2:現状と精霊達
どうも、あたしだ!っていうのはいいとして、自分が赤ん坊に転生したという事実に驚いている内に修羅場がエスカレートしていって、母さん……っていうのも実感がわかなくて変な感じなんだけど、とにかくあたしの母さんが大号泣してしまい、手が付けられない状態になってしまった。
そんな事になってしまったので当然あたしは部屋から連れ出される事になり、子供部屋らしき場所に連れて来られたのだけど……それからは放置プレイが続いていた。
いや、あたし赤ちゃんだよ?生後数時間児だぞ?放置すんなよ、泣くぞ?
あたしを運んだ女性と小間使いのような男性が話すには、どうやら母さんは元から体調を崩しており、出産に対して色々と不安定になっていたらしく、医者が止めるような状況だったらしい。
それでも「どうしても生む」という母さんの強い意思で出産が強行され……その結果完全にメンタルを崩してしまったんじゃないかという事だった。
ヒステリック気味に叫び続ける母さんに父さんもほとほと手を焼いたようで……そうそう、あたしの父さんはどうやらあの赤毛のイケメンゴリラで確定らしい。
こんな美男美女のカップルから生まれたんならあたしの容姿も結構期待していいんじゃないか?とか思っていた訳なんだが、使用人がいるのでそこそこの家だと思うんだが、部屋の様子とかを見ている限りでは本当にそこそこの家らしい。
レトロ趣味?古びた物を大事に使っているというのは良いんだが、、精霊力を使った家具が何一つないというのが少し気になった。
そもそもここはあたしが知っている世界なのだろうか?そしてどうしてこうなったんだ?
もしかして必至に頑張ってたあたしに対して精霊王が「褒めて遣わす」とか言って転生させてくれたわけじゃあ……ねーな、あれだけ怒っていたんだ、吹き飛んだ影響でほらあれ、色々な事がおきたんだろう。
空気中を舞う精霊達は見慣れたものだし、たぶん大本の理論はあたしが住んでいた場所とそう変わらない場所なんだろう。
フランなら何が起きたのかわかるのかもしれないのだけど、小難しい事はあたしにはさっぱりだ。こういう事もあるんだろうという事で納得するしかないのだが、無理やり理論を考えるとしたら……前世のあたしに宿っていた精霊が、次はこの子に宿ったという訳だ。
人間に宿っている精霊は魂と融合しているので、基本的に記憶や知識と言った物を共有していると言われていた。
共有しつつ精霊は知識を蓄え、王となるべき自我を確立していく訳なんだが、その途中で人間の方が死んだ精霊はどうなるのだろう?一緒に消滅するのだろうか?それともまた別の宿り先を探すのだろうか?実は輪廻転生とか前世の記憶とかがこれに該当するのではないかと言う話があるらしい。
ようは宿った成長途中の精霊のおぼろげな記憶がデジャヴとして出てくるという奴で、早熟な子供やそうでない子供の成長差というのも精霊が宿った結果で、子供の内は能力があったけど成長したらただの人になったというのも精霊の出入りで説明されていた。
まあ学術的な事はフランの受け売りなんだけど、前世のあたしについていた精霊がたぶん記憶を持てるほど育っていて、それが今のあたしの体に宿ったんじゃないかという事だ。
あたし結構頭良くない?てー訳で、前世のあたしが転生した訳ではなく記憶だけを引き継いでいるという可能性があるのだけど、よくよく考えるとどうでもいいな。
それよりまずは皆がどうなったのか確かめて、それからは……どうしよう。
改めて第2の人生をと言われると、本当に何をしていいのかわからない。あたしって結構欲張りだと思っていたんだけど、考えてみるとやりたい事がないな……フランは「縁側でお茶を飲みつつ猫の背を撫でて「お爺さんご飯はもう食べたでしょ」」と言うのが幸せの形だとか言っていたような気がするから、もういっその事そういう人生を目指すのも良いかもしれないな。
それともずっと外に出られなかった前世と違い、今世は色々な所を旅してみるのはどうだろう?
まあそれもこれも動けるようになってからだ。折角前世の記憶を引き継いでいる訳だし、効率的に体を動かして体を鍛えていくようにしよう。それに何より、今のあたしにはフランに教わった精霊術がある訳だし、こりゃ楽勝だろう。
因みに精霊術には内部と外部の方法があって、内部と言うのが自分の体内に宿った精霊を使う物で、主に身体強化や自己治療、他はまあ、あまり自分の体から離れない魔法全般だ。
外部っていうのがその辺りの自然に宿っている精霊の力を借りる方法で、本来の意味での精霊術というのは後者の事をさし、精霊を使役する術という意味らしいのだけど、あたし達は両方不思議パワーという事で精霊術と呼んでいた。
そもそも精霊が宿っていない人間や感応性の低い人間には精霊が見えず、内部や外部の呼び方も量産巫女が大量に作られた事によって便宜上作られた呼称なんで、本当の意味では実は分ける必要がないのかもしれない。
「ぉぁー…」
とにかく試しに精霊術を使ってみようと、あたしはその辺りに漂っている意思のない精霊に手を伸ばし、体の中で術式を組みあげていったんだけど、伸ばした指先を……精霊達はフイっと避けた。
これが意外な事に、物凄くショックだった。
当たり前のように見えていたのでいつもの感覚で手を伸ばしてしまったんだけど、穴のないあたしなんて、精霊達からすると力を貸すに値しない存在なのだろうか?
あれだけ心の支えで、仲の良かった精霊達に見捨てられたのだという気持ちになってきて泣きたくなったのだけど、よくよく考えれば当たり前の事かもしれない。
あたしは前世であれだけ精霊達を殺し続けていたんだ、むしろまだ好かれていると考える方が烏滸がましかったのかもしれない。
もしかして前世のあたしを助けてくれていた精霊達も、穴の力で無理やり手伝わせていただけなのだろうか?
精霊達が悪いんじゃない、ずっとあたしが裏切っていたんだ。
「ふぁ…あぁぁあああぁぁーー!!」
精霊術が使えない事よりも、精霊に嫌われていたのかもしれないという事が悲しくて、あたしは泣いた。大泣きした。意識の上ではとっくに成人している筈なのだから、こんなに大泣きしているのはおかしいのかもしれないんだけど、悲しいのは悲しいのだ。だから泣くんだ。
むずかるように今の私は大泣きして、肉体と意識の乖離に、今のあたしは本当に前世と違う人間なのだと実感する。
「あああぁぁぁあーーーー!!!」
いきなり火が付いたように大泣きするあたしの周りをオロオロと精霊達が飛び交うのだけど、心配するくらいならもうちょっとあたしに優しくしてくれ、泣いてるぞ?
そんなよくわからない八つ当たり気味に腕をモゾモゾと動かしていると、周囲に漂う精霊は恐る恐る近づいて来て……パンッと小さく手を叩いた。
たぶん風の精霊、一番自由で、変な奴ら。しかたないなーというようにハイタッチしてきた風の精霊に、あたしは泣けてきて、やっぱりコイツら良い奴らだとしみじみと思って……。
「おぁー…」
赤ん坊の体では喃語しかでてこなかったのだけど、泣けてきて、嬉しくて、浮かぶ精霊に手を伸ばすと、しょーがねー奴だという様に、今度は沢山寄って来た。
手を叩いてくる奴、擦り寄ってくる奴、指先にとまる奴、おでことか体の上に降りてくる奴とかてめえらは赤ん坊には重いんだどっかいけ!
穴があった頃は精霊達が近づくと吸い込むので、「やっと触れた」という感動で胸がジンとなって、また泣けてきた。
とにかくあたしがそうやって精霊達とワチャワチャしていると、部屋の外からパタパタと足音が聞こえてきて、精霊達はその音に驚いたようにワーっと離れていった。
そしてガチャリとドアを開けて入ってきたのは、あたしをこの部屋に運んできた20くらいの女性と、後はちょっとふっくらした感じの30台くらいのおばさんだった。
「まあまあこんな殺風景な部屋にお嬢様を放置して、あんた達何を考えているんだい!」
ガーっと捲し立てる勢いに涙は引っ込んでしまったのだけど、どこかフランを思わせる優し気な眼差しをしたおばさんは、赤ちゃん用のベッドと衣装ダンスくらいしかない殺風景な部屋を見て大袈裟に嘆いてみせた。
「おぁー…ああ…」
あたしはこんな所に放置しやがってという思いと、大泣きしているところを見られた恥ずかしさで涙を拭こうとモゾモゾする。
そして部屋の様子や使用人がいる暮らしで薄々感づいていたんだけど、どうやらあたしは「お嬢様」と呼ばれる立場の人間らしい。
それがどれくらいの立場かはわからないんだが、69417番なんていう番号で管理されていた前世とは雲泥の差だなと思いながら、とにかく今は少しでも状況を探ろうとモニャモニャと2人の会話に耳をそばだてた。
※精霊達からすると主人公は結構な特異点で、ここまで自分達の事を認識している人間がいるのかとおっかなビックリ近づいてきていました。そんな人物からいきなり手を伸ばされて驚いてしまいました。
※主人公は精霊が見えるのが当たり前だったので、今世でも見えている事に対して反応が薄いのですが、精霊が見える事は普通の事ではありません。
こういう状況になっているのでこうなっているという原因と言うべき事柄はあるのですが、主人公は「今の所実害ないし良いか」と気にしないタイプなので、問題が顕著化するまであまり深堀はされないと思います。