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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第四章

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百五十六:君の看病は心を洗う

(……もう、朝か。体が重いな)


 清は未だに朦朧とした意識の中、瞼を半開きにし、天井へと目をやった。


 天井に目をやったつもりだったが、清の視界には上から覗き込むようにして見ているのか、愛しき少女の姿が映りこんでいる。

 体調を崩したのもあり、悪夢から救いを求めた夢の中のままだ、と清は自分に言い聞かせるしかなかった。


 愛しき少女、灯が朝から自分の場所に来ているはずが無いだろう。

 清は視界が安定しないのを理由に、再度目を閉じた。

 だが、許されざる行為だったのか、聞きなれた優しい声が聞こえてくる。


「清くん、おはようございます。……体調はどうですか?」


 自分の名を呼ぶ声に、清はもう一度瞼をあげる。今度は半開きではなく、しっかりとあげてみせた。

 ぼやけた視界の中、声のした方向、正確には灯の方にゆっくりと顔だけを向ける。


 仰向けの姿勢でベッドに横になっているのもあり、視界が安定してくれば、上から覗き込む灯の姿を完全に認識させてきていた。


「灯……おはよう」

「おはようございます。あ、無理に動かない方がいいですよ」


 清が起き上がろうとした時、灯の冷えたような声により、清はピタリと動きを止める。

 聞くことが少なくなっていた灯の冷えたような声は、誰よりも心配している時の声だ。


「どうしてだ?」

「清くん、昨日の夜、急に倒れたそうじゃないですか……」


 この時に清は、昨日の夜の出来事を思い出した。

 急な目眩により倒れ、それから月夜に背負われ、ベッドで寝かされたことを。


 この瞬間、清は何故灯が心配そうな表情をしていたのか、全ての合点がいった。


「清くんにかかった病気は――残留魔力(ざんりゅうまりょく)

「残留、魔力?」

「ええ、私たち魔法使いが、魔法を暫く使わないのを起源に発する病気です。滅多にかかる人が居ない分、研究が進まない病気の一つですよ」

「それってさ、治るのか?」

「しばらく様子を見る経過観察は必要ですが、ペア試験で起きた魔力の暴走に近いものなので、安静にしていればすぐに治りますよ」


 灯の言葉に、清は思わず息をこぼした。

 灯を心配させたくないという思いもあるが、研究が進まない病気、と言われたのが内心怖かったせいだろう。


 表情に出さなくとも、心配は無くしたいのだから。


 ふと灯の方に体の向きを変えれば、この部屋に無かった椅子に座っているのと、近くに小さなテーブルが見えた。

 多分、看病をする為に用意されたのだろう。


「そう言えば、清くん、食欲はありますか?」

「えっと、ほどほどには」

「じゃあ、お粥を作ってありますので持ってきますね」

「え、あ、灯……」


 手を伸ばそうとした制止もむなしく、灯は椅子から早々と立ち上がり、部屋を後にしたのだ。


「あかり……」


 灯の素っ気なさに、清は気づけばポツリと呟いていた。


(あ、これは)


 布団から出した手をおとなしく戻そうとした時、自分の着ていたパジャマが、灯とこの間買ったパジャマになっていることに気が付いた。

 目を閉じた後、月夜か満星が着替えさせてくれたのだろう。


 熱が出ているのもあってか、冬用で買った温かなパジャマとなっている。


「……看病、か」


 灯が居なくなったこの部屋で、不意に一人寂しさを思い出してしまう。


 灯の見たことない素っ気なさに心が痛んだのもあるが、原因はそれだけでは無いだろう。

 病気や風邪になる、つまりは家族の誰一人として、自分を孤独にさせてくるからだ。


 自分が幼かった時に熱や風邪を引いた際、薬やスポーツドリンクを置かれ、暗い部屋でただ一人放置された過去の思い出。


 今なら風邪を移さない為の行動、というのは成長した今なら理解できる。だが、幼かった頃の清は、ただ親が近くに居て欲しかったのだ。

 親が自分を見ていないと分かっていても、苦しい気持ちの中で、優しさという微かな希望にすがりたかったのだから。


 記憶というのは残酷なもので、一つ思い出せば、あれやこれやと本棚から引っ張ってくるようだ。


 苦しい時に孤独という放置をされて以降、病気や風邪を引いても、自分を誤魔化して暗示をかけていたことすら思い出させてきたのだから。


 清は思い出した暗い過去を忘れるように首を振り、重い体を慣らすように、上半身を持ち上げる。


「……俺の家族って、なんだったんだろう」


 呟くように言葉を吐き出した時、部屋の外から足音が近づくのが聞こえてきた。

 そして、ゆっくりとドアが開かれる。


「清くん、お待たせしました。……もう、起きて大丈夫ですか?」

「いや、まだ少し怠いかな」


 灯は手にお盆を持ち、その上には小さな鍋とドリンクが置かれているのが目に映る。


 灯は慣れた手つきでお盆を小さなテーブルに置き、清のおでこに手を伸ばした。


「まだ熱ありますね。あの……暗い顔をしていますが、大丈夫ですか……」


 素っ気ない様で、それでいて心配そうに聞いてくる灯は、透き通る水色の瞳で真剣に見てきている。


 顔に出していないつもりだったが、清が隠していようと、灯には微かな表情の変化で気づかれていたのだろう。


 清が頭を振り「大丈夫だ」と言えば、灯は呆れたように小さなため息をこぼし、鍋の蓋を開けた。

 蓋の開いた鍋からは、白い湯気が立ち上り、ふわりと優しい白米の香りが鼻をつつくように漂ってくる。


 灯は気にも留めない様子で、スプーンを手に取り、お粥を混ぜている。


(料理も家事も出来るし、それでいて看病も出来るって、灯は本当に何が出来ないんだ?)


 上半身を起こした状態で見ていれば、灯はお粥を茶碗によそい、量を調節しているようだ。


 灯がこちらに姿勢を向きなおしたのを合図に、茶碗に盛られたお粥は、食欲をそそるような誘惑せし香りを堪能させてくる。


「本来なら梅干しを使ったお粥の方が良かったのですが、丁度切らしていたので、卵でとろみを出したお粥にしてありますので」

「……迷惑かけてすまない」

「清くん、迷惑だなんて思っていませんよ。どちらかと言えば、心配過ぎて、今でも冷静でいるのでいっぱいいっぱいですよ」

「そうなのか?」

「ええ。それに、以前、清くんがしてくれたことを返しているだけですから」


 灯は淡々と言葉を口にした後、こちらに茶碗を差し出してきていた。

 茶碗を受け取ろうと手を伸ばした時、灯が渡してくれるのかと思いきや、お粥をスプーンで掬って近寄せてきたのだ。


 予想外の行動に、清は思わず灯の顔を二度見してしまう。


 お粥がこぼれないように茶碗も寄せてきている辺り、自らの手で食べさせようとしているのだろう。


「以前のお返しです」

「え、あの……それくらい自分で食べられるから」

「無理をしない方が身のためですよ。……それに私が清くんに食べさせたいだけですから」


 小さく微笑みながら言い切る灯は、こちらに主導権を譲る気は無いのだろう。

 また、主導権を譲られたところで、隙あらばスプーンが灯の手に渡っている未来が見える。


 透き通る水色の瞳は、有無を言わさんばかりに真剣に見てきており、潔く諦めるしかないのだろう。

 今まで素っ気ない態度だった灯が嘘のように、今では小悪魔と天使が混ざったような灯が誕生している。


(……これも灯と付き合えた運命か)


 清は灯の瞳を見て、そっとうなずいてみせる。

 そして口を開ければ、灯に対して承諾の合図になったらしく、ゆっくりとお粥が口の中に運ばれてくる。


(おい、しい……)


 水分が多めの素っ気ない味ながらも、卵のとろみの混ざった甘みに、どこか優しくまろやかな味わい。

 また、ちゃんとした看病をされる、という初めての経験に、清は気づけば目じりが熱くなっていた。


 口に含んだお粥は、堪能すればするほど味を出すようだ。


 心が温まる瞬間、気づけば、清は一滴の涙を流していた。

 涙を流したのが良くなかったのか、灯は慌てて驚いた表情をしている。


「ま、不味かったですか?」


 困惑しながら聞いてくる灯に、清はそっと首を振った。


「いや……幸せだなって。他人に看病される、って初めての経験でさ、こんなにも温かいんだって」

「本当の家族がどうしていたのかは知りませんが、私が清くんを放っておくわけありませんから」


 小さく口許を緩めて呟く灯だからこそ、清は涙を流してしまったのだろう。

 弱い涙ではない、大切な気持ちを知った時に流す、大切な人にだけ見せる特別な涙。


「清くん、まだ食べられますか?」


 灯の問いにうなずけば、灯が自然と食べさせてくれる。

 清は灯の優しさを受け取りながら、流れた涙を指で拭い、ゆっくりと食べ進めた。小さな温もりで包まれるような、小さな幸せを感じながら。


 幸せそうに食べる清が嬉しいのか、灯は嬉しそうな笑みを宿したままだ。

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