第9話 約束された初恋に。ひとまずの終幕
「おい、ふざけんな。ちゃんと山井先輩と先方に謝罪しろっ!」
俺は正しく指摘しているのに、
「山井先輩に殺されたくはないわ。だから正当化する理由が必要。先輩も和田君の顔見て察しはついてるはずだから、これから恋愛、始めましょう」
どんな恋の始まりだ! 色々おかしい!
「普通に謝れ! 一緒に謝ってやるから!」
「嫌よ。私そんな筋肉の鎧まとってないもの。じゃ、放課後から始めましょう。恋の始まりにはいい日和よね」
そう告げて、田中真奈美去っていく。
春も半ばというにも関わらず、春を根こそぎ否定して。
ひと足早い灼熱の夏。
日本の夏は、最近暑すぎる。
もはや暑いではなく熱いだ。
その背中を見送って、ただただ動けない俺がいた。
まさか坂下悠菜と両想いだったなんて……。
まさか、山井先輩にそんなことがあったなんて……。
――山井先輩の様子は明らかにおかしかった。
山井先輩は人格者だ。
誰しもが頼り、それでいて頑張り過ぎないよう、こちらが配慮するぐらいの性格の持ち主。
つまり対人関係能力の確かな技術を持っている。
田中真奈美は、それをぶち壊した。
なんで?
しかし問題はそこじゃない。
なぜ、なぜ山井先輩は自らを「僕」と称したのか。
なぜ男言葉になっていた。
山井晴美は女子生徒。
三年生の、誰からも頼られ愛される女子生徒なのに。
あいつ、田中真奈美め何をした!
あの山井先輩が僕っ娘になってたぞ!
午後の授業の始まりに、昼休みの終わりの鐘がなる。
俺の約束された初恋は、いつになったら鐘がなる。
ふらふらとした足取りで、俺は一路教室へと向かう。
一体何をどうすれば、一体何が始められる。
今俺に言えるのは、
「山井先輩を前科持ちにするわけにはいかない。校内流血事件だけは避けないと」
学内の平和を守る為、尊敬する先輩を守る為。
文化系部活の守護神は、みんなの平和を守らねば。
初恋は残念ながらその後だ。
約束された俺の初恋。
どうか消え去ってしまいませんように。




