第4話 人格者山井先輩の忠告
少し後悔していると、
「悪魔の契約だ」
山井先輩が唐突に呟いた。
どうしたんだろう。山井先輩は今日、本当に様子がおかしい。美術部は風景画のスケッチで皆屋外。知らなかったが、来たのは田中真奈美一人だった。
山井先輩からしたら、部室を独り占めしたかったろうが、本当に迷惑をかけた。
何か出来ることはないだろうか。
文化系部活の守護神とかではなく、ただちょっと心配なんだ。
その山井先輩と目が合った。なんか睨まれてる。
「和田、お前自分が何したか分かってんのか」
「いえ。俺、僕ら邪魔でしたよね。すいません、空気読めない二人で」
「違う」
と、山井先輩は言下に否定した。
「僕ですら聞いてて大体の話は理解出来た」
「そうですか。恥ずかしいやらなんやらです」
「和田、気の毒なお前に先輩として一つ教えといてやる」
気の毒なのは山井先輩なのだが……どういうことだ。
「その坂下悠菜とかいうクラスメイト、部活はなんだ」
「体育会系、陸上部でしたが春にやめました。受験に集中したいそうです」
「エリートか」
エリート、いやそんなことはない。それなら引き留められておかしくない。むしろ逆では?
「これ以上頑張ってもエリートや努力家には勝てないし、推薦も貰えない。もしくはさすがに学業優先と判断したのかと」
「確かに。僕も聞いたことない名前だ。有名人ではないな」
「はい」
「部活歴は。子供の頃からか」
「えっと、中学生からなのは間違いありません。本人が言ってました。県大会でいいとこまで言ったと。ただまあ、本人基準でいいとこな線なのかなと」
「つまり青春を陸上に費やして、今に至るわけだな」
はあ、と生返事。山井先輩、なんでそんなに首を突っ込む。先輩の悩みは、実は恋愛絡みなのか?
戸惑う俺にお構いなく、何か深く低い場所から吐き出すよう、山井先輩は言葉にした。
「お前らは同族だ」
「田中には言って聞かせます。邪魔してすみません」
「違う、坂下悠菜だ」
……何が? こちらは初恋の相談をしていた。
坂下悠菜は、言ってはなんだが人気者だ。
容姿も性格も、モテる彼女の争奪戦。
正直勝てる気がしない。
山井先輩は事実関係を知らない。だから色々、勘違いしているんだろう。坂下悠菜自体知らないのだから。
それでもなお、山井先輩は続けた。
「先輩として一つ忠告してやる」
「さっきからありがとうございます」
「坂下悠菜の好みは筋肉質じゃない」
「……なぜそう言えるんですか?」
「話の辻褄から判断した。確かに絶対かは分からない。本人だって白状しないかもな。嘘をつくかもしれない」
なんでそんな嘘を。いや、確かに言っていた。
間違いを訂正する。
「本人が友人達と話してました。これだけは事実です」
「わざわざお前に聴こえるように」
そうだけど、それは俺に限らない。他にも聴こえてる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「お前に言われたくない。自分の心配をしろ。嫌われて遊ばれてるなら、話は変わる。僕は事実関係を知らない。とにかくもう出ていけ。僕は一人になりたいんだ」
「すみません……」
山井先輩に追い出され、俺は美術部を後にした。
正直先輩は心配だが、今ではないらしい。
またいずれ、少し話して聞いてみよう。
人格者には人格者なりの心労もあるだろう。