第5話 あなた私に恋しなさい
――翌日登校し、坂下悠菜は相変わらず気になるクラスメイトだった。
やはり筋肉質でないと見向きもされない。
しかしこちらは文化系。陰で守護神呼ばわりされる、アクティブインドア派。便利屋とも言う。
登校してすぐ、田中真奈美からメッセージが届いた。やはり、昼には結論が得られるらしい。手応えがあったのか。さすが対人関係能力モンスター。
大体半日で誰でもノックアウト。仲良くなってしまう力。凄いな。
――昼休みに入った。いつもなら、文化系の部員のいるどこかにお邪魔して、予定や話の一つも聞くのだが、田中真奈美と会わねばならない。
ぽつり離れた人気のない、校舎最上階の隅に呼び出された。
階段を上がると、見上げる角度に彼女はいた。
「遅い。人を待たせるなんていい度胸してるわね」
「場所が悪い。そっちの教室のが近かっただけだろ」
ようやく上りきり、田中真奈美と向かい合う。
なんか迫力を携えて、彼女は少し自慢げだ。
「約束、忘れてないわよね」
「もちろん。成果次第ではなんでも言うこと言ってくれ。可能な範囲で叶えてみせる」
「そう良かった」
田中真奈美はボーイッシュなショートヘアを少し揺らせ、口を開く。
「結果は上々。というか予想通り過ぎて、拍子抜け」
「そうか」
やはり、無理なものは無理か。
失恋に近い俺を、彼女なりに激励する為、わざと明るく振る舞ってるな。気を遣わせて申し訳ない。確かに同情はされたくない。
田中真奈美はそんな俺を見て取り、それでも構わず言い放った。
「約束は守ってもらう。だから約束って言うの」
「そうか。言ってくれ」
「先にこちらの要求を告げるわ」
なんだもう、もうなんだかどうでもいいのに。
「和田君、あなた私に恋しなさい」
唐突に、彼女は意味不明な言葉を吐いた。
なんだそれは……田中真奈美を確かめると、実に勝ち気な顔がこちらに向けられていた。
「同情か。恋に敗れた俺に、新たな恋をしてさっさと切り替えろと、そう言いたいのか」
「どうとでも。とにかく私に恋しなさい」
なんだその要求は。何を無茶苦茶なことを。
もういいから、分かりきった結論を聞かせてくれ。
促す目線に、彼女が応じる。
「結論から言うと、坂下悠菜は筋肉質な人が好き」
やはりそうか。山井先輩、あなたは間違えていた。そりゃそうだ、先輩は事実関係を知らない。
田中真奈美は更に続ける。
「ただし、少し意味が違う」
「細マッチョ、スタイルいい系だからチャンスがあると」
「違う。というかそもそもこれ、筋肉の話じゃないの」
何を、何を彼女は言ってる。つまりは俺の聞き間違いと、そう言いたいのか?
そんな馬鹿な。確かに言ってた。この耳で聞いた。
「それは違うぞ。彼女は確かに言っていた。筋肉質な男が好みと」
「坂下悠菜に確かめたら、否定していたわ」
直接確かめたのか。これでは山井先輩が指摘した、自分の好みを隠す為嘘をついたという話になる。
だから反論する。
「そりゃ本人は否定もするだろ。それを真に受けるのか」
「友人との会話に聞き耳立てて、真に受ける人がそれを言うの?」
……それはそうかもしれないが、聞こえたものはしょうがない。席が近いんだ、仕方ないだろ。
些か不貞腐れると、田中真奈美はやはり満足そうだった。