今日の誤魔化しに色々な所へ連れ回してくれたのだろう。

 そっと心の中で、灯に協力してくれた常和と心寧に感謝しないとな、と温かく受け止めておく。


「それと、清くんが誕生日を嫌っているのかも知らないのに、こうしてサプライズとして用意したことも……本当にごめんなさい」

「……灯、謝らないでくれ。確かに俺は、家族に誕生日を教えてもらえず、一人孤独を過ごしてきた。だけど、灯が居てくれる全ての日常の贈り物は、何よりも、最高だよ」


 棘のように刺さる思い出があってか、考えのまとまらない脳を抑制するように、ツギハギの言葉を気づけば口にしていた。

 灯が居てくれる世界は、何よりの光であり、自分に手を差し伸べてくれた唯一の希望だ。

 人が生まれた意味を知らぬとも、今の地を踏みしめて笑みを灯せる。そんな存在が近くに居てくれる。それだけでいいのだから。


 ふと気づけば、灯はぎゅっと抱きしめるように、清の背に腕を回してきていた。

 灯の仕草に清も釣られ、自分の生きる全てであってほしい灯を堪能するように、ゆっくりと腕を背に回した。柔らかな温かさに甘い香り、灯という存在の全てを今は欲している。


 欲がない清に唯一ある、大切な人を心から愛する一途な欲望。独占欲なのかもしれない、強欲なのかもしれない。だが、今の清にとって、欲望の理由はどうでもよかった。

 そして清は、灯の耳元に口を近づけ、囁くように言葉を口にする。


「灯、俺の為に、ありがとう」

「……清くんにバレたらどうしよう、ってひやひやしていたのですからね」

「ふん、誕生日を知らなかった俺が……気づくはずないだろう」

「そうでした。そもそも鈍感、ですものね」

「鈍感は余計だろ」


 鈍感でなくとも、多分忘れていただろう。

 今は目指すべき目標に向かって努力をしていた分、雑念を捨てていたのだから。それでも、灯を求める欲が抜けなかったのは、心の中だけで留めておく。


「ふふ、私と同じ(とき)に生まれてきてくれて、ありがとうございます。あ、清くんの為に作ったご飯が冷めちゃいますから、一緒に食べましょう」

「そうだな……灯、ありがとう」


 灯はちゃっかり清に抱かれながら居場所を見つけていたのか、すっぽりと包まるようにして、胸に刺さる小さな微笑みを咲かせていた。

 お互いに存在を堪能してから、料理の並んだテーブルの方へと向かった。

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