第十七話:君が隠している努力と目的
翌日、いつものように教室へ入ると目を疑った。
隣にいる灯も予想外らしく、きょとんとした顔をしている。
それもそのはずだ、教室の黒板に『ペア試験詳細情報』と書いた紙がでかでかと貼ってあるのだ。
名前のセンスはどうにかならないのか、と思ったが今更な感じがある。
黒板を見つめつつ内容を確認していると、常和と心寧が近づいてきていた。
「お二人さん、おはよう。急なことに驚くよな」
「常和に心寧、おはよう。驚くも何も、前ぶりが無いのはいつもだろ」
常和は「それもそうだ」と言いながら笑っている。
心寧が灯に、この後どうする気なのか尋ねているのが聞こえた。
急なことであっても、対策は必須になるだろう。また、灯と考えていた対策は、詳細を見る限り使えそうにないのだ。
「今日が二十三日……準備期間は一か月か」
「清は今日どうする? 俺らはお昼休憩に教室で対策考えるつもりだけど」
「ええと、俺は灯に聞いてみてから考えようかと」
こちらの独断だけで決めるのは、灯に申し訳ないので話を通したいのだ。
常和もなるほどな、と察してくれたので、灯と心寧の会話が終わるのを待つことにした。
……灯との話がまとまった結果、お昼休憩に図書室で対策をとる結論に至った。
常和たちからは対策まとまったら図書室に来る、と言われたので、灯と二人きりになるみたいだ。
お昼休憩になり、図書室に来たのだが、管理の先生以外は居ないようだ。
都合が良いと言うべきだろうか。
近くの席に、灯と横並びで座った。横並びなのは、お互いに話をしながらも、試験の紙を見せやすいからだ。
「清君、ペア試験なのですが、三日間で行われるのは確定になりましたね」
灯が配られたペア試験の紙を見つつ、呆れたように言った。
「十二月二十三日から、二十五日までって……この学校は何気に長期休みを無くしているよな」
この学校は、春休み、夏休み、冬休みと言った長い休みが存在しないのだ。
入学前に説明されはしたものの、慣れろと言うのが無理な話だ。また、遠回しに監視の意味合いが強いだろう。
ある程度の自由は約束されている。だが、行動に関して厳しいところがこの学校の特徴だ。
「清君は気づきましたか?」
「なんのことだ?」
「ペア試験の上に小さく『魔法世界の管理者主催』って書いてあることに」
「管理者って……一筋縄でやれるほど甘くなさそうだな」
「ええ、しっかりと対策しますよ」
魔法世界の管理者が居るのを聞いていたが、噂だけではなかったようだ。
一段とやる気がでたところで、灯は一日目の魔法射撃についての内容を指で追っていた。
魔法射撃の内容は、大が一枚、中が五枚、小が四枚の的で構成されているようだ。
動き方までもが細かく書いてあるが、問題はそこではなかった。
灯の指も、清が気になった部分で止まっていた。
「魔法の使用回数……ペアで合わせて三回まで、ですか。合成魔法は一回で扱うと」
「しかも、中央の破壊判定のみで破壊できると。まるで灯の合成魔法を封じるみたいだな」
「私の合成魔法は拡散メインなところありますし……どうしましょう」
正直、このペアだと打つ手無しに近かった。
清の魔法は、威力が高い魔法を打てる代わりに、広範囲になりやすく、中央以外に当たる可能性が高い。
灯の合成魔法は聞いている限り、拡散をメインにしているらしく、的の中央は狙いづらいらしい。
灯の合成魔法を使った対策だったのだが、水の泡だ。
「……もしくは、魔法射撃を捨てる手段ですね」
「そう言いますと?」
「次の魔法勝負の部分で説明しますね」
灯には何か策が見つかったらしい。これは期待できそうだ。
次に、灯は指で魔法勝負の内容を追っている。それに続き、清も目で追いつつ読んでいく。
内容は射撃よりも簡潔に書かれており、理解するのは容易だ。
魔法勝負は二日間に渡り行われるようだ。
違う点としては、ペア対ペアの二人一組での勝負になるところだ。また、勝負は各ペア一回のみのようだ。
(一回の勝負で全て決まる感じか……重要なのは当たる相手と言ったとこか)
清が考えている際に、灯が制服の袖を引っ張ってきた。
「清君、先ほど言った意味なのですが、ここを見てください」
そう言って、灯は魔法勝負の評価方法を指さしてきた。そこには、先生と管理者代表が戦いを見て評価する、と書いてある。
「魔法射撃には評価方法が記載されていないのに、勝負には記載されている……おかしいと思いませんか?」
「的を破壊した数が評価に繋がらないなら、魔法勝負の評価に賭けるってわけか」
「そうですね。だからと言って、射撃をしっかりやらないにはなりませんからね」
灯の言うことはもっともだ。また、端から適当にやる選択肢は存在していないのだ。
二手、三手先を多く考えて、行動に移そうとできる灯の考え方はさすが、としか言いようがない。
もう一つの問題点としては、あれだろう。
「どのペアと当たるかって感じだよな」
気づけば、悩んだ考えをボソッと声に出していた。
灯には聞こえていたらしく、水色の瞳でこちらを見ながら口を開いた。
「え? 清君、聞いていないのですか?」
「灯、教えてくれないか?」
聞いていないのか、と聞かれても困ったものだ。知らないものは知らないのだ。
困った様子の灯は、小さく軽く呼吸をし、答えを言う雰囲気を出している。
「心寧さん、古村さんペアと勝負になるのですよ。もしかして、聞かされていないのですか?」
「勝負になるなんて聞いて無いな」
「清君にも伝えると言っていたのですが、学校側の連絡不足ですね」
呆れた様子の灯は苦笑いしていた。
学校側のミスで伝わらないのは、もはや恒例になりつつある。
何にせよ、勝負相手が常和たちなのは幸か不幸か。簡単に勝てる相手でないのは事実になった。
これで一通りの詳細は把握できた。あとは、勝負相手の対策と言ったところだろう。
灯は心寧と勝負したため、心寧の魔法をある程度は理解できているだろう。
そうなると、問題は常和だ。
「灯は常和の魔法を知らないんだよな?」
「そうですね。古村さんの魔法は見たことないですね」
悩んでいるのか、灯は不思議そうな顔をしている。それもそうだろう。
常和の魔法に関しては、説明するよりも見てもらった方が早いと言える。
接近戦の実力ならグループ、いや、学校内で頭一つ抜けるほど最強だ。
常和と初めて戦った際の敗北は、今でも苦い思い出だ。
「灯、常和と勝負できないか後で聞いてみる。俺が常和と勝負するのを見てもらった方が早いと思うんだ」
「手の内をグループ内でも明かすマネはさすがに――」
灯が言い終わる前に、図書室のドアが大きな音を立てて勢いよく開らいた。
驚いて目をやる前に、ドアを勢いよく開けた人物が誰だか判明した。
「あかりー、まことー! そっちの調子はどう?」
「心寧、図書室では静かにしとけよ。お二人さん、調子はいかがかな?」
すごくご機嫌な様子で、二人は図書室にやってきたのだ。
心寧を注意した常和を褒めるべきなのか、調子を尋ねてきた質問に答えるべきなのか。
騒がしい二人が来た時の情報量は多くなりやすい。
常和のニヤニヤしている顔を見るに、何か企んでいるのは間違いないだろう。
二人が対面の席に座ってから、本格的に話し始めた。
「常和、ちょうどよかった。実は話があったんだ」
「それは好都合で、俺も清と話したい事があってこっちに来たんだ」
お互いに考えがあったようで、合流できたのは幸いだ。
常和の話す内容を予測するのは難しいが、まずは、どちらから話を切り出すかだ。
悩んでいたのだが、常和の方から動き出した。
「簡潔に言うな。清と後で魔法勝負をしたいんだ」
真剣に常和から言われたのは驚くべき内容だった。
「俺もそれに関して聞こうと思っていたんだ。灯に常和の魔法を見せてやりたいと思ったからな」
「なら話は決まりだな! というかさ、心寧に魔法見せたことないのか?」
「……見せてないな」
常和もこちらと同じ考えだったようだ。
心寧には魔法を教えていないため、知らない分の興味があったのだろう。また、好奇心旺盛の心寧には、根掘り葉掘り聞かれそうなので、黙っていたのだ。
ふと、灯の方を見ると嬉しそうな顔をしている。断られるかもしれない、と思っていたのだろうか。
それから、常和といつ勝負するかの話になった。
「常和との勝負は近いうちにやっておきたいよな」
「んー。ならさ、十二月の最初の休日にしないか?」
「わかった。そうしよう」
勝負する日も決まり、他に迷う問題は特に無くなったはずだ。
とりあえずは一通りのことが決まり、落ち着いたので軽く胸を撫でおろした。
動作を見ていた心寧に笑われるのは仕方ない。
――突然、心寧は常和に張り付いた。
突発的なのはいつもだが、今回はどうも様子がおかしい。
「とっきーはすごいんだから! まことーになんか絶対負けないんだからね!」
何を言い出すかと思えば、彼氏自慢をしているらしい。
できるなら、これだけで終わってほしかった。なぜなら、灯も負けずと寄り添ってきたのだ。
「清君だって負けませんよ。清君の実力に、心寧さんの驚く姿が楽しみです」
女の戦いと言うものだろうか。これに付け入る隙はなさそうだ。
常和も苦笑しているあたり、諦めて受け入れているのだろう。
そうこうしているうちに、お昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴った。
学校が終わり、灯と共に帰宅していた。
帰り道を辿る灯の表情はどこか浮かない顔をしている。
余計なお世話かも知れないが、話して楽になるのなら聞いてあげたいものだ。
「灯、暗い顔しているけど……どうかしたのか?」
「え、あ、すいません。何でもないのです。」
尋ねてみると、灯が繋いでいる手に力を入れているのが分かった。
一人で悩んでいるのだろう。
「俺くらい頼ってくれないか? 灯の力になりたいんだ」
「……実は、管理者の存在が気になっていて」
「管理者が?」
「はい。私のもう一つの目的に関与しているのではないかと思って」
灯がもう一つの目的と言っているのは、こちらの記憶を戻す以外に何かあったと察せる。
それを喋るかは灯次第なので、清が口を挟むわけにいかない。だが、聞くだけ聞くしかないだろう。
透き通る水色の瞳に、黒い雲がかかっているようでほっとけないのだ。
「話す気はない感じか?」
「今は話せません。でも、清君が記憶を取り戻し始めたら……改めて相談していいですか?」
「それくらい、断る理由はないよ。俺は灯に笑顔であってほしいからな」
清が言い切ると、灯は恥ずかしそうにも距離を詰めてきた。
小さく握られた手を離さないように、優しく包み込む感じで握った。
灯はピクリ、と一瞬驚いたようだ。だが、すぐに微笑むような優しい笑顔を作り、向けてきた。
灯にはずっと笑顔であってほしい、と常々願うばかりだ。
「清君、ありがとう……」
「俺は何もしてない」
「素直じゃないですね」
笑顔の灯にからかわれながらも、家へと続く道をゆっくりと歩いた。
数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。
怠らない努力の故に得た知恵は、周りの困っている人を救う力として使えます。
清君と灯は努力家ペアであるので、時折、差し支えない程度には努力の描写を書きたいと思っております。