6:モニカの事情(2/4)<モニカ・フォン・ラインセル視点>
おおぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!
地響きを上げて上げて押し寄せる……山賊達。いえ、後々冷静になれば統率の取れた動きと戦い方で正規の訓練を受けた騎士達である事はわかるのですが、その時は冷静な状態ではなかったので、盗賊と山賊が同士討ちし始めたとしか思えませんでした。
そう勘違いしたのも仕方が無いでしょう、商隊の護衛に見せかけるように質素な鎧に着替えているとはいえ、お揃いの装備をしているブルクハルト家の騎士達と比べると装備が不揃いで、盾や兜の代わりにあれは……お鍋の蓋を木で補強しているのでしょうか?そんなヘンテコな装備をしている騎士が混じっているのです、ふざけていますの?そんな一団が押し寄せてきたのです、わたくしが最初山賊かと勘違いしたとしても仕方がない事でしょう。
「ちくしょう、ラインセル騎士団だ!赤獅子もいるぞ!!」
「グラハム卿だ、助かった!」
それは誰が叫んだ言葉だったのかわかりませんが、盗賊達や騎士達から上がったその声で、やっとわたくしは獰猛な笑みを浮かべながら盗賊達に斬り込む赤毛の山賊がグラハム・フォン・ラインセル、辺境伯唯一の嫡子だという男性である事に気が付きます。
なんでそんな人物がこんな所に居るのかはよくわからないのですが「煮え湯を飲まされて」と言っていたので、盗賊団を追って来たのでしょうか?どう考えてもご自分でなさらず騎士団を派遣するだけでいいようなと思ってしまったのですが、獰猛な笑みを浮かべ嬉々として盗賊達を切り伏せている事だけはわかります。
「ピーター、お前はご婦人達と護衛の様子を見てやってくれ、こっちは俺が片付ける!」
「うっす」
ピーターと呼ばれた、あの最初に矢を撃ったまだ騎士見習の年齢だと思われる少年が、返り血をそのままにヘラヘラと近づいてくると、反射的にエレンと隊長がわたくしを庇うような立ち位置をとりました。
「いやー敵意はないんだけど、というよりたぶんオレ達味方よ?」
「おめえに威厳がたりないんだろ、精進しろ!」
「だから彼女1人いねーんだ!!」
「うっせぇ!ほっとけ、それにオレに彼女が居ないのと威厳は関係ないだろ!?」
乱暴な言葉遣いはどうやら味方うちでの軽口なのでしょう、そのノリには全くついて行けないのですが、ピーターと呼ばれた男性が肩を落としながら弓に矢をつがえ、まるで弦楽器を引くようにピンと弾くと……今まさにわたくし達を狙っていた盗賊の弓手が1人撃ち抜かれました。
そのありえない戦いぶりに、同じ騎士である隊長が固まったのがわかります。
「まあもういいですわ、おたくらがそこで突っ立っていてくれたら勝手にやりますんで」
数十数百の発の矢が降り注ぎ、それをラインセルの騎士達は羽虫でも落とすようにパシパシと落としながら「俺が多く落とせた」だの「どう考えても俺の方が遠い場所を落としただろ!?」とか喧嘩を始めるのですが、こんなのに襲われている盗賊団には本当に同情いたしますわね。
瞬く間に周囲の盗賊達を蹴散らしたラインセル騎士団が集まってくるのですが、その数が30にも満たない事にまた驚きました。
半数ほどが逃げた盗賊達を追撃しているようなのですが、それでもその数は50前後といったところで、そんな人数で数百人はいただろう盗賊達に完勝を納めてしまったようです。
これがアイゼンブグル最強の剣と呼ばれるラインセル騎士団なのかと驚いたのですが、わたくしが何より驚いたのが……。
「よう大将!何人くらいやった?今度こそ俺が勝ったと思うんだが」
「一々憶えていられるか、それよりご婦人達は大丈夫なのか?」
炎のような赤髪と返り血で、全身を真っ赤に染めながらやってくるグラハム様が屈託なく騎士達と話している姿でした。
勿論騎士達の中には貴族階級を得ている人達もいるのでしょうが、どう考えても平民としか思えない人達にもグラハム様は平等に接しており、その姿勢が「貴族は貴族、平民は平民」という意識で凝り固まっていたわたくしには新鮮に映りました。
「大丈夫か?だいぶ荷車がやられたようだが、馬車は直せそうか?」
女性の前に出てくるのに多少身なりを気にしてでしょう、返り血を拭いながらやってくるそのお姿はごくごく自然体で、助けられたという安堵も加味されているのかもしれませんが、今まで盗賊達を嬉々として切り伏せていた人物とは思えない程、不思議と怖いと思いません。
むしろグラハム様はわたくし達の事を本当にただの商隊だと思っているようで、それが盗賊達を難なく蹴散らした人物とは思えないほどの迂闊さで、わたくしは影で笑ってしまいました。
ただそれはグラハム様を馬鹿にしているのではなく「仕方ないですね」とか、何かそれだけで心が温かくなるような気持ちでした。
「……感謝いたします」
最初は警戒していた隊長なのですが、わたくしと同じようにグラハム様の開けっ広げな態度に毒気を抜かれたようで、そんな態度の隊長にグラハム様は屈託なく笑います。
「気にするな、ついでだ。それより怪我の調子はどうだ?今すぐ手当の準備をする……その代り俺達がここにいた事を秘密にしてくれると助かるんだが」
なんでも村を襲う魔物を追っている間にこの辺りまで来てしまったようで、そろそろ引き返さないと不味いと思いつつ、長年ラインセル領を荒らしていた盗賊達が集まっているのを見つけて喜び勇んで戦いを仕掛けたという事でした。
国境線と呼ばれる線がある訳ではなく、壁が築かれている訳でもないので正確な位置は曖昧ではあるのですが、この事がローザンデリア教国に知られると少し不味いと本気で困っているようで、わたくしは笑ってしまいました。
「わかりました、ではこの件は秘密という事にしてあげますわ」
国境沿いの町まで進めば流石に国際問題になりますが、この辺りならギリギリでしょう。逆にそういう曖昧な場所だからか盗賊達が跳梁跋扈していた訳なのですが、実際に盗賊団を叩き、ラインセルがローザンデリア教国に何もせず引き上げたのなら教国も難癖以上のものはつけれない筈です。
わたくしは初めての秘密という事にドキドキしながら頷くと、グラハム様は子供のように笑いました。
「ありがとう、これで父に怒られなくてすむ……最近毛が薄くなったってぼやいていたんだ、これ以上俺のせいで減らすのは忍びない」
それは冗談として笑っていいのかわからず、わたくしも騎士達も苦笑いを浮かべます。
正直ブルクハルト侯爵家はアイゼンブルグ王国でも3指に入るような家で、仕える騎士達も気位の高い者達が多いのですが、流石に相手が辺境伯の嫡子となると勝手が違うようで、腰が低いですね。
いえ、たぶんそんな身分が無くてもグラハム様はラインセルの騎士達に同じように接し、同じように親しくなったでしょう。そういう空気がある方と言いますか……。
「お嬢様、馬車の方は問題ないようです。お戻りに…」
馬車の様子を確かめていたエレンがそう声をかけてきたのですが、わたくしは周囲の状況を眺めて……息を吐きます。
グラハム様が、ブルクハルトが、ラインセルが、馬車の様子を見て、傷ついた者を治療して、分け隔てなく忙しそうに手を動かしています。
「いえ、わたくしにも何か出来る事があるかもしれません、1人だけ馬車の中でいるというのはどうかと思いません?」
「お嬢様……わかりました」
何時も無表情で淡々と仕事をするエレンが実は感激家だったという事をこの時知ったのですが、これも新しい発見ですわね。
「あまりこういう事はやった事がないのですが、わたくしにも何か手伝える事はありませんか?」
正直に言いますとこういう雑事をした事が全然ありませんでしたので、大人しくしている方がグラハム様の手伝いになるのかもしれませんが……いてもたってもいられなくなり手伝いを申し出ると、グラハム様は快く私の提案を受けてくださいました。
「おお、それは助かる、俺はこういうのはからっきしでな」
「締めすぎるんだ」と怪我人を前に包帯をキュっと閉めるような動作をしながら照れ笑うグラハム様の笑顔に温かい気持ちになりながら、わたくしは仮面を被ったような貴族社会ではなく、きっとこういう温かさのある場所に居たかったのだと、自分のいるべき場所を見つけたような気がいたしました。
それから皆で馬車を直し、騎士達の治療を終えたわたくし達は共にアイゼンブルグ王国に戻ったのですが、王都の店に戻る途中と説明したのでグラハム様は「これも何かの縁だ」とラインセル領を通過するまで護衛してくれたのですが、その5日間はわたくしの人生の中でも特に得難いものになりました。
ラインセル領を抜けグラハム様達と別れると、そこからは王都ではなくブルクハルト領に向かい……盗賊に襲われたという事を知ったお父様が親子の情すらあるのかわからない難しい顔で出迎えてくれました。
「戻ったようだな、早速だが今度出る式典だが…」
お父様はわたくしに傷がついていないか確かめるように頭の上からつま先まで眺めめると、いきなり侯爵家の仕事の話を始めます。
「お父様、わたくし、ラインセルのグラハム様のもとに嫁ぎたいと思いますわ」
そのいついかなる時でも貴族であろうとするお父様の態度にウンザリしたわたくしは、このままどこかの知らない貴族に嫁がされる前に「グラハム様のもとに嫁ぎたい」という事を、ハッキリと伝える事にしました。
※土地設定の変更に伴い2人が一緒に居た日数が7日→5日に修正しました(2/11)。因みにこの時は護衛の父達が徒歩だったので移動は徒歩換算で、次の町で馬車の大規模メンテナンスを行いましたし、傷病者の手当てや諸々の手配なども行いその日数も含まれています。