九十四:君の隣で幸せを感じて
「清くん、おかえりなさい。ご飯の準備、出来ていますよ」
月が姿を見せかけた時間に帰宅すれば、灯が出迎えてくれた。
自分の時間を大事にしてほしいものだが、用意するのは約束ですから、とでも灯は言うのだろう。
「灯、ただいま。いつもありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
荷物を部屋に置いてからリビングに戻れば、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
テーブル見ればオムライスが置かれており、匂いの正体はすぐに理解できた。
灯が、手洗いうがいは忘れないように、と言ってくるため、清は恥ずかしさを隠しながらも静かに手を洗う。
席に着けば、お互いに食への感謝をし、スプーンを進める。
(灯の料理はいつ食べても美味しいな)
灯の作ってくれる料理の数々はどれも最高だが、オムライスのように包み込まれる系の料理は、ふわりとした甘い美味しさを感じさせてくる。
清が嬉しそうに食べる表情を、灯は頬をうっすらっと赤くしながら見ていた。
「そういえば清くん、ツクヨから言われた残りの行事……ちゃんと覚えていますか?」
「期末試験があるだけだったよな?」
「そうですね。逆にその他は無いみたいですが」
灯は小さなため息をつき、こちらをじっと見つめてくる。
本来であれば今の五月終盤から、七月にかけて、一年生の時は二つ行事があったのだ。
一つは先ほども出た、期末試験という、魔法科目すらも追加されている学生の登竜門。
二つ目は、体育祭だ。しかし、清達が一学年の時、炎と風を操る二人の魔法使いが三学年を滅ぼした、という経歴があるため廃止になったらしい。
体育祭が廃止になったこともあり、期末試験だけが唯一の行事として残っている状態だ。
逆に言えば、期末試験の勉強に集中できると捉えるべきだろう。
「……魔法科目、捨てる気ですか?」
「灯には帰ってきた時にも言ったけど、俺は暫く魔法を使う気はないからな。それに、科目だとしても……魔法勝負で評価を上げる時間は嫌いだからな」
「まあ、あの科目……勝負以外の抜け道無いですもんね」
「だろ? というか、魔法科目をやるかどうかは自由だしな」
「あー、確かに。自由という名の抜け道は存在していましたね」
普通科目は必須であれ、魔法科目が強制参加で無いのは唯一の救いだろう。ましてや、魔法勝負を好まない側からしてみれば尚更だ。
常和や心寧は相談した際に、魔法勝負の科目は最高を目指す、と言っていた為、上位が荒れるのは確実だろう。
「それにさ、俺は今、魔法よりも本当に頑張りたいと思うものがあるからさ」
「え、何を頑張る気なのですか?」
「……まあ、色々かな」
「深くは聞かないでおきますね」
「そうしてくれ」
微笑みながら言う灯に、清は内心で安堵した。
頑張りたいと思っているのが、灯の横に正々堂々と立っていられる努力だ、というのを本人に知られるのは恥ずかしいものだろう。
灯の性格からして人にとやかく言うとは思わないが、また操り人形みたい、と言われると困る節もある。
清はやると決めたら一直線のため、灯もそれは分かっているだろう。
「朝も言いましたが、頑張る清くんを私はずっと応援していますよ」
笑顔で言ってくる灯から目を逸らしつつも、感謝の言葉を清は返した。
恥ずかしさはあるが、優しく包まれた食べ物を口に運ぶ。
灯を陰から応援している、なんて口が裂けても言えたものでは無い。
夜ご飯を食べ終わり、お互いソファに座ってくつろいでいた。
灯は相変わらずどこからともなく古めかしい本を取り出しては、小さな手で優しくめくり、撫でるように読んでいる。
いつ見ても本を読むが好きなのだな、と灯の様子から見ていて伝わってくる。
「灯。そう言えばさ、欲しいものとかあるのか?」
「欲しい、ものですか? 唐突ですね」
灯は首を小さくかしげて、不思議そうにこちらを見ている。
灯は自身の誕生日が迫っていると気づいていないのだろうか。
気にした様子を見せないのであれば好都合である分、清は心の中で落ちついた。
「特にないですが……強いて言うなら、本くらいですかね」
「え、本?」
「はい」
灯から言われた何気ない欲しいものに、清は驚くしかなかった。
驚くのは失礼だとは承知しているが、仕方ないだろう。
今でも灯の部屋から溢れると言わんばかりの本があり、時折清の部屋に流れてきている。ましてや、外に灯の本専用の収納倉庫を魔法で創ったほどだ。
本は人間の英知の結晶とも言えるため、いくら持っていても良いものである、というのは清も自覚している。
清自身も本を読むのは好きであり、何冊か部屋に置いてある。
「ふふ、今でも積んである本が増えているから冗談ですよ」
「いや、冗談に思えないんだけど」
灯が微笑みながらも、どうでしょうね、と言ってくるため真相は不明だ。
灯は見ている限り、物欲が高いわけでもないため、欲しいもの自体あるのか不思議になる。
ふと気づけば、欲しいもの、と言いながら灯は悩むそぶりを見せている。
「本当に欲しいのは、近くて遠いようなものなので……簡単に手に入るとは思っていませんから。それに、清くんから貰えるものは……何よりも嬉しいですよ」
そう言って笑みを浮かべてくる灯に、そうかよ、としか返す言葉が見つからなかった。
そして、灯はゆっくりと距離を詰めてくる。
「ただ今は、こうやって一緒に居て、話を出来るだけでも嬉しいですよ」
「……それは、俺もだよ」
「素直ですね」
灯は誰にでも優しく、その優しさを満遍なく使えるからこそ、清は近くに居て幸せを感じられるのだろう。
灯の言葉に、清が少しだけ笑みをこぼしていたことを、灯は見逃していなかった。
灯は急に、頬をむにむにと優しくもんでくる。
「清くん、笑顔……最近増えましたね」
「そ、そうか?」
「近くで清くんを長く見ている私が言うのですから、嘘偽りなき真実です」
正々堂々と言い切る灯に、清は少し気恥ずかしさを覚えた。
灯は清のことを誰よりも見ていたのに、清は自分に精一杯で、灯のことをちっとも見られていなかったのだ。
灯の事をちゃんと知りたい、もっと知りたい、と思っても知れるはずが無いのは無理ないだろう。
清は自分の周りを見られていなかった、という事実に反省しながらも、灯の透き通る水色の瞳をしっかりと見た。
「灯、お風呂に入るまでの暇な時間で、スキンケアとか教えてくれないか?」
「……仕方ない人ですね。良いですよ」
「いつもありがとう」
「いえ、こちらこそ……いつもありがとうございます」
灯が嬉しそうに照れている中、灯の頬がうっすらと赤くなっていたことに、清は気づくことが無かった。




