第十五話:君との特別な関係
「なあ、清」
「なんだよ」
「そう言いつつもさ、本当は何を聞こうとしているかわかっているだろ?」
翌日学校に登校すると、常和が距離を詰めつつ話しかけてきたのだ。ニヤニヤしているあたり、昨日の追撃と言ったとこだろう
この話の主題である灯はと言うと、心寧と近くで話している。さしずめ常和の策略通りと言ったところか。
灯が居れば話をしづらくなるので、当然と言えば当然だ。
「常和……答えないと駄目か?」
「俺はお前の事をちゃんと理解したいから聞いているんだが?」
「少し考えさせてくれ」
常和の言葉には疑えるような意思を感じない。こちらの事を理解したいのは事実だろう。
ただ、この場で話した場合が問題だ。近くに灯が居るので、聞かれている恐れも無きにしも非ずだ。
今の状況で導き出せる答えとしては、一つだけだろう。
「放課後でもいいか?」
「……なるほどな。そうするか」
軽く周囲を見てから、常和が承諾してくれたのを見るに、清の考えに気づいてくれたのだろう。
放課後になり、灯と心寧が近づいてきた。
「清君、お昼に話した通り、私は心寧さんと寄り道してから帰りますね」
「わかっているよ。俺も常和と遊ぶ予定があったから、ちょうどよかったよ」
そういうと、灯は安心したように微笑んだ。頼むから人前ではやめてくれ、と清は思うのだった。
話が終わったと理解したのか、黙っていた心寧が灯の手を引き教室を後にした。
恋人同士ではないのに、心寧に気を使わせているのは申し訳ない。
そっと、常和が近づいてきた。無言で、行くぞと手で合図をしてきた。
従うように清も教室を後にした。
道中で軽く話そうとしたが、魔法スタジアムで本格的に話をしたいらしく、着くまでは無言の時間が続いた。
魔法スタジアムに着くと、空いていた魔法射撃の場所へと入ることにした。
常和が的の調整をしつつも、ようやく口を開いた。
「清はさ、結局、星名さんのことをどう思っているんだ?」
「……正直さ、どう思っているかと聞かれたらわかんないんだ」
「はは、なんだよそれ」
常和は笑いながらも、的の調整が済んだようで、空間の魔法を動かした。
何かをやりながらの方が、話しやすい話術を知っている、そんな感じが常和の行動からは伝わってくる。
「とりあえず準備できたからさ……やりながら話そうぜ」
「的に魔法を当てればいいんだよな?」
確認をすると、常和がうなずいたので大丈夫なようだ。また、動かない的を狙うみたいなので、簡単にしてくれたらしい。
魔法名を言わずとも使える清からしてみれば、ありがたく思えた。
「清と勝負したのを思い出すな……」
「その話、今は関係ないだろ」
「それもそうだな。風の生成魔法——暴風剣【ぼうふうけん】——」
暴風剣、常和と初めて魔法勝負をした際に見たものだ。遠距離に斬撃を放ち、魔法すら断ち切る力がある。
魔法射撃をやるとなれば、見たくないと思っていた武器を見ることになるのは当然か。
意外なことに、常和は一般的な魔法を使わないのだ。いや、使えないらしい。
お互いに準備が終わると的を狙い始めた。しばらく、この部屋に響くのは魔法を打つ音のみだった。
「ところで、星名さんはお前の事をどこまで知っているんだ?」
軽く剣を振りながら、常和は真剣な表情で聞いてきた。
灯の事を聞かれるのは当然だが、どこまで知っているか、と言う発言には引っかかるところがある。
図書室で気を失った時に、灯が怪しい行動でもしてしまったのだろうか。
「……それは知らん。灯本人に聞いてくれ」
「心寧の方から止められているから聞けないんだ。それに、無理に聞く気はないからな」
「知らないのは事実だからな」
これ以上、追撃できないように言葉の針だけは刺すことにした。
さすがに、常和も聞くのは無理だと判断したらしく、愛想笑いをしていた。
この軽いやりとりができるのも、お互いに信頼し合っているからだろう。
何かを思い出したのか、常和はさらに質問をしてきた。
「記憶が戻りつつあるんだろ?」
「何で知っているんだよ!?」
「……さっき聞いたことを繋げばわかるだろ」
予想はしたが、図書室の時に灯が口を滑らせたのは間違いないみたいだ。清のことになると焦る時があるから、しょうがないことなのだろう。
記憶は触れられたくないことではあるが、一体何を聞く気なのだろうか。予想ができない。
「他人である俺が聞くのはおこがましいけどさ、清は忘れた記憶をどうしたいんだよ」
要するに、記憶を取り戻したいのか聞いているのだろう。
前までなら、記憶を忘れたのは仕方ないことで、どうでもいいと諦めていた。けれど、今は考えが変わっている。
灯と出会ってからの短い時間で、もっと知りたい、二度と忘れたくない、隣に居たいという、知らない感情が込み上げてきている。
どこか恐れていた過去を思い出したい、と思うようになってきていた。それに、今は一人じゃない、周りに居る三人のおかげだ。
「本当の記憶を思い出したいよ……清の自分と向き合うためにも」
「……穢れなき自分と向き合うか、頑張れよ」
「ああ、灯の為にも受け止めると決めたからな」
「本当に熱いなお前ら。付き合ってないのが嘘としか思えんな」
かっこよく宣言したつもりが、常和に笑われてしまった。しかし、発言はこちらの落ち度だから仕方ない。
清は恥ずかしさを紛らわせるためにも、炎の魔法を腹いせ感覚で的に連打した。
気づけば時間がせまっていたので、後片付けをすることにした。その際に、常和から思いもよらぬ言葉をかけられ……誤って魔法で爆発を起こしてしまったのだ。
……爆発の後片付けをし、清は家へと戻っていた。
ドアを開けると、灯の靴がある。どうやら、先に帰ってきていたようだ。
静かに上がり、リビングを覗くと、ソファのいつもの位置に座っている灯の姿があった。ただ、何処となく眠そうだ。
「灯、ただいま」
「……え、あ、清君……おかえりなさい。いつから居たのですか」
灯は見られていたのが恥ずかしかったのか、少しムスッとした様子で尋ねてきた。
「そんな怒らないでくれ、さっき帰ってきたばかりだ」
そう言いつつ、灯の横に座った。この前まで、隣に座る動作を戸惑っていたのが、まるで嘘のようだ。
様子を見ていた灯は呆れたように、水色のロングヘアーをヘアブラシで手入れし始めた。
なぜ今、と思ったが、何気に見たことないので興味が湧いてしまった。
言うのならば、可愛い。これ以外の言葉は不要だろう。
灯は見られていたことに気づいたらしく、ハッとしたように口を開いた。
「お、怒ってはいませんからね。ただ、髪にゴミがついていたので取っているだけです」
「わかってるよ」
「……わかっていませんよね」
口から出まかせを言ったのは事実だ。諦めてうなずいた。
次の瞬間、灯は持っていたヘアブラシでポコポコと、清の手の甲をゆっくり優しく叩いてきた。
叩き方を優しくしているのは、物を大事にしているのと、互いを傷つけたくないほど大事だと思っているからなのか。
物を大事にしたいなら、物で叩くなと言いたいところだ。
灯は満足したのか、数回程叩いたとこで、叩くのを止めた。
「そういえば、古村さんとは何を話したのですか?」
「……聞きたいのか」
灯は無言で、水色の瞳をきらきらさせ聞きたいと訴えかけている。灯の事を話していた何て言いたくないものだ。
期待には応えてあげたいので、唯一話せることを話題に出すことにした。これは、灯も知りたいかもしれないからいいだろう。
「記憶を取り戻したいかどうかの話をしたんだよ。……俺は取り戻したいと思っている」
「……あなたにとって、辛い過去と直面する覚悟はあるのですか?」
「君が隣に居て、守ってくれるんだろ?」
清は真剣な眼差しで灯から目をそらさずに、逃げずに受け止める道を宣言し、選んだ。
正直、灯に伝えるのは気持ちの整理が必要だったのかもしれないと思った。また、灯も顔を赤く染め始めている。
(俺が先に言い出したけど、どういう状況なんだよ)
……先にキャパオーバーを迎えたのは灯のようだ。
耐えきれなくなったらしく、清に背を向けるように、灯は後ろを向いたのだ。
その時、振り向く勢いで揺らめいた、透き通る水色の髪が時間の流れを感じさせた。
悪いことをしてしまった感はあるので、どうにかして状況を打破したいものだ。
何かないものかと思った時、昨日の出来事を思い出した。やるなら今だろう。
清は静かに灯の背後に近づくと、人差し指、中指、薬指の三本の指を灯の頭に置いた。そして、優しく撫でた。そっと髪の間を縫うように、傷つけないよう。
「え、え、え、ま、清君何を!?」
突然の出来事に灯は慌てているようだ。
「撫でているだけだが」
「いや、見ればわかりますけど……何でいきなり」
「撫でたかったから。黙って受け入れてくれ」
灯の髪はなめらかでサラッとしており、キューティクルもしっかりと整っている。また、艶が光を反射し、三日月に見えた。
触るだけでも髪の良さがわかる灯の髪はさすがとしか言いようがない。
受け入れていた灯は甘えようとしたのか、後ろに居る清へ倒れて寄りかかろうとしてきたのだ。
次は清がキャパオーバーしそうなので、拒否するように受け止め、普通に座らせることにした。
お互いに落ち着くと、目を合わせた。
「当たり前ですけど、許可なしに女の子の頭は撫でちゃだめですよ」
「昨日、許可もらったと思ったんだが?」
「その時はやらなかったじゃないですか!」
どうやら、日付をまたいだ許可は無効になってしまうらしい。
ご立腹の様子ではないみたいなので、嫌ではなかったのだろう。多分。
「わかった。次からは気を付けるから」
「……私以外にはしないでくださいね」
小さい声で呟くその言葉は駄目だろ。
清は一瞬動揺してしまったが、すぐさま気持ちを落ち着かせる。
軽く呼吸をしたせいで、灯に微笑むような笑い方をされたのは言うまでもない。
「それと、先ほどの返答ですが、当たり前です。後は、清君がどうすれば記憶を取り戻せるかですね……」
「心配する必要はない。君と一緒なら、絶対どうにかなるさ」
清の返答に、灯は小さくうなずいた。
「なら、今の清君のことを知る必要がありそうですね」
「今日は遅いし、また後でな」
お互いに約束して「おやすみ」といい、清は窓から星を見た後に、意識を水の中へと沈めた。