百六十四:今は一人じゃないってこと
「やっぱり、彼女が可愛く楽しそうに遊んでいる姿を見るのは良いよな」
「常和、本当に心寧には甘いよな」
「俺は彼女に甘くない彼氏の方がどうかと思うぜ?」
「まあ、それもそうか」
清は現在、灯の水着姿に慣れるのも含め、湖を眺めながら常和と二人で話していた。
常和から「いい加減慣れろよ」と肩を叩きながら茶化されているが、簡単に慣れれば苦労していないだろう。
灯と心寧は湖の浅いところでお互いに水をかけあい、きゃっきゃっと元気そうに遊んでいる。
常和からしてみれば、心寧が喜んでいる姿は何度見ても嬉しい、と言っていたため、和やかな気分で二人の方を見ているのだろう。
(魔法の庭、本当に静かな自然だな)
魔法の庭という、知らぬ人が入ってこられない空間にある土地だからこそ、こうして自然と戯れる遊びを存分に出来るのだ。
その時、肌を撫でるように吹いた風は草花や木々を揺らして音を立て、湖の水面を静かに揺らした。
ふと横を見れば、常和は澄みわたる青空を見上げながら、ゆっくりと口を開く。
「清はさ……弟、黒井紡と本気で勝負する気はあるのか?」
真剣に聞かれたその言葉に、思わず心が揺さぶられるようだった。
気を抜いて忘れようとしていたが、現在魔法の庭に居る理由は、解放者の強襲があったからだ。
そして、紡の不思議な力により負傷をし、灯に手当てをされたのだから。
質問された側であるが、どうしても気持ちが整理出来ない清は逸らす言葉を口にしていた。
「あのさ……常和は中立なのに、庇っても良かったのか?」
常和は清の言葉に、そっと自分の手を見ていた。そして、ゆっくりと握りしめる。
「今も中立だけど、管理者側の中立じゃないからな。ツクヨ……月夜さん含めてな……」
「えっ? 管理者側の中立じゃない、ってどういうことだ? それに、側とかあったのか?」
驚きを隠せず、気づけば不思議に思った言葉を口走っていた。
常和はそんな清の問いに対し、苦笑したような表情を見せている。それでも、真剣な眼差しは変わらず、たった一つの星を見ているようだ。
「まあ、あれだ……俺らも夏休み中に色々あったんだよ。清も見ただろ、校舎前で横たわっているあの木の数を?」
横たわっている木というのは、心寧が常和の努力していた痕跡を伝える際に見た、校庭を挟んだ場所にあった木々で間違いないだろう。
木の数だけでも、見えていない範囲で数十本はあったため、努力の結晶はうかがえる。それは、この魔法の庭で唯一、一日過ぎているであろう横たわった木だったのだから。
ふと気づけば、常和は心寧の方に視線を移し、手を心寧の方に伸ばし、力強く握りしめていた。
「清が家族ぐるみで大変だった中、心寧も家族……現美咲家当主、心寧のお父様の件で動いていたんだよ。もちろん、俺も一緒にな」
「心寧のお父さんに、何かあったのか?」
「あー、清は確か会ったことがあるんだったよな。……また二人の時にでも、命の魔法の件を交えて話すか」
芯のある覚悟を持った常和の声は、生半可な気持ちで首を挟んでいい問題ではない、と直感に伝えてくるようだ。
命の魔法という単語を出した時点で、気安い話では無いだろう。
命の魔法……それは、今の清が一番知りたい、紡に対する情報の一つなのだから。
少し考えこみそうになった時「俺が話したことは心寧に言わないでくれよ」と常和が真剣に念を押してくる。
常和の言葉に、清は静かにうなずいておく。
言葉を少しでも交わす必要が無いのは、真剣な気持ち同士の相手であるからこそ、直感が思えたからだろう。
音もなく柔らかな風が吹き、草を撫で、小さく笑っているようだ。
「そういや清、残留魔力になっただろ?」
苦笑気味に言ってくる常和は、こちらの固まったような気持ちを茶化しているのだろうか。
「なったけどさ……てか、なんでわかるんだよ!」
「だから言っただろ『使わなすぎには気をつけろ』って? 何でわかるか、か……俺が純魔法使い、だからとでも言えばいいか?」
「いや、余計に意味が分からないからな?」
答えが答えになっていないのに、気づけば顔を見合わせて笑い合えるのは、常和が心から気を許せる相手だからだろう。
どんなに些細なことでも、楽しいや面白いと思えるのは、自分の周りと自分が生み出した関係のおかげかもしれない。
周囲に恨みや妬み、マウントばかりの者が集まれば、それを反面教師にしない限り、人は当たり前と受け入れて成長してしまうのだから。
清は幼い時の環境も含め、大切な自分と希望を理解している、と自分の中では確立している方だ。
自分主義になりすぎないよう、周りを見たり、意見を取り入れたりして、取捨選択を誤らないのは大事だろう。それは、未来を自分の進む道へと変える、積み重ねた道になっていくのだから。
(本当に……俺は周りに恵まれていたんだな)
ふと気づけば、常和は真剣な様子でこちらを見てきていた。
「で、最初の質問だ。――清、黒井紡と本気で勝負する気はあるのか?」
言葉を口に出そうとしても、迷いがあるせいか、清は答えが上手く口に出せなかった。
清が迷った道を彷徨いそうになった時、常和はため息交じりに息を吐く。
「俺なら、家族の様に育ててもらった現当主や、心寧の幸せを守るためなら……立場が中立であれ、迷いなく勝負をする選択をするけどな。それに清、お前はもう――俺と初めて会った時みたいな、何も失うものが無い一人の存在じゃないだろ?」
あっさりと言い切ったにもかかわらず、芯が存在している常和の言葉に、心が打たれるようだ。
(そうだよ……なんで俺は、一人で解決しようとしていたんだよ)
解放者の強襲で灯を自分の手で守れなかった事、先ほど見た灯の心配する表情を、二度と繰り返したくないと思えるほどに。
思い返せば、家族としての居場所をくれた満星のおかげで、自分は一人じゃないと確かに実感したはずだ。
灯に魔法の草原であった清は、確かに全てを失っていたかもしれない。だけど、今は違うと言い切れる自信がある。
「……一人で迷って、あいつが本当の兄弟だからを理由に一人でどうにかしようって思っていた俺は、馬鹿だな」
気づけば、笑うように呟いていた。
そして清は、常和をぶれの無い真剣な瞳で見る。
「灯を守るために――四人で過ごした日々を守るためにも、俺は紡と本気で勝負する!」
と言い切ったが、紡と話して解決できるのであれば、迷わずその選択肢を取るだろう。
魔法世界で得た経験、誰も傷つかない平和を望むために。
今の紡を知らないからこそ、偽善者の戯言かもしれない。だが、言葉を伝えずに終わるのは間違いだと、灯に気持ちを伝えた時に一番理解しているつもりだ。
「だから、俺は今よりも強くなりたい」
「はは、清の純粋な熱い気持ち、嫌いじゃないぜ。でも、今は充分に休んで、星名さんと笑顔で居られる時間も大事にすべきじゃないか? 清はもう、一人じゃないんだろ?」
そう言って、清の胸に拳を当ててくる常和は、お互いに譲れぬ彼女に送る気持ちを思い出させてくるようだ。
常和の言葉に、清は静かにうなずいておく。
「おーい! そこの熱いお二人さーん! いつまで可愛い彼女を二人きりで待たせるつもりー?」
「清くん、早くしないと日が暮れちゃいますよ?」
ふと気づけば、湖の方からこちらに手を振っている、灯と心寧の姿が目に映る。
今は昼丁度になりつつあるが、灯の言葉はごもっともだろう。
時というのは、止まる人を置いてけぼりにする、自然に流れる川なのだから。
「清、美少女二人に呼ばれてんだ……行かない理由は無いよな?」
「ああ。常和、ありがとうな」
「その反応こそ、いつもの清だな!」
灯の水着姿には弱いままだが、清は確実に一歩ずつ、前へと進んでいく。




