百五十九:最終日の夜は、君との約束で
数日もすれば、体調はいつも通りになり、灯による経過観察の日数も過ぎていた。
残留魔力による後遺症の心配もあったが、心配は煙のように消え、普段の日常が戻ってきている。
しかし現在、清は現実世界最終日の夜を迎えていた。
満星との三人で食べる夜ご飯も、しばらくは遠のいてしまうのだろう。
悲しさはあれ、生きていればまた会える、という言葉を胸に幸せの味を口にしていく。
食を囲み、他愛もない会話をし、世界に花を咲かせる、当たり前のような日常を感じながら。
「満星さん、今日の夜ご飯もすごく美味しいです」
「ふふ、良かったわ。三人で作ったもの、不味い理由は無いわよ」
「清くんの料理の腕前も上がったから、お母さんには感謝ですね」
そんな他愛もない会話をし、家族で食べる美味しさを清は改めて認識した。
食べ進めている際、清はある約束を思い出し、ゆっくりと口にする。
「あの、満星さん……」
「どうしたの?」
「食べ終わった後、灯と一緒にお散歩してきていいですか?」
「お散歩ね……反対、ってわけじゃないけど、理由を聞いてもいいかしら?」
「その、前にお散歩した際にした、灯との約束を叶えるためです」
満星は以前のお散歩、という言葉に感づいてか、手を合わせて明るい笑みをこぼしている。
食べながら静かに聞いていた灯は、思い出したように瞳を輝かせ、行きたいという想いを表情に出していた。
満星は灯の様子を見てか、しょうがないわね、と言って柔らかな視線でこちらを見ている。
「二人で行ってくるといいわ。でもね、余り遅くならないようにね? 私も二人との夜を多く過ごしたいのよ」
「お母さん、ありがとう。清くん、お母さんに気に入られていますね」
「灯程じゃないけどな」
灯からは、そうでしょうかね、と呆れたような微笑ましい言葉が飛んでくる。
満星と悲しい別れはしないつもりでいるため、灯のことも考え、早めに戻るつもりだ。
食べ終えた後、清は灯の手を引き、約束の場所まで向かっていた。
灯はお散歩の為に着替えたらしく、白いノースリーブのフリルが付いたブラウスに、シンプルなジーンズを着用している。それでも、髪を隠すローブを羽織っているため、魔法がある窮屈さを物語っているようだ。
そんなスタイリッシュのような中に、灯の可愛らしさも極まり、どんな服でも着こなせると直感が伝えてくるようだ。
清としては、自分とのお出かけの為に着替えてくれた、という小さな事実が心から嬉しかった。
灯が何を着ても似合うというのは清が一番理解しており、灯のオシャレしている姿を見られるのは至福の一時なのだから。
(……今日の星空も綺麗だな)
今日の星空は、灯の家から見た際も鮮明に分かるほど輝いており、この世界を祝っているようにすら感じさせてきたのだ。
世界だって生きている、それが事実であると認識させてくるように。
灯の家の周囲は、近隣住民の家が少ない畑に囲まれている。だが、人口の明かりがちらついていたため、自然そのままの形で見えていなかっただろう。
「これが現実世界最後の夜のお散歩、って思うと、考え深いですね」
「そうだな。……灯が約束をしてくれて、よかったよ」
「ふふ、今日は素直ですね」
「今日も、だろ?」
灯の茶化しに花を添え、手を離さないようにしてあの場所へと歩を進めていった。
そうこうしているうちに、十数分ほど歩けば、約束した草原へと辿り着く。
清と灯からしてみれば、幼い頃に慣れ親しんだ、思い出の草原。
二人で草原の中央辺りまで歩を進め、手を繋いだまま、お互いに空を見上げる。
見上げた夜空は、月の明かりと調和し、夜に咲く花は世界の命ある輝きを感じさせてくるようだ。
夏の温かな風は優しく肌を撫で、生きるという意味を教えてきている。
魔法世界で聞くことのない虫のさざめきも、しばらくは別れを告げるのだろう。
清は現実世界で得た経験を忘れたくないと胸に秘め、静かな空間に音を灯す。
「灯……俺、現実世界に来て良かったよ」
「私もです。清くんは、具体的に何が印象や思い出深いですか?」
「……灯の家族として受け入れてもらえて、幼い頃に手を伸ばした、全てを経験できたことかな。今は本当に一人じゃないんだ、って過去の自分に胸を張って言えるから」
「ふふ、成長していますね。私は、清くんの笑みを現実世界でたくさん見られた、これだけでとても幸せですよ」
灯に魔法世界で再会する前を考えれば、清は感情を完全に失った状態に近かったため、灯は幸せと感じられるのだろう。
清からしてみれば、灯の何気ない幸せを言葉にする考えが、心からの宝物だ。
(……これは)
ふと手に違和感を覚えて見てみれば、灯がそっと魔力を流していた。
「灯、どうして魔力を?」
「よく気づきましたね?」
「気づくだろ普通」
「残留魔力……お互いに魔力を流し、魔力の循環と発散を繰り返せば、魔法を使わなくてもどうにかなるかな、と思ったのでやってみただけですよ」
灯に哲学的理論を述べられたため、分からないから任せる、とだけ返して、清は笑みをこぼしながら誤魔化す。
灯が再発防止のための策を考えてくれているのを踏まえても、魔法があるという代償を再認識させられる。
欲した強い力程、後に牙をむくことを考えるべきだろう。魔法が無い世界に魔法があったとして、共に生きるために使われるのだろうか。
気づけば、清は灯の手を優しく握りながらも、星をそっちのけで考えに浸っていた。
清は考え込んでいたことに気づき、小さく呟く。
「……もっと長く居たかったな」
「機会があればまた来ることが出来ますし、世界の均衡を保つためには仕方ないですから」
灯の意味を理解できている分、清は思わず握る手に優しく力を込めてしまう。
灯はこちらの変化に気づいてか、そっと頭を撫で、培ってきた温かさを教えてくるようだ。
(……また家族と離れても、灯には悲しい表情をさせないようにしないとな)
清は心の中で覚悟を決めた。揺るがないように、心の奥底で花のように咲き誇るために。
だからこそ、今は灯の隣で立ち、綺麗な星空に想いを届かせる。
灯との間には、数えきれないくらいの光が存在しているのだから。
その時、月の明かりが隣に差し込み、灯を輝かせるようにして照らしていた。
月に照らされた灯は、青く黄色い光を浴び、その姿すらも愛おしく思わせてくるようだ。
清が灯に見惚れていることに気づいたのか、灯は小さく口角をあげる。
「清くん――星名灯と星の明かり、どっちが綺麗ですか?」
小悪魔のような笑みを携える灯は、こちらの精神を試す、もしくは弄っているのだろう。
清はそっと息を吐きだし、灯にだけ見せる笑みを生み出す。そして、静かに手を伸ばし、灯のひんやりとした柔らかな頬に優しく触れる。
灯は清の行動に驚いたのか、目をぱちくりとして動揺しているようだ。
「――俺の前で自然で居る、灯の方が何よりも綺麗に決まっているだろ」
あっさりと言い切れば、灯の白い頬は薄っすらと赤みを帯びていく。
瞬きする間もなく、灯は恥ずかしそうにしながらも、清をぎゅっと抱きしめてくる。
その時、花が開くように、灯の髪を隠していたフードが宙で脱げていた。
ストレートヘアーだったのもあり、水色の宝石は宙で光を反射して輝き、自分の元へと近づいてくる。
時間が止まったような中、灯の優しい香りと温もりだけが、正解も間違いもない答えだろう。
「この、甘えん坊目」
「私だけの清くん、ですから」
「ああ、俺は灯だけの俺だ。それでいて、灯は俺のだ」
「魔法世界に帰っても、この手は離さないでくださいよ」
「安心しろ、離す理由は絶対に創らせ無いから」
月明かりは、抱き合って想いを伝えあう二人を祝福するかのように、静かに温かな光で照らしていた。
温かな風は肌を撫でるように吹き、草花を擦り合わせるように鳴らし、世界に音の命を生み出している。
落ちついた後、数分ほど星を見てから、家に帰る話をした。
最後の夜を三人で少しでも長く過ごせるように、心を躍らせながら。
清は灯の手を取り、幼い頃の草原に別れを告げ、二人で帰路を辿る。
この時、二人を照らしていた月は、薄雲へと姿を隠していった。




