第十一話:君と歩く、何の変哲もない日常
昨日の出来事があった次の日の朝、同じ時間に二人で朝ご飯を食べていた。
普段は一緒に食べていないのだが、ペアであることが広まったことにより、隠す必要もなくなったので一緒に登校しようという話になったのが理由である。
「清君。今日、学校の帰り道にお買い物に付き合ってほしいのですが……いいですか?」
灯は躊躇いながらも急にお願い事をしてきたのだ。
こちらとしては、特に予定もないので断る理由は一切ないのだが、女子との買い物は全く経験が無いことから不安で心配になる。
そんな気持ちも知らないように、灯の透き通るような水色の瞳はこちらをジッと見つめていた。
「ああ、わかったよ。付き合うくらいしてやる」
「ありがとうございます」
ニコニコと感謝しながらも、やわらかい笑顔を振りまく灯には敵う気がしない。
そんな雑念を捨てつつも箸を進めることにした。やはりというか、灯の作ってくれたご飯は、いつ食べてもおいしく感じるのだ。
自然と笑顔が、零れ落ちる雫のようにあふれてくるのだから。
また、食を口に運べる幸せと言うのを、いつの時代も皆で分かち合えることが出来ないものなのか、と疑問に思ってしまう程だ。
ふと意識を戻すと、灯がこちらを見ていることに気が付いた。
「おいしそうに食べている清君は、いつになく可愛いですね」
「……男に可愛いとか言うなよ」
ふてくされるように返すと、灯が慌てて言い直していたことがとてもかわいく思えた。
朝ご飯を食べ終わり、自室で学校の準備をしていた。まあ、準備と言っても制服を着るくらいなのだが。
リビングへと降りて、灯が来るのを待つことにした。その際に、配布物の紙を確認したのだが、ペア試験の内容が今日告知されるという文字に目が留まった。
普段はネタがなく話すことに困るのだが、一緒に歩いて話す際の引き出しができたことに有難さがある。
そうこうしているうちに階段の方から足音が聞こえた。灯が下りてきたようだ。
制服の上に着たローブに、首回りに付け袖を着飾りつつ、水色髪でポニーテール姿の灯にはもはや見慣れたと言ってもいいだろう
「すいません、おまたせしました」
「別に待ってないよ。忘れものとかないか?」
「無いですから安心してください」
「わかった。それじゃあ行くか」
灯がゆっくりとうなずくのを見てから、玄関へと向かった。
玄関に向かう際、灯の手からカバンを抜くようにして代わりに持つと驚いた顔をされた。だが、気遣いだと察してくれたのか、灯はすぐに笑顔を返してくれたのだ。
「いってきます」
「……いってきます」
外に出る際には二人で言葉を添え、玄関の鍵を閉め、魔法陣を抜けつつ学校へと向かった。
登校している最中の灯の顔はとても嬉しそうに見えた。また、帰りのように手を繋いでいるものだから、すれ違う人の視線は痛く感じるのだ。
気を逸らすため、朝の話題を出してみれば「私たちなら心配ないですね」なんて笑顔で言うものだ。それは、清のキャパシティにとどめを刺されるようなものだった。
校門に着くと、見覚えのある二人の姿が見えた。
あちらも気づいたらしく、一人が先行してこちらに駆け寄ってきた。
「まことー! あかりー! 朝から見せつけているねー!」
「心寧さん、古村さん、おはようございます」
心寧の言葉を華麗にスルーして、灯が凛とした振る舞いをしていることに、清は驚きかける。
「清に星名さんおはよう! ついに付き合ったのか!?」
「おはよう。常和、付き合っているわけないからな」
「そうですよ。清君が正々堂々と公言できるわけありませんから」
「灯……お前もか……味方、なんだよな?」
微笑みながらもうなずく灯には悪いが、ボケには回したくないな、と心の底から清は思った。
朝から調子を狂わされそうになりながらも、四人で教室に向かうこととした。
教室に向かう際の話題はやはりと言うか、試験の内容で染まることになった。だが、グループを作らせた意味も話として出てきた。
グループのことについては、ペア以上に触れられていないことから、清も気になってはいた。
教室に着くと各々で準備をするために一時解散となった。とはいっても、ほんの数分に過ぎなかった。
灯が席へと近づいてきた。
「清君、一緒に登校してどうでしたか?」
灯は一緒に登校をした感想を不思議にも聞いてきたのだ。
清からしてみれば、どうゆう意図があって聞いているのかはわからない。
「……緊張した、かな。そういう灯はどうなんだよ」
「私ですか? ……懐かしい感じがしましたね」
灯の言う懐かしいは、過去にも同じことがあったと捉えていいのだろう。また、それは、灯に彼氏がいたということなのだろうか。
そんなことを疑問に考えてしまったからか、後ろから近づく二人の接近に気づくことが出来なかった。
肩を叩かれて、ハッと正気を取り戻した。
後ろを振り向けば常和と心寧がニヤついている。二人からしてみれば、してやったり、と言ったところだろうか。
とりあえず、元凶であろう常和だけは睨んでおくことにした。
「清、そんな睨むなって、それよりも良い情報持ってきたから!」
「良い情報? 変なことだったら許さないからな」
待てなくなったらしい心寧が、笑いながらも喋る常和を軽く叩いてダウンさせていた。心寧が話を先に進ませてくれるようだ
「まことーにイチャつき中のあかりーもちゃんと聞いてね」
「イチャついてなんかいません」
話しているだけで心寧にイチャつき判定される灯に、清は心で同情するしかなかった。
「ペアの試験内容だけどね、三日間で行われるらしいの。それでね、一日目の種目として魔法射的が採用されたみたい」
心寧が試験内容を手に入れていることに疑問を持てばいいのだろうか。
魔法射的というのは清も初耳のルールだ。正直、魔法勝負以外の種目に手を付けていないため知らないのだ。
隣でうなずきながら聞いていた灯は理解できているのであろう。
「あ、それとね。二日目と三日目の内容は、一日目の全体成績次第で決まるみたいなの」
一日目が悪すぎても、二日目と三日目に差が出ないようにするための対策だろうか。
試験は謎であることが多いため、全てに対応できるよう、準備をするに越したことはないだろう。
その後、軽くダウンしていた常和が起き上がり、四人で時間までお喋りすることになった。
特にこれと言った変化もなく放課後を迎えていた。
今は灯の買い物に帰りに付き合う約束をしていたので、お店に向かっている最中だ。
「清君、朝の話覚えていますか?」
「登校した感想の話の事か?」
「そうですね」
灯はいきなり朝の話を掘り返してきたのだ。だが、これと言って話すことは無いのではと清は思った。
次の瞬間、灯は身に着けていたローブをふわりとして見せた。
「私のことさえ清君は忘れている、と言ったら過去を思い出せますか?」
灯の言っていることは清の過去に関与することのようだ。
水色の瞳は視線を逸らそうとせずに、ただただ返答を待っているようだった。
清の今思い出している過去と言えば、草原で透き通る金髪の女の子と一緒に星の魔石を手に入れたことくらいだ。
その中に灯のヒントがあるかと言えば、否だろう。それに、灯の髪は透き通る水色で、夢で見た女の子とは、透き通っていること以外に一致する点が無いのだから。
灯にも話したことだからそれは理解しているはずだ。
「すまない。思い出せない」
「別にいいのですよ。過去なんて無理に思い出しても辛いだけですし、脳への負荷を考えると最適の選択ですよ」
「脳への負荷を考慮するなら話に出さないべきだろ」
正論を言ったつもりなのだが、灯に微笑まれて軽く流されたとこをみるに試していたのだろうか、と思えてしまう。
話しているのに夢中で、気が付けば買い物をしたいお店に着いていたようだ。
中に入ると、様々な服が並んでいた。
灯が目をキラキラさせながら見ているあたり、男には理解できない感情なのだろうなと思っておくことにした。
「清君も服を買ったらどうですか?」
「俺はいいよ、パーカーかジャージの方が最強だからな」
返答に対して「まったくもう」と灯に呆れられたように言われたのは致し方ないことだろう。
次々と服の売り場に目をやって楽しんでいる灯の気持ちは本当にわからない。
実際に服を一つ変えるだけで、その人の見た目は変わるが、内心が変わるわけでは無いのだ。そのため、外見で騙される犠牲者が増えると言っても過言ではないだろう。
気を抜いていたからだろうか。二人の接近に気づかなかったのだ。
「まことーにあかり―?」
「お、清! こんなところで会うなんて偶然だな」
常和と心寧だ。二人も買い物すると言っていたが、ここで会うのは予想外だった。
常和の手に何個か袋がぶら下がっているのをみるに、心寧の荷物持ちにされていると窺える。
挨拶を軽く済ませると、心寧は一目散に灯の方へと駆け寄っていた。
そんな二人の買い物姿を常和と一緒に眺めることとなった。
「清、本当に星名さんと更に仲がいいな」
「悪いかよ」
「悪いとは言ってないだろ。星名さんと仲がいいのは、俺として嬉しいんだよ」
親友の事を誰よりも大切に思っている常和の言葉は、重みが違うように思えた。
「いっそのことさ、星名さんと付き合えよ。絶対、良いカップルになると思うぞ?」
「それはごめんだ。近くて遠い関係が俺としては楽だからな」
「お前の恋愛理論はよくわからん」
別に常和にわかってもらおうとは思っていない。一緒になる人と理論が伝わればいいのだから。
人間関係もそうだが、近くに居ても、お互いが呪縛されない遠い関係のほうが楽なのだから。
常和とお喋りをしていたら、心寧が手を振ってこちらを呼んでいたので向かうことにした。
「とっきーと何話していたの?」
「心寧には関係ない」
ケチと言いながら頬を膨らませる心寧を横に、灯が話しかけてきた。
「清君、休日お暇していますか?」
「暇だけど……どうした?」
「心寧さんと先ほど、四人で魔法スタジアムにいきたいね、と言うお話になったので確認を」
「日付さえわかればいつでもいいぞ」
休日を四人で合わせる話をしつつも、会計をするためにレジへと向かうことにした。
会計を終え、常和たちとはここで別れることになり、話は後ほどという形で保留になった。
帰り道、気が付かなかったが日が暮れて星が覗きこんでいた。
きらきらと輝く星は手を伸ばせば届きそうなのに届かない。だが、当たる光に対して手は届いているのだろう。
そんな手を伸ばす動作をしてしまい、灯にくすくすと笑われたのは恥ずかしく思える。
「魔法スタジアムで心寧さんと魔法勝負するの、私楽しみです」
急に灯が言い出したことに驚きはしたが、灯が楽しみにするのは珍しいと思えた。
「そうか、どうせ勝つんだろ?」
少しふざけた様に言うと「負けるつもりでやりませんから」とかわいく返されたのだ。
ふと横を見れば、灯が清の腕にもたれかかりながら歩いていた。
この、灯と話しながら手を繋ぎ歩く日常がいつまでも続けばいいのに。そんなことを思ってしまうほど、灯との日常を手放したくないのだろうか。
灯に「可愛いな」というと、照れ隠しのように額を軽く当ててくる灯は微笑ましく感じた。