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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第一章:fragment of memory
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第十四話:甘えてくる君との雑談

 魔法スタジアムから戻り、灯と一緒にリビングのソファに座っていた。


「あ、灯……あのさ」

「清君、急に改まってどうしたのですか?」


 別の事を考えながら話かけた為、動作が固くなっていたことに、清は言われて気づいた。その際、灯に軽く微笑まれて恥ずかしくなりそうだ。

 軽く深呼吸をし、いつもと変わらない表情で再度、口を開いた。


「……お風呂入るまで少し時間あるから、灯と話したいなって思ったんだよ」

「それならそうと、素直に言ってくださいな。何事かと思いましたよ」

「すまない。次から気を付ける」


 今回、話すことはある程度決まっているので、話題には困らないだろう。

 その時、灯は水色の髪をポニーテールから、ストレートヘアーへと、慣れた手つきで下ろしていた。


 家の中で灯はいつも髪をおろしているのだが、この姿をある意味で独り占めしているのだな、とつくづく実感する。

 ふと考え事をしてしまい、意識を戻すと水色の瞳と目が合った。

 灯は不思議そうにこちらをジッと見てきた。


「そういや灯はさ、日常生活だと魔法を使用しないよな?」

「ええ、使用しませんね」

「そうなんだけどさ、何で使用しないのかなと思ってさ」


 少し冷えたような返答だ。興味本位で聞いてしまったが、嫌だったのだろうか。

 呆れた様子を見せた灯は、軽くため息をつき、目線をしっかりと合わせながら語った


「……これでも、魔法に頼りたくないわけではないのですよ」


 灯が魔法を嫌っていると思っていたので、意外な返答だった。


「もし、魔法を使えない日常を取り戻せたときに、便利な力ばかりに頼ることに慣れていると、無くなった時に苦労するのは自分自身ですから」

「……確かに一理あるな。魔法を使えるのが当たり前ではないからな」


 清は納得したようにボソッと言葉を漏らした。理解されたのが嬉しいようで、灯の表情には笑顔が宿っていた。


「それに、機械や魔法に頼りすぎず、体を動かすのもいいものですから」


 日常生活に機械や魔法を使っていれば、必然的に体を動かすことが減るのは本当なので、灯の言うとおりだ。

 深く考えることをしてこなかったが、魔法が無くなった時、その未来を見据えて行動しているのは尊敬でしかない。


 清からしてみれば、灯と生活していることが、魔法のようなものだ。

 また、灯に手を出すような真似だけは絶対にしないと、ルールを決めた際に誓った為、安静な生活を清は送れているのだろう。


「……ところで、清君」


 一息もつかぬうちに、今度は灯の方から話を切り出してきたのである。


「過去の事は、あれ以降も思い出したりしているのですか?」


 あれ以降とは、最近で言う図書室での事だろう。


「思い出してないよ。それに、思い出したら灯に言っているだろ?」


 灯は思い出したかのように「そうですね」と言うものだから、思い付きで話を切り出したのだろう。


「それなら……前に見たという過去の記憶で居たらしい、金髪の女の子は可愛かったですか?」


 突然の言葉に清は驚き、咳き込んでしまった。

 前に灯に話したときは、金髪の女の子の事は曖昧にされて終わったが、清の中では灯としての認識なのだ。

 本当なのかはわからないが、本当に灯なのだとすれば、発言次第では彼女を傷つける恐れがある。

 そんな曖昧な感情の中、清は一つの答えを見出した。


「灯さん、先にお一つ聞いていいでしょうか」

「……言い方にはもうツッコみませんよ。何ですか?」

「金髪の女の子は、灯さんなのでしょうか?」

「どうだと思います?」


 清が改まったように聞いたのが原因だろうか、仕返しと言わんばかりに、ニコニコしながら答えを拒否されたのだ。

 こうなると、闇の中に放り込まれた質問に答えなどあるはずない。また、灯かどうかと言う問題も付け加えてしまったのだ。

 余計に聞いてしまったが為の自業自得だ。


「正直さ、顔はよく見えてなかったんだよ。あの……ぼんやりしていたって言えばいいのか?」


 素顔に関してよく見えなかったのは事実だ。見えたとしても容姿くらいだ。


「はあ、容姿すらもちゃんと見えなかったと」

「いや待て! 外見だけで可愛いかどうかを判断するのを、俺はどうかと思っているんだよ!」

「え、す、すいません。からかいすぎましたね。清君の考えは見習うべきところがありますね」


 焦り口調で訂正をしてしまったが、清は外見だけの評価は本当に失礼にあたる、と思っている。

 なぜなら外見と内心を併せ持って、相手の人物像を決定づけた方が、不測の事態が起きにくく、合理的だ。なので、可愛いかどうかなんて二の次、と清は考えている


(というか、見習うところなんて無いと思うんだが……)


 少し湿ったような空気にしてしまった感はあるが、流れを変えるためにも、ここは話題を変えた方がいいだろう。


「灯はさ、俺との生活と言うか、俺の事をどういう気持ちで見ているんだ?」

「……気持ちに関して答える気はありませんが、生活の事なら答えますよ?」


 生活の事は答えられても、気持ちになると答えられないらしい。灯に気持ちを言えと言われたら、清も答えることが出来ないので当然だろう。

 言うなんてことになったら、恥ずかしくてこの場から逃走したくなるくらいだ。


「教えてもらってもいいか?」

「ふふ、わかりました」


 そう言うと灯はにっこりとしながら、ゆっくりと軽く呼吸をして、心を落ち着かせているようだ。

 最初に会った時もそうだが、灯は何か答える前に軽く呼吸をする癖でもあるのだろうか。

 ふと考え事をしていると、灯は落ち着いた瞳と表情でこちらを見ていた。


「この世界では清君に、しっかりと人のように生きてもらいたいと思いながら、一緒に過ごしていますね」


 まるで、現実世界の清は人として生きていなかったというような言い方だ。だが、過去を知っている灯だからこそ、過去と今を比較して見ているのだろう。


「……紅茶入れてきますね」


 灯は言いながらその場を立ち、リビングの隣にあるキッチンへと向かっていった。

 そんな灯を見て、何か思うところがあったのだろうか、と清は考えた。

 先ほどまで灯が座っていた隣は空席だ。同じ空間に居て、近くに居ることがどれだけ幸せであるのかを、実感してしまう。

 近くても遠いのは、考えや、やることだけでいいのにと清は思った。


 気づけば、頬に雫が一滴垂れていたようだ。また「本当は独りぼっちの寂しいは嫌いだ」なんて、灯を待つ際に清は小さく呟いた。


「……お待たせしました。どうぞ、熱いですから火傷しない様にしてくださいね」


 戻ってきた灯は慣れた手つきで、近くのテーブルに紅茶の入ったカップを置いた。この空間に香る紅茶の香りには、心が落ち着かされるようだ。

 清はカップを手に取ると、少し冷まし、口へと運んだ。


 紅茶を飲み、落ち着いてから灯に目をやると、目が合った。というよりは、顔をジロジロと見てきているようだった。


「清君……もしかして、私が席を空けている間に泣いていましたか? 頬に涙の後がありますけど?」

「泣いてたわけないだろ……からかうなよ」


 泣いていなかったと言わんばかりに、清は服の袖で頬を拭いた。


「素直に認めたら可愛いのに、残念ですね」


 口元を手で隠しつつも、微笑みながら言う灯には恥ずかしさを覚える。

 清は気持ちを落ち着かせるために、灯から視線を外し、呼吸をしつつ胸を撫でおろした。


「……あのさ、灯。今日の勝負、勝利しただろ……何か欲しいものとかあるか?」


 急な発言に灯は驚いようで、水色の瞳をパチクリとさせていた。また、その瞳が何かを求めていると言わんばかりに、輝いたのだ。

 落ち着いたのか、灯は考える動作をしながら悩んでいた。考えている動作に、妙な可愛さがあるのは気のせいだろうか。

 人差し指を口に当てて、首を傾げ悩んでいるだけの灯に、清は感じたことのない感情が湧いていた。


「あ、それなら……欲しいと言うより、やってほしいことがあります」

「なんだ? 俺にやれることなら叶えてやるよ」


 前もそうだったが、灯は欲しいものへの物欲が無いのだろうか。だが、物はなくとも、やってほしいことがあるのはホッとする。


「えっと……ですね、甘えさせてほしいと言ったら?」

「……は? いや待て!? 甘えさせてほしいってどういうことだよ……」


 言われたのは予想だにしていないことだった。言った当の本人である灯は、少し恥ずかしそうではあるが、真剣な眼差しで清を見ている。


 清の脳内は、常和から言われた言葉である『少しくらい気持ちに寄り添ってやれよ』を思い出させてくる。

 甘えさせることが気持ちに寄り添うかと言えば、否だろう。

 そもそも、恋愛経験がない清としては、甘えさせることが何をすればいいのかわからないのだ。


「どういうことって言われましても……頭を撫でてほしい……とか?」

「頭を……撫でる?」

「はい、そうです」

「そういうのは付き合っている人同士がするようなものだろ。少し考えさせてくれ……」


 考えさせてくれと言ったのは良いものの、撫でる行為は正直したくない。というよりかは、できない。

 もし、仮に撫でたとして、傷をつけるようなことが起きたら最悪なのだ。傷つけるほど力を入れるわけではないが、万が一を考えての事だ。


 世間では臆病者なんて言われてしまうのだろう。


(この状況……どうすればいいんだ)


 清は考えていたが、無理だと判断し、灯に背を向ける選択をした。

 申し訳なさはあるが、顔を合わせることも辛くなりそうだ。

 そんな考えをしていると、ふいに背中への重みと言うよりは、温かさを感じた。


「ふふ、しょうがない人ですねー。今回は背中合わせで我慢しますよ」


 小悪魔のように微笑みながら灯は言ったのだ。

 背中に感じた温かさは、灯が背中を合わせてきたからだと理解できた。

 ソファの上に二人で、背中合わせでいる、不思議な状況だ。


「この甘え方もいいものですね」

「そうなのか?」

「そうですよ。何もしていないけど、温かさを感じられるのは好きなのですよね」

「人肌が恋しいってことか」

「それもあるかもしれませんね」


 十一月の冷える時期であり、冷え込んでいるから、人肌を恋しくなるのは当然なのだろうか。

 首を少し斜め後ろに傾けようものなら、灯の顔を至近距離で見られるのだろう。そんなことをする度胸は、今の清に存在しないが。


「……清君は私の事をどう思っているのですか?」


 後ろから小さく聞こえた言葉は、清が聞いた質問を返してくるようなものだった。

 どう思っているかの答えは変わることなんてない。


「一緒に過ごすうえでかけがえのない……大事な存在だよ」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「それにさ、灯に守り抜きたいって言われたんだ。それを無下にするようなことを思うわけがないだろ」


 思っている言葉を言い切ると、背中にピクリと震える感触があった。灯のことは見えないが、ドキリとでもしたのだろうか。


「不意打ちは駄目ですよ……」

「何のことだ?」


 急に手の甲をぺちぺちと叩きながら、灯は「この馬鹿」と言ってきたのだ。

 叩かれても痛さを感じないのだが、むずむずとしたようなじれったい感覚が、手から伝わってくる。


 ……収まった、と思いきや、右手の指先の間にするりとした感覚が襲ってきたのだ。

 焦って目をやると、灯が指先を絡ませてきているのだ。

 何回も手を繋いだことはあるが、指自体を絡ませたことなんて一度もない。急な出来事に、清の気持ちは落ち着かなくなった。


「……灯さん、一体どういうことで」

「先ほどの不意打ちの仕返しです」


 なんの不意打ちなのか意味がわからないため、一方的な会話が始まっている。


「不意打ちなんてしていないんだが?」

「しましたよ……ばか」


 照れ隠しの為に灯がポロっとこぼす言葉には、なぜだか気持ちが刺激されるのだ。


「清君は嫌なのですか?」

「別に嫌じゃないけどさ——」

「なら、つべこべ言わずに受け入れてください」


 灯は引き下がる気がないようだ。

 清が諦めて小さくうなずくと、振動で分かったのか、灯は後頭部を軽く当ててきたのだ。

 この時にわかったが、灯の髪はさらさらでつるりとしていて、魔法のような髪質だなと感じた。これは、髪の手入れを怠れば手に入らないであろう。


 ……背中合わせの状態が続いて、まだ数分ほどだろう。それでも、安心感が体を包むような感覚に、清は溺れかけていた。


「清君は、古村さん、心寧さんとの関係は嬉しく思えていますか?」


 気になっていたのだろうか、灯は何の動作もなしに聞いてきたのだ。


「心寧は正直わかんないけどさ、常和は良いやつだよ」

「見てればわかりますよ、評価高そうですから」

「常和は俺がこの世界に来て、唯一の相談相手で、一番の親友だから……」

「親友ですか、関係によっては心配でしたがよかったです」


 心配していた理由を聞こうかと思ったが、グッとこらえた。

 何かと心配してくれる灯も、常和とは違う感じでの心配事があったのだろう。

 気づけば、周りには支えてくれて、頼れる優しい仲間が増えていた。その中でも、灯は特別と言える。

 一緒に住んでいるからとかではなく、忘れた過去や今を受け止め支えてくれているのだから。だから、労わるくらいはしてあげたいのだ。


(実行に移せたら苦労しないよな)


 気を抜くと、頭にポスっと軽い温かさを感じた。上を見上げると灯が頭を撫でてきていたのだ。


「何で撫でているんだ?」

「撫でたいからです」

「……然様ですか。もう、好きにしてくれ」


 灯は可愛らしく笑いながら、頭を再度撫で始めたのだ。

 人肌を感じる温かさは悪い感じはしないな、と清は思った。

 しばらく経ち、灯は撫でていた手を離したのだ。


「どうでした?」

「感想を求めんな」

「素直じゃないですね」


 男に撫でた感想を求めるのは本当にどうなのだろうか。答える人は答えるだろうが。

 ……時計を見ると、予定していた時刻を軽く過ぎていた。

 話に夢中で頭からすっかり抜けていたのだ。


「お風呂入る準備してくる」


 言い残して立とうとしたのだが、灯が服の袖をつかんでいたのだ。

 どうしたのかと思い、灯の方に目をやると、水色の瞳でこちらを恥ずかしそうに見てきた。


「あの……もし、大丈夫でしたら……寝る前にまた話しませんか」


 灯の甘える言葉、これを受け止めるかの答えはとっくに決まっている。


「わかった、睡眠不足もよくないから……少しだけな」

「……ありがとうございます」


 灯が小さく感謝の言葉をつぶやいたのを、清は聞き逃さなかった。

 待たせるのも悪いので足早でお風呂へ向かうことを決意した。


「また後でな」


 清は灯が手を離すのを確認してから動いた。その際に、灯が小さく呟いた。


「あなたには感謝してもしきれないですね」


(どちらかと言えば、俺が君に感謝をしきれていないけどな……)


この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます。

今回は、久しぶりに清君と灯しか出ない回をもうけさせていただきました。

これからも、加速していく清君と灯の不思議な恋愛を見守っていただけると幸いです。

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