第7話 適正と意味不明
「細いな」
「そう。誰にだって適正体重、適正な階級があるという姿勢。スタイルが筋肉の必要性を決める」
「そうかもな。重くなれば、長いシーズン乗り切れない。怪我が増えるかもだが、競技によって変わる」
ラグビーなんかだと、接触プレーの肉弾戦だ。
筋肉の鎧をまとい、自分を守る。
「坂下悠菜からしたら、何もかも羨ましい話よね。まだ競えるなら、陸上続けたでしょうに」
「偉大なアスリートに憧れて、そうはなれないと諦めて何が悪い」
「みんな理に叶ってる。誰かさん以外」
田中真奈美は突然に、冷たい空気をまとい始めた。
一体どういうつもりだ。俺が何をした。
「あなたさあ、あなたから見て私はどう見えてるの」
「忌憚なくはっきり言っていいのか」
田中真奈美は静かに頷いた。
だから事実を述べる。
「コミュニケーションモンスター。誰とでも仲良くなれる、ずば抜けた対人関係能力の持ち主」
「そう。で、あなた自身は?」
「あん?」
「私は自覚あるわ。敵もいるけど、まあ仕方ない。で、あなたは和田君」
なんだこいつ。俺はただ、気ままに文化系部活に顔を出すだけの存在。だからどうした。
田中真奈美は、呆れたと顔に出し口を開いた。
「私のそれは技術。言うなれば、稀代のヒットメーカータイプ」
「違うだろ。見た目をも武器に、押し切る最近のパワースピード型だ。何回転アクセル跳ぶつもりだ。もはや回転数数えるのも面倒だ。筋肉で何もかも凌駕するな」
「ほら、勘違いしてる」
ああ? いや……なんだ、今俺は今何を言った。
確かに今、あまり筋肉質と関係ないフィギュアスケートを例に例えた。
「あなたはどちらにも分類出来ない。なんかこう、技術とか筋肉とか、もはや何がなんだか、意味不明な理に叶わない存在よ」
「だったらなんだ」
「だから坂下悠菜は、せめて対人関係ぐらい筋肉のよろいをまといたいの。よく分からないあなたじゃなくて、よく分かり過ぎる私や山井先輩見たいなタイプでもなく」
どういうことだ。
つまり人間関係を、対人関係能力を筋肉に例えたと言いたいのか。俺に聴こえるように、坂下悠菜はそう例えたと。いや、喩えたというのか。
「もうさすがに気づいた?」
「意味が分からん。筋肉質な人が好き、彼女はそう言っていた」
「うん、あなたに聴こえるように、筋肉質な自分になりたいって言ったみたいね」
なんでわざわざ、そんなことを。
田中真奈美はもう呆れていなかった。
全てを通り越したらしい。
「人気者な彼女は、身の丈に合わない扱いに心底疲れていた。やれば出来ると顧問や先輩に言われて、でも出来ないのに、とは言えなかった」
「そうなのか。知らなかった。彼女苦労人だったんだな」
だから俺は、突然恋に落ちたのか。
「あなたが彼女の立場なら、どうしてた?」
「は? そんなもん、適当に誤魔化して忘れさせるか、生け贄でも用意すればいい。身代わりが必要だ。言っておくが冗談だからな。体育会系の空気は分からない」
田中真奈美はまた頷き、腕を組んだ。
ボーイッシュな彼女がやると、まるで男装の麗人だ。
そうして彼女は告げる。
「そうしてよく分からないことばかりしてるあなたに、坂下悠菜からの愛の告白がつい先日実行された」
……馬鹿にしてんのか?