第十六話:記憶のカケラとグループの絆
次の日、何事もなかったかのように、灯の作ってくれた朝ご飯を共に食べていた。
和食メインの料理が並んでおり、朝からとても幸せになる。
「清君はいつ見ても、食べている時が幸せそうで嬉しいです」
「灯が作ってくれたご飯だから幸せなんだよ……特別な味がするからな」
灯は恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めていた。
清は今までも美味しい、とは言っていたが、直接褒めたことは無かったのだ。
気づかぬうちに思いを伝えてしまい、恥ずかしくなり、清は黙って箸を付けた。
二人の間に流れる沈黙。また、箸の軽く当たる二つの音は、空間を調和する芸術のようだ。
ふと灯の方を見れば、綺麗な姿勢ときちんとした箸の持ち方、見習うべきところだらけだ。
「そういえば、清君」
黙って食べていた灯が急に口を開いた。
「昨日の連絡で、今日の朝にグループの連絡をすると言われたのを覚えていますか?」
「そうだっけ?」
清の発言に、灯は呆れたようで軽くため息をつかれてしまった。
こうなるならちゃんと聞いとくべきだった。だが、後悔しても今更だろう。
「まあ、いいです。話によっては、グループの重要性が変わるかもと言いたいだけですので」
グループの重要性、清はその言葉に何か違和感を覚えた。だが、四人が離れるなんて事態は無いだろう。
その後は特に話題を出すこともなく、朝ご飯を食べ終わった。
部屋で学校の準備をしている際に、コンコン、とドアをノックされた。
ドアを開けると、制服に着替え終わったらしい灯が立っていた。
この珍しい光景に戸惑ったが、伝え忘れでもあるのだろうか。
「昨日話した、清君の記憶についてなのですが」
真剣な表情で、灯は見つめてきたまま続けた。
「実はある程度の情報収集は済んでいます。後は、清君自体に問題があると考えています」
「……なるほど。灯、本当にありがとうな。こんな俺の為に」
灯は恥ずかしそうに「大切な人ですから」と言い、リビングへと下りて行った。
灯の無意識に出る可愛さには負ける。清は頭を冷やしつつ、リビングへと向かい、一緒に学校へ向かうため家を出た。
お昼休憩に、灯、常和と心寧の四人で食堂に来ていた。
「清君、どうぞ……おにぎりです」
「灯、ありがとう」
灯から差し出された、おにぎりの入っている包み布をありがたく受け取った。
屋上で食べた以来では久しぶりなので、嬉しく思えた。
常和と心寧の方に目をやると、案の定ニヤニヤされてしまった。
二人は、清と灯をくっつけたいらしい。いつ付き合うのかを、目の前で正々堂々聞いてくるくらいなのだ。
「まことー、あかりーは仲いいね。私たちも負けてないけどねー!」
「清、羨ましいだろ」
「別に羨ましくない。後、心寧は一体何を競っているんだ?」
心寧は誤魔化すように、常和へと張り付いた。見ているこちらの身にもなってほしいものだ。
また何事も無かったかのように、静かに凛としている灯。
少しのやり取りだけでも情報量が多すぎだ。
場が落ち着いたのを見計らってから、朝の話を切り出すことにした。
「朝あったグループの話なんだけどさ——」
「実際は必要ないとか意味わかんないよね!」
話を遮って口を開いた心寧は、キレ気味に声を発した。しかし、瞬時に常和が宥めているので心配ないだろう。
灯と朝話した重要性、最悪な形で現実になってしまったのだ。
朝の連絡事項で、担任から『グループは作る必要がなくなりました』なんて言われたものだ。
急な出来事なのだから、普段は温厚かもしれない心寧が起こるのも当然と言える。
無くすだけ無くされるのは悲しいものだ。何かいい考えはないのだろうか。
「……必要だと思わせるキッカケを作れればな」
気づけば、気を抜いたように小さく呟いていた。
その時、常和が「それだ!」と言いながらテーブルを叩いた。
この時の自称ムードメーカー常和は頼りになる。
「必要ないなら、必要にさせればいいんだよ!」
「……とっきー、それをどうやるかって話でしょ」
「心寧さんの言う通りですね」
常和の発言には笑うしかなかった。だが、暗いムードを脱却してくれたのは感謝だ。
どうしようか悩んだときに、灯が制服の袖を優しく引っ張ってきた。
何かを伝えたいらしく、小さく手招きしていた。清は耳を寄せることにした。
「清君、記憶の手伝いをしてもらうのはどうでしょうか。それに——」
灯からされた提案は驚く内容だった。だが、実行に移せれば注目されるのは間違いないだろう。また、水色の瞳から迷いはない、と言う強い気持ちが伝わってくる。
柔軟性の高い考え方は見習いたいものがある。
聞いた内容を頭の中でまとめ、常和たちに伝える覚悟を決めた。
「あのさ、記憶を取り戻す手がかりを一緒に探してくれないか?」
「……そういうことか、清、俺は手を貸すぜ。最高の親友の頼みとあればな」
察しが良い常和は多くを語らなくともわかってくれたようだ。あとは、不思議そうにしている心寧の協力を仰ぐために説明するだけだ。
「要注意危険人物が記憶を取り戻せば、学校側も探りを入れるだろ? それがグループだと知れば需要が上がると思うんだ」
「なるほどー、わかった! うちも協力するよ」
心寧も理解してくれたようで、やる気満々の姿勢を見せている。
危ない賭けではあるが、これである程度の道が決まったと言える。だが、もう一つの問題として、記憶の手がかりを探す方法だ。
当てもなく探せば、途方もない時間がかかるのは目に見えている。
灯もそれをわかっているうえで、考えを提案してきただろう。
何かないのかと考えていると、心寧が何かを思い出したらしく、注目させてきたのだ。
「うちの家はさ、古い本がたくさん置いてあるの! その中にね、記憶に関する本を見たことがあるの」
思いがけないところにヒントとなりうる情報があったようだ。
心寧の家に行ったことは無いが、古い本があるのは聞いていたので間違いなさそうだ。
「心寧さん、その本を見せてもらうのは可能ですか?」
灯も気になったのか、借りられるかを心寧に尋ねてくれた。
「多分、大丈夫だと思う! 帰ったらすぐに探して集合する?」
「それならさ、星名さんも居る清の家に集合しようぜ」
行動力の塊である二人に、流れるよう、家を集合場所にされたのだ。断る理由もないのでちょうどいいだろう。
時間を見ると、お昼休憩の終わりが迫っていたので詳しい内容は保留となった。
後の話で判明したが、古い本が今もあるのかは不明らしい。
清は灯と共に家で二人を待っていた。
数分後に二人が来て、リビングに上がらせてから話し合いは始まった。
心寧がテーブルの上に無言で古い本を置いた。表紙は古ぼけているため、読めそうにない。
「……まさか、お父様が持っているとは思わなかったよ」
「心寧のお父さんは優しいんじゃないのか?」
「周りに対して礼儀正しいだけで、優しいわけじゃないよ」
気になったので聞いてしまったが、心寧から見た図だとあまりよくないらしい。
触れるべきではなかった、と心の中で反省した。
心寧は特に気にした様子もないので、ほんとうに合わないだけだろう。
隣に座っていた灯が、古い本へと手を伸ばした。そして、優しい手つきでページをめくり始めた。
最初の数十ページには何も書いていない。書いていないではなく、消されているが正しいだろうか。
「このページ……魔法がかかっていますね」
灯は何も書いていない一つのページで手を止め、不思議なことを言い出したのだ。
「あかりー、それってほんと?」
「俺らから見たら、何も書いてないただの紙としか言えないんだが」
常和、心寧からも清と同じように見えているらしい。
何度見ても、やはり魔法の力を感じない。感じ取れている灯がすごいのだろうか。
灯は不思議そうに瞳をパチクリとさせている。
何かあったのだろうか。
「灯、魔法を解くことは可能なのか?」
「……心寧さん、解いてみてもいいですか?」
灯の私物ではないので、持ってきた本人に確認を取るのを怠らない。勝手な行動を控えることで、お互いのいざこざを生まない配慮はさすがだ。
聞かれた心寧は少し悩んだ感じでうつむいてしまった。
心寧が持ってきたと言っても、親の物であるのに変わりはないから困るのだろう。
無理だと言われればそれまでだ。
返答を待つ清の手には、自然と力が入っていた。
知りたいと思う力が、身を勝手に行動させてしまっているのだろうか。
その時、灯が手を急に握りしめてきた。その手は震えている。
今思えば、魔法を解けば何が起こるかわからない。
……この中で危険と一番隣り合わせなのは、灯だ。
「……灯、何が起こっても俺が守ってやる」
「清君、ありがとう……お願いします」
小さく述べられた感謝は、灯の表情に優しい笑顔を生み出した。
「お二人さん、熱いところ悪いけど……心寧は決まったみたいだ」
常和に言われ、心寧の方に目をやると迷いのない顔をしていた。
本当に決心がついたようだ。
「あかりー、魔法を解いてもいいよ。それと、その本はあげるから」
許可をもらうと同時に思いがけない発言をされた。
魔法を解くならまだしも、本をあげる意味がわからなかった。
「魔法を解くとしても、あげるのは本当にいいのですか?」
「お父様から……清と灯の話をしたら、覚悟が決まっていたらあげるよう言われたからいいの」
「心寧、ありがとう。感謝する」
心寧のお父さんとは一度しか会ったことないが、この幸運には感謝だ。
不明な点はあれ、まずは魔法を解くのが重要だ。
灯にアイコンタクトするとわかったようで、灯は本のページに右手を置いた。
「始めますね」
灯の合図に、三人は固唾をのんで見守るだけだ。
灯の手には魔法陣が現れ、小さく回転しだした。
魔法を言わずとも使える清と同じく、灯も使える。つまり、今は静かに、解く魔法を使っているのだ。
数秒後、変化はすぐに現れた。現れたよりも、戻っているが正しいだろうか。
置かれている手を中心に、文字が浮き出て、本が光始めたのだ。
「これが星名さんの魔法の力」
「とっきー、こんな魔法のようなことが存在するの……」
見ていた常和と心寧も驚いたように口を開いた。
こんな魔法のような出来事、普段の日常で目の当たりにするなんて否だ。だが、今まさに目の前で起こっている。
夢なんて言えない。
次の瞬間、本はより一層、光を強め周りを包み込んだ。
「清君、君は魔法の影響により、記憶障害を起こしている」
――黒いフードを深くかぶった人物が目の前に居る。
イスに座る感覚がリアルだ。過去の記憶を追体験しているのだろうか。
「君の過去は、魔法で記憶のカケラにして分け、忘れてもらう。君の為、いや、灯と魔法世界の為にも」
黙々と清々しく言っているが、内容が恐ろしいのを理解していないのだろうか。
(この人は何を言っているんだ。それに、なんで灯の事を)
「魔法――fragment of memory――。記憶を思い出したとき、君は何を願い、憎み、恨む」
有無を言わさずかけられた魔法に、清は意識を奪われた。
……目を開けると、元居たところに戻っていた。夢だったのだろうか。
周りを見渡すと、灯、常和と心寧が気絶しているのが目に入った。
「灯、それに常和と心寧! 大丈夫か!?」
慌てて近くによって声をかけると三人は目を開けた。気絶していただけのようだ。
三人の無事に安心して。清は胸を撫でおろした。
状況確認が終わり、魔法の解かれた本へと目をやった。
「……記憶をカケラにして分ける魔法が存在する。だが、古き魔法故に扱える者は存在しない」
本のページを読み上げた灯から聞こえた言葉には耳を疑った。
記憶魔法の存在もそうだが、先ほど意識を落としたときに体験したのだから。
書かれているのは本当の情報だと確信していいだろう。
考えていると、灯に続くよう、心寧が次の文章を読み始めた。
「記憶を思い出す方法、記憶のカケラを探し出すのだ。さすれば、真実の記憶は開かれ、交わることなく思い出すであろう」
「えっとさ、つまりは記憶のカケラを探せばいいってことか?」
不思議そうに要点だけをまとめた常和はわからなそうにしている。
本のページは一枚だけしか戻っていないのか、他は全て空白だ。
灯と心寧は本の内容について話し始めている。
「あのさ、実は思いだしたんだ」
「清君、何を思い出したのか教えてもらえますか?」
そういうと、灯は静かに見つめてきている。
「実はさ——」
灯と心寧に常和へ、先ほど思い出した記憶を話した。
記憶障害を起こしたことにより、謎の人物から記憶を消された過去があると。また、その人物が記憶魔法を扱った出来事。
話終わると、灯は急に抱きしめてきた。まるで、受け止めるかのように。
抱きしめられている理由はわからなくもないが、常和たちの前ではやめてほしかった。顔が熱くなりそうだ。
抱きしめた後に、軽く清の頭を撫でると灯は離れた。
「……清君の記憶のカケラは絶対に見つかります。私が保証します」
「ありがとう、灯」
小さく灯にお礼を言いつつ、手を取り軽く握った。とても優しい感じが伝わってくる。
ふと常和たちの方に目を向けると、もはや呆れているように見えた。
見た瞬間、常和が言葉を漏らしてきた。
「いや、あのさ、付き合ってないのがおかしいくらい仲良すぎだろ」
「まことーに対して、あかりーは本当にあまあまだねー」
常和と心寧に言われ、灯は恥ずかしくなったのか、清の胸へと顔をうずめてきた。
逆に燃料を追加しているとわかっていないのだろうか。
そんな灯に呆れつつも、受け止めきれるだけ受け止めた。
夜になり、常和たちと一緒に、灯の作ったご飯を食べていた。
「あかりーの作る料理美味しいよ!」
「心寧さん、ありがとうございます」
褒められるのは嬉しいのだろう。
灯が嬉しそうにしているのを見るのは良いものだ。
初めて囲んで食べた時よりも、今のほんわかとしたこの空気は良いものだ。
そんなとき、静かに食べていた常和が急に言葉を発した。
「清、俺たちが協力するのはここまでだ。後は——」
「わかっている。俺と灯がやるべきと言いたいんだろ?」
「ああ、だから、頑張れよ……俺の親友にはいつも笑顔で居てほしいからな」
「常和、ありがとう」
他人の幸福を素直に褒めたたえられる親友を持てて嬉しいものだ。
「このグループの絆は誰にも邪魔できない!」
唐突に声を発した常和は、急に握り拳を前に出し、ほらお前らも、と目くばせをしてきた。
心寧は笑いながらも握り拳を前に出した。
急なことに戸惑いながらも、灯と目を合わせた。
二人で小さくうなずき、二人で握り拳を前に出した。
テーブルの中央に近づいて、交わる拳は鎖を連想させるようだ。
「この四人で、絆の力は奇跡すら生むって見せつけてやろうぜ!」
常和の言葉に鼓舞されるよう灯が続いた。
「一人、二人、三人の力で解決できなくても」
「うちら四人の力なら」
「……どんなことでも、受け止め、乗り越えられる」
「俺らグループの絆は永遠に不滅だ!」
笑顔で笑いながら占める言葉を言う常和に、皆で笑って、いつの間にか笑顔をこぼしていた。
笑い合える仲間に出会えた感謝は忘れてはならない、と清は心に深く刻んだ。
魔法のような日常が続く今が本当は好きなのかもしれない。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。
後少しの話数で、清君の記憶の一部に迫れる見込みが出来ました。第一章は記憶の一部が戻ってもまだまだ続くので、応援よろしくお願いします!
また、ゴールデンウイークはいそがしくなりそうなので、更新が遅くなるかもしれませんがご了承ください。