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3:名前の無いあたしと家庭の事情

 むずがっていたあたしだ!色々あって大泣きしてしまったら人が来た、以上!


「ああ、ああ…こんなに大泣きして…もしかして本当に誰もついていなかったのかい?」

 テキパキとオムツから何まで確かめたおばさんは「お腹がすいているみたいだねぇ」と呟き、いきなり胸をはだけさせた。


 内心いきなりおっぱいをボロンとされたので「おおぅ」とか「なんだなんだ」という若干引いた気持ちになってしまったのだけど、口元におっぱいが持ってこられると反射的にあたしは吸った。吸い付いた。美味しいか不味いかという味に関しては変な感じだったんだけど、どうやら精霊力で体が活性化していて気付いていなかっただけで、あたしはとても空腹で、喉が乾いていたらしい。

 ぐい飲みし始めると止まらなくなって、あたしは無心におっぱいを吸い続けた。


「元気な子だねぇ、あの野猿(グラハム)の子供だけはあるよ……で、本当に大丈夫なのかい?名前もまだ決めていないようだし、あたしが来なかったらずっと放置だったっていう訳じゃないだろうね?」

 ぐいぐいとおっぱいを飲むあたしを優しくあやしつけるおばさんは少し厳しい目をして、一緒に部屋に入って来た女性の方を見た。


「申し訳ありません…」

 ただ頭を下げるだけの女性におばさんは呆れてため息を吐いたようなのだけど、その事(使用人の対応)あたしの事(赤ん坊)は別問題と分けてくれたようだった。


 「この家の人間はちょっと問題だけど、赤ん坊に罪はない」っていう感じだな。優しく抱き上げられて、揺すられると……あ、これ駄目だな……揺すられると眠く……。


「結構無理やりだったっていうし、あの野猿が「どうしたらいい」って旦那に愚痴りにきてたくらいだよ?あたしだって心配になってくるじゃない」

 なんねーな、何だろうこの情報過多と疲労で覚醒と眠気が交互に来る感じ、滅茶苦茶ON・OFFされて気持ち悪い。


 話の方もぼんやり聞いているのだけど、おばさん達は何か重要な話をしているような気がするのだけど、どうにもこの体だと変な感じで、落ち着かない。


「ぁぁああ…」

 あたしがむずがるように声を上げると、おばさん達はビクリとしたように動きを止めた。


「おーよしよし、ごめんよ、難しい話だったね」

 それからあたしが泣き止むまであやされて、ぐずぐずと少し落ち着くと、2人はホッと息を吐いたようだった。


 改めて耳をそばだてようと静かにしていると、落ち着いたのだと思われたのだろう、あたしはベッドの上に戻されて、2人は改めて話し始めた。


 聞き耳を立てている分際で言うのもなんだが、赤ん坊の前であまり小難しい話をするなよと思わなくもないんだが、こういう愚痴を言えるのがこの部屋くらいという事なのだろう、それくらい今この家はピリピリしているらしい。


 まああたしからするとこの家の事情が分かって良い事なんだが、とにかく話している内容を自分なりに解釈して纏めると、この家は色々と問題を抱えていると言う事だった。


 まずこの家はラインセル辺境伯家と言い、あたしはどうやらその家の1人娘らしい。所謂貴族と言う奴だった事に驚いたんだけど、何よりビックリな事に、あたしにはまだ名前がないらしい。


 流石にどういう事だよと思ったんだが、母さんは父さんにつけて欲しいと思っていて、父さんは母さんがつけるだろうと思っていた、と?普通そういうのは一緒に考えないか?それとも貴族とはそういうもんなのか?

 ムズムズするんだけど、とにかくそんな父さんの名前がグラハム・フォン・ラインセルと言い、母さんの名前はモニカ・フォン・ラインセルと言うらしい。あの赤毛のイケメンゴリラと、ベッドの上に居た紫水晶のような美人だな。


 そんでもってこのラインセル辺境伯家というのはそこそこの家らしいんだけど、この国でどれだけ偉いとか、貴族の基準と言うのはあたしにはよくわからない。


 そもそも前世にも名家と呼ばれている家はあったのだけど、それは一流企業の何々とか、先祖代々伝わる何々と言う家の事であり、格差は酷かったんだけど階級差はあまりなかったような気がするんで実感がないんだが、どうやら今世では貴族がわんさか居るらしい。


 もしかして全く違う世界に転生したのかもしれないと思ったのだけど、そうなると精霊での説明(引継ぎ)がつかないし、どういう事なのだろう?

 まあその辺りもそのうち調べようと将来の目標にしておく事にして、とにかく最近……といっても10年くらい前らしいんだが、10年前が最近っていうのもスゲー話だな、まあ色々あって王家から下賜された土地にそれなりに良い鉱山が発見されたらしい。


 それがわかってから嫁いで来たのが、母さんであるモニカだった。


 こちらはブルクハルト侯爵家という軍政関連に携わるもっと偉い家で、なんでもこの国の武器や兵站の大部分を担っている凄い家の人らしい。

 そんな家から鉱山の利権目当てで嫁いで来たというのが母さんで、話を聞いている限りではめちゃくちゃわかりやすい政略結婚だな。


 少なからずラインセル家の人間は政略結婚だと思っている人が一定数いるようで、他にも色々問題があるみたいなんだが、そっちの問題と言うのは感情的にまだ収まっていないようで、「ブルクハルトの奴ら」とか罵る感じで、とにかく鉱山がらみで仲が悪くなる事件があったみたいだった。


 そういう感じで初っ端から夫婦仲は冷え切っており、しかも父さんには想いを寄せていた人がいたとかなんとかで、嫁いできた当初から当たり前のように寝室は別、会話は最低限、領主としては子供を作るのが仕事だというのに何年もまったく手をつけず、周囲から無理やり1回だけの駄目もとでとやった結果が……あたしだったという訳だ。


 まるで神様の思し召しのように一発命中し、皆やれやれハッピーエンドといけばよかったんだが、出産現場でのまさかの大ゲンカ、父さんは生まれた赤ん坊を気味悪がり地面に叩きつけて殺そうとしたという話まで出ている始末で……まあ落とされかけたのは事実なんだが、そんな噂が立つほど夫婦仲は険悪な状態になってしまっているらしい。


 父さんは最初からそんなよそよそしい態度だし、母さんは今までの事や出産現場での父の非道な行いで完全に体調を崩してしまい、食事も喉が通らないという有様のようだった。


 家の中がそんな感じなのであたしに対してのスタンスも定まっていなくて、空気を読んで関わらないでおこうとする奴がいたり、赤子には罪はないと面倒をみてくれる奴がいたりとバラバラだ。


 というような話をいきなり初日に全部聞いた訳じゃないんだけど、生後数日のあたしはベッドの上で体を動かそうとしたり、泣いておっぱいをもらったりおしめを代えて貰ったりするだけだったので、代わる代わるやってくる人達の話を聞いて纏めた内容がそんなものだった。


 因みにあたしがおばさんと言っていた人がジルという乳母で、宿屋の女将さんで6人兄弟のお母さんだと言う。

 まさしく肝っ玉母ちゃんと言う感じで、乳母に選ばれた理由は単純に通いで来れる範囲の乳の出る女性がジルだけだったという話だ。


 そして一緒に居た女性がエレンという母方の家(ブルクハルト家)からやってきている侍女で、一応この2人があたしの面倒をみる係に任命されているらしい。


 勿論2人だけでは回らないので立ち代わり入れ替わり人が来るんだけど、元からラインセル家は少数精鋭主義で、しかも今は体調を崩した母さんの方に人が集中しているので、あたしの所に来る人は少なかった。


 ああ、そうそう、侍女のエレンが母親側の人間としたら、父親側からも護衛とか雑用みたいな形で、ピーターというチャラチャラした男の人がやってきていた。コイツは無駄にあたしの顔を見てきたり鼻をつまんできたりする嫌な奴だ。


「お?動きたい?動きたいか?よーしよし、なら兄ちゃんが手伝ってやる」

 精霊達とワチャワチャ手を動かして遊んでいたあたしの顔を覗き込みながら、ピーターはいきなりそんな事を言って猫の子か何かのように摘まみ上げようとするので、エレンにしこたま怒られていた、ざまーみろ。


 まあ悪い奴ではないと思うんだが、「兄ちゃん」とか言っているけど、あたしはお前の妹じゃないんだぞ?馴れ馴れしく触るな、こっちは赤ちゃんだぞ、泣くぞ?


 とにかくこの3人がメインのお世話係で、この家の人間はどうやら精霊の姿が見えていないようだったんだけど、良い奴らが揃っていた。

 そのおかげかここ数日は平和に過ごしていた訳なんだが、そういう平和っていうのはいきなり破られるもんだった。


 廊下からバタバタとした足音や「奥様!?」という叫び声に近い声が聞こえて来たかと思うと、バーンといきなり扉が開け放たれ、そこには美しい紫水晶の幽鬼が何人もの使用人を引き連れて立っていた。


「ひゅぁ…」

 つい変な声が出てしまったのだけど、その幽鬼……数日ぶりに見たあたしの母さんは、物凄く思いつめたような恐ろしい顔をして、あたしの事を見ていた。

※聞いた話はあくまで使用人達の話です。そして大事な事なので繰り返しますが、ピーターが「兄ちゃん」と言っているのは馴れ馴れしいからで、主人公とは一切血縁関係はありません。

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