百三十一:魔法のような君への告白
世界が夕方になる直前、落ちつかない気持ちと共に、清は彼女が待つであろう『魔法のような草原』に歩を進めていた。
想いを先に証明されたからこそ、どうやって告白すればいいのか、と清は悩んでいる。
変わらぬ日常の中で、ただ想いを伝えればいいのか、それとも世界を渡る流星を見ながら伝えるべきなのか。
灯を心から好きであるのは真実だとしても、踏み込む覚悟が足りていないのだろう。
普段自分のペースで進めていたからこそ、先に切り出された後の対応に慣れていない。だからこそ、清は相手の気持ちに上手く気づけず、後ほど知って鈍感と言われる所以だ。
今回の件もそれに当たるため、清は悩んでしまっている。
想いを伝える機会を灯に託された、と思うべきだろう。
悩んでいるうちに、木々や草花の緑生い茂る道に差しかかっていた。
踏み込む足は重なる草花を鳴らし、本命の元に近づくことを知らせている。
生い茂る道を通り抜ければ……木に囲まれた場所、魔法のような草原が姿を露わにした。
魔法のような草原に辿り着く頃には、光が差し込み、黄金色に輝く自然の世界を見せてくる。
清は気持ちを固め、草原に足を踏み出そうとした瞬間、その足を止めた。
(……懐かしいな)
清の視線の先に、金色の夕日に照らされ、風になびく透き通る水色の髪が見えたからだ。
目視でもわかる白い肌は、透き通るように輝きを見せ、血色の良さを露わにしている。
気づけば、清は自然に足を踏み出し、口を開いていた。
「……灯」
大切な人の名を呼べば、こちらにふわりと振り向き、透き通る水色の瞳が映りこむ。
差し込む光は笑みを照らし、目を奪わせてくる。
風が草木を揺らして音を鳴らす時、清と灯の距離は縮まっていた。
「あのさ、ずっと気づけなくて……ごめ――」
謝る言葉を紡ごうとした口は、細い指が優しく触れ、そっとふさいでくる。
灯の艶のある桃色の唇は、柔らかな笑みを宿していた。
水色の瞳に、清の姿が反射して映っている。
灯は真剣に見つめてきており、そのまま清の唇に付けた指を揺らさず離す。
「清くん……私の方から、先に謝らせてください」
「……え?」
「手紙で距離を取ったり、清くんにとって不本意であろう行動を取ったりしたこと、ごめんなさい」
灯から謝られ、今まで自分なら動揺して言葉が出なかっただろう。
「……別に気にしてない」
「気にしてないのですか?」
「灯が俺の為を思って行動してくれた、その事実だけが嬉しかったから」
清が微笑めば、灯は安心したように息を吐きだしていた。
灯自身、清から嫌われるかもしれない、という不安があったのだろう。
清は溢れゆく想いを整理し、そっと言葉を切り出す。
「あのさ、ずっと灯の気持ちに気づけなくて……見て見ぬフリをして、ごめん」
「知っていますよ。清くんが鈍感、っていうのは誰よりも見てきましたから」
灯は心の裏を見透かしいていたのか、口角を緩やかに上げている。
風が吹き、水色の髪が揺れた時、清はそっと呼吸をした。
見つめる黒い瞳は輝き、たった一人の少女を真剣に映している。
「……灯と最初に過ごした時は、赤の他人だと思っていたよ」
「私も、最初清くんが家に誘ってきた時、記憶を忘れているはずなのに……と驚きましたよ」
「確かに記憶は忘れていたよ。でも」
「でも?」
「見知らぬ他人って感じがしなかった」
当初の清は確かに灯を忘れていた。それでも、微かに残った温もりという名の優しさが、灯を知っていると教えてきていたのだ。
気づけば、清は自ずと手を伸ばし、灯を優しく手繰り寄せた。
ずっと一緒の時から知る、灯の優しい香りが全身を包み込んできている。
灯はあの後、家に帰ってくることは無かったが、心寧の家で汗を流してきたのだろう。
胸元から上目づかいでこちらを見てくる灯に、柔らかな表情が咲いていた。
「灯の事は一緒に居られればいい。それ以上も、それ以下も望まないはずだった」
「うん」
「でも気づけば……どうすれば灯に近づけるのか、隣に立っていられるかばかり悩んでいたんだ」
今思えば灯に近づこうと勉強を頑張ったり、隣に立っていたりするために、本当の記憶を取り戻そうとしていたのだろう。
だからこそ、家族という名の監獄と、縁を切る決意が出来たのかもしれない。
ずっと遠いままだと思っていた、灯に手を伸ばすために。
「私だって、どうすれば清くんに想いを気づいてもらえるのか、ずっと悩んでいたのですよ」
「それは本当にすまない」
包まれた灯は微笑んでいるのか、微かな振動が優しく肌を撫でてきている。
そして、何で謝るのですか、といった視線を飛ばしてきていた。
「灯が目的の為なら手段を択ばないで無理をする、って分かっていたのに、目を逸らしててごめん」
「……清くんが気にすることじゃないですし、今更ですよ……本当に……」
小さく、それでいて温かく呟かれた言葉は、そっと清の心を穿つ。
(……俺は、怖かったんだな)
清は、灯を手繰り寄せていた腕を静かに離す。
灯は動揺したように、腑抜けたような表情をしていた。だが、それは瞬時に収まり、頬に赤みを帯びさせていく。
灯の見る視線の先には、今までの人生の中で何よりも柔らかく口角を上げ、静かな黒い瞳がたった一人の少女の姿を真剣に映していたのだから。
透き通る水色の瞳は、風に揺らされた水面のように揺れる。
「灯――俺はこの関係を壊したいと思っているんだ」
「清、くん……? 何を言い出して――」
吹き込んだ風と共に、灯の声は小さく消え、真剣に見つめた清の眼差しだけがその場に残る。
「灯の事が誰よりも好きだから、誰よりも灯に似合う存在で、隣で正々堂々と立っていられるためにも」
ずっと溜めこんできた想いを吐き出すように、清は力の限り言葉を綴った。
灯の頑張りに比べれば、星と地球の距離くらいはあるかも知れない。
そう思っていたとしても、今の言葉を言わなければ、灯に想いが伝わらないと確信したからだ。
小さくぽかりと口が開いたままの灯は、そっと口を閉じ、静かに透き通る水色の瞳に清の姿を映した。
そんな彼女を、金色の光が照らしている。
「――俺と、付き合ってくれないか?」
今でも泣き出しそうな程うるっとした水色の瞳は、小さな微笑みと共に、小さな光の粒を宙にこぼす。
「……うん、大好き」
自ら飛び込んでくる灯を、清は優しく受け止め、ぎゅっと抱きしめた。
灯も力強く、背中に回した腕を離さないと言わんばかりに、清をぎゅっと抱きしめている。
そんな灯の耳元で、清は囁く。
「……灯を守って、幸せにしたい」
「約束ですよ」
これは、魔法世界という日常から、灯を守るために誓った未来への約束だ。
――ずっと守ってきてくれた灯に、今までの恩を返すためにも。
二人の祝福を祝うように草花は鐘を鳴らし、温かな夕日は輝く花びらを散らしている。
灯は清の温かさを感じるように、胸の中で甘くとろけた透き通るような笑みを宿していた。




