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5:モニカの事情(1/4)<モニカ・フォン・ラインセル視点>

※主人公が生まれる7年前のお話で、モニカ16歳、グラハム17歳の時の話です。

 わたくし、モニカ・フォン・ブルクハルト侯爵家令嬢が隣国であるローザンデリア教国を訪れたのは、お見合いが目的でした。


 一応母の生家(せいか)がこちらにありますし、祖父母が病気がちでそのお見舞いという名目でお母様がお見舞いに行く事となり、その付き添いとしてわたくしも一緒に来た訳なのですが……まあ祖父母はピンピンしていましたし、寝込んでいる筈の祖父母の手によって色々なパーティーに連れ回され色々な男性と顔合わせをしていますと、いくらデビュタント(16歳の社交デビュー)を終えたばかりの小娘とはいえ、今回の教国行の意図がわたくしのお見合いである事に気が付いてしまいました。


 貴族同士の政略結婚。


 それが貴族として育てられた者の務めだと言われればそうではあるのですが、縁を結ぶ為だけに好きでも無い人のもとに嫁ぐ事に対して何も感じないと言えば嘘になります。

 それが蝶よ花よと育てられた者の義務とはわかっていながら、それでも……。


(わたくし、愚痴っぽくなっていますわね)

 不安定になるのは、目の前に「結婚」という避けては通れない問題が立ちふさがって来たからでしょう。


 それとも自覚しているわたくしの欠点である、社交性の無さがうんざりする程参加しなければならないパーティーや会食に対して拒絶反応を示しているのでしょうか?


 ブルクハルトの紫水晶とその美貌を褒めそやされ煽てられながらも、その裏にある「無機質な」とか「人間味の無い」という悪口くらいは理解しています。


 お父様がまさにそういう面白みのない人間であり、そんな人に育てられたわたくしも面白みのない人間だという事は自覚しているのですが、周囲からの期待や貴族としての常識を押し付けられ「貴族とはこういうものだ」「貴族としての礼節は」と雁字搦めに教育されるうちに、こんな不愛想な女が出来上がりました。


 こんな事ではいけないと思いつつ、残りのパーティーでは自分なりに愛想よく振る舞い、適当に話を合わせてダンスを踊り、ただただ上っ面だけの社交を続けます。


 実家は兄が継ぐ事が決定していますし、兄に何かあってもその下の弟が、すでに姉は国内の有力伯爵家に嫁ぎ済みとなれば……わたくしに求められるのはそれ以外の縁なのでしょう。


 その結果、お父様が嫁ぎ先に選んだのが隣国(ローザンデリア)との繋がりで、その相手を自分で選んで良いというのが最大限の親の情けであるという事がわかってはいたのですが、どうしても自分が結婚して幸せな家庭を築いているという未来図が描けません。


 そういう訳で特定の“誰か”と言う殿方は見つからず、祖父母やお母様は失望したように貴族にあるまじき大きなため息を吐いていたのですが「まあまだ若いですし」とお目こぼしをいただきました。


 貴族でありながら政略結婚すら飲み込みきれていない自分に対して申し訳ない気持ちになりながら、色々な殿方から貰ったプレゼントと共にわたくし達は帰国する事になったのですが……途中、長旅と数多くのパーティーの疲れでお母様が熱を出してしまいました。


 それ自体は流行り病とかではなく本当に微熱程度で心配はなかったのですが、帰国を強行出来る程の体調でもなく、それでいてブルクハルト侯爵夫妻として出なければいけない式典の日にちが迫っているとの事で、最悪の場合(母が帰国できない場合)わたくしがお母様の代理で出られるように一足先に帰る事になりました。


 これがアイゼンブルグ王国(本国)内であれば数百という護衛が付き、使用人もその倍はつけられていたのですが、わたくし達が出かけていたのが隣国で、勿論そんな所にそれほどの大軍を引き連れていく訳にはいきません。


 熱を出した母のもとに護衛や使用人を多めにつけなければならず、わたくしに付き従うのはたかだか数十名、こうなるとブルクハルト侯爵家だとわからないように擬装(ぎそう)した方が安全だろうと、わたくしは商人が乗るような質素な馬車に乗り換えさせられ、ちょっとした魔物なら倒せる程度の護衛と最低限の使用人がつけられ、一足先に帰国する事になりました。


 それは本当に偶々といった事の連続で、偶々お母様が熱を出し、偶々わたくし1人で先に帰国する事となり……偶々付近に盗賊団が出没していたようでした。


 最後の事に関しては用意周到な盗賊達だったようで、どうやらブルクハルト家の令嬢が最低限の護衛をつけて帰国中と言う情報を得ていたのでしょう。

 

 護衛をしていたブルクハルト家の騎士達も盗賊達の活動は知っていたのですが、巧妙に動きは偽装されていたようで、集まっているのもわたくし達が襲撃された場所からかなり離れた場所の話だったので、大丈夫だろうと楽観視していたようです。


 その事で後々お父様からお叱りがあり、首になった騎士達もいたのですが……とにかく、ローザンデリア教国の国境の町を出て、もうすぐアイゼンブルグ王国に到着すると気の緩んだ森の中でいきなり馬車が止まり、わたくしは少し前に侍女になったばかりの2歳年下のエレンと「何があったのかしら?」と顔を見合わせる事になりました。


「敵襲ー!!全員応戦しろー!!」

 それから聞こえてきた叫び声に魂消(たまげ)んばかりに驚いて、体の芯から冷え、はしたない事にガタガタと使用人(エレン)と抱き合ってしまいました。


 聞き慣れた騎士達の声と、叫び、呻き声。


 どうやら賊は弓矢を多用しているようで、風切り音が辺りに響き渡るたびに、わたくし達の騎士がやられているようでした。


 盗賊達は巧妙に戦闘を避け、地形を利用して遠距離攻撃に終始しているようで、流石にここまで大規模な戦闘になる事を想定していなかったブルクハルトの騎士達は弓矢の装備も少なく、苦戦しているようです。


 こちらの護衛はたかだか数十。そして盗賊はこちらの10倍以上は居るようで、戦闘の音がだんだんとわたくし達が乗る馬車に近づいてきているようで……恐怖で思考がグルグルと回り、気分が悪くなってしまいました。


「モニカお嬢様、ご無事ですか!?」


「ひっ…!?」

 そんな中、いきなり馬車の中に入って来た騎士にわたくしははしたない叫び声をあげてしまったのですが、その顔は見知った者で、ブルクハルト家の護衛騎士の中でも古株の男性でした。


 名前までは存じませんが、確か今回の護衛隊を率いている騎士の隊長で、邸でも2~3言話した事があった筈です。


「火急故もうしわけありません、ただどうやら賊めはお嬢様の身柄を確保しようとしている様子、一刻も早くここからお逃げを」


「馬車は、馬車は出せないのですか!?」

 辺りは鬱蒼とした森の中で、窓の外には険しい山々も見えています。こんな所を逃げろと言われてもまっすぐ進めるかすら自信がありません。


 それに万が一盗賊達から逃げ切ったとしても、魔物の襲撃も考えられるような山の中を走って逃げろと言うこの騎士を信じられない思いで見返してしまったのですが、隊長は申し訳なさそうに頭を下げます。


 何でも進行方向を障害物でふさがれ、立ち往生したところを後ろも塞がれてしまったとの事で、馬車での移動は不可能だという事でした。


 その上有利な地点から弓矢を撃つばかりで、盗賊を追いたくても人手が足らずどうしようもなく、まだ被害が抑えられているのはブルクハルト家の令嬢が居る事が知られており、生け捕りにしたいと考えているからだろうとの事でした。


 それだけ情報を得て準備していた盗賊達相手にこのまま戦っていてもじり貧で、まだこちらが軽傷のうちに突破をしなければどうしようもなくなるとの事です。


「御身は必ず我々がお守りいたしますので、かくなる上は包囲網を突破するしかありません……失礼!」

 隊長は一目で貴族とわかる私にフードを被らせて、その顔が見えないように布を巻きます。

 そしてエレンは隊長と目配せをした後、いつもわたくしがつけている帽子や上着を着て身支度を整えました。


「エレン!」

 エレンが何をしようとしているのかは明白で、最悪の場合は私の代わりになるつもりなのでしょう。


「私ではお嬢様の身代わりは務まらないかもしれませんが…」


「ぐずぐずしておられません、お早く…ッ!?…ぐぅっ」

 ですがここまで用意周到に準備する盗賊がそうやすやすとわたくし達を逃がす筈はなく、馬車から出てすぐの所で隊長の肩が射貫かれ、護衛の騎士達もとうとう傷つき倒れていきます。


「おいおい、そっちの婦人には手を出すなよーっと…へへ…」

 それはきっと盗賊の頭なのでしょう、見るからに醜悪な男が舌なめずりしながら進み出てきました。


 そしてどこからともなくワラワラと集まってくる盗賊達は見える範囲で数十人、いえ、もっといるかもしれません。こちらの騎士達は矢傷を負っていない物が数人で、あとは大なり小なり傷を負っている者が大半です。


「……」


「…お嬢様、私が合図したら走ってください」

 震えながらも気丈にふるまうエレンがわたくしにだけ聞こえるように囁いてきたのですが……わたくしは首を振ります。


「いえ、ここで貴女を見捨てて逃げる訳にはいきません、それに…」


「お嬢様…」

 エレンが感動しているところ悪いのですが、わたくし1人で盗賊達から逃げても逃げ切れるものではないですし、万が一森の中に逃げる事が出来たとしても熊か狼、それか魔物の餌になるだけです。それならエレンを守るために残ったという事実が残った方が百倍マシです。


 それがわたくし(ブルクハルトの女)に出来る精一杯の虚勢で、後はもうこの盗賊達に手籠めにされたとしても……それは、嫌ですわね。


 考えれば考える程怖くて、何をされるのだろうとガタガタと歯の根が合わず、もう何も考えられません。


「ひゃー勘弁したようだな、よっしゃ、てめぇら、さっさと……」

 ジワジワと包囲網を狭めようとした盗賊の頭の頭に……その周囲の盗賊達の頭に……矢が次々と刺さりました。


「よっしゃーどうアニキ?見た?見たよね?流石オレ、百発百中~」


「ふざけている場合か、こいつらにはずっと煮え湯を飲まされていたんだ、それがこんなに集まってくれているんだぞ!千載一遇のチャンスだ!!つぅっっっこめぇぇえええええええええ!!!」

 それは場違いな子供の声と、良く響き渡る男性の声でした。

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